「脱・戦後レジーム」が叫ばれている中、益々輝きを放つ戦後史の書!
2006/09/02 11:40
22人中、20人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、敗戦後の日本が、進駐してきた連合国軍(実質的には米軍)の主導で行われた憲法制定・労働改革・農地解放・女性解放・財閥解体・教育改革など一連の民主的な施策を戸惑いながら受け入れて、民主的な国家として出発する糸口が掴めたのも束の間、占領末期に冷戦のあおりを受けて改革政策が後退し再軍備されるまでを描いている。
著者のジョン・ダワー氏は、著名な日本近代史の研究者で、『人種偏見』などの多数の有益な書物を著している。このような手練の研究者による著作だけに、本書は雄大かつ緻密な歴史書となっている。何しろ登場する人物だけでも、上は昭和天皇・マッカーサーから下は闇屋・街娼まで数え切れないほどで、よくこれほど多くの人たちの記録を探し出して来たものと感心させられる。特に、上巻では戦後文学などのハイカルチャーからカストリ雑誌・ストリップまで多様な文化領域が論じられているので、百家斉放の賑やかさがあり、行間からは当時の世相が匂い立って来る。
このような日本戦後文化のディーテールも興味深いものがあるが、やはり本書で最も注目すべきなのは、一連の民主的な改革を実施しようとする米軍と日本側の生々しい駆け引きの叙述であろう。著者は叙述を進めるに当って、決して米国側の一方的な視点からのみで捉えているのではなく、絶えず日本側の視点も取り入れていることは注目に値しよう。
それは、昭和天皇を論じた章で、米国が天皇を戦犯にしなかったのは、もしそのようにすれば、日本中に大混乱と暴動が起り収拾がつかなくなると占領軍上層部が予想したことによるとする一方、当時の日本民衆は生きるのに精一杯で真に天皇の行末を案じていたのは国民全体の20%にも満たなかったという統計もあることを紹介していることなどに著者の柔軟な歴史観の特色がよく現れている。
本書の出版は、2001年でイラク戦争が始まる前であるが、米軍による日本の占領が成功したことを引き合いに出して今次のイラク占領を正当化する役割を果たしているという声を聞く。イラク戦争前に書かれた本書にそこまで問うのはやはり酷であろうし、それがいかに的外れであるのは、本書の下巻を読めば明らかであろう。下巻では、冷戦の影響で米国の占領政策が右傾化していく様子が論じられている。著者は、この時期に実施されたレッドパージや検閲制度の恣意的でイデオロギッシュな運用にかなり批判的な見解を展開している。
特に、検閲制度についてはそれが当時の日本文化に及ぼした計り知れない悪影響を数々の事例を挙げて明瞭に論難している。と同時に、民主的な改革が軌道に乗り始めた時点で、国際状況の変化で中途半端で終わったしまったことに強い疑義を呈しており、それが現在に至るまで様々な歪みを日本に生み出しているとしている。しかし、他方では、占領終結後も日本が、戦争を永久に放棄した憲法第9条を戦後一貫して堅持していることに深い敬意を表している。
「敗北を抱きしめて」というタイトルは、悲惨な戦争を二度と繰り返すまいとして、米軍主導の民主的な改革を日本の民衆が真摯に受け止めて実現したことを象徴的に表している。最近、「美しい国」などという口当たりの良いスローガンを掲げて「脱・戦後レジーム」を目指す政治家がいるが、一連の戦後改革の歴史と意義を振り返ってみる為には、本書ほど有益な知見と見取り図を提供している歴史書は他にはない。
何度も読まれるべき傑作
2022/02/15 12:11
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
さまざまな史料を基にした歴史の書だが、難解ではない。
敗戦から立ち上がる日本人の姿を、文献や表象などから丁寧に描き、論じている。軍国主義から民主主義へといった良い側面だけでなく、「戦争責任」という問題があいまいになっていった背景。そして戦後日本人に犠牲者意識が継続していること。
それは戦争中に軍国主義者がかき立てた意識に危険なほど似ているという指摘にはどきりとする。
日本社会では、敗戦で歴史がコロッと変わってリセットしたような受け止めがまん延しているように思うが、歴史の連続性を突き付けられる。
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去年とってた講義の教授のおすすめ本…というか1回生のときの夏休みの宿題の選択課題図書のうちの1冊かな?読まなかったけど気になる本。
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「敗北は自己変革のまたとないチャンスである」と言い切るジョン・ダワーの歴史観はとてもポジティブだ。このことはおそらく、私たちが「あの戦争」を教室の中で否定的にしか捉えることを教えられなかったことに対するアンチテーゼなのかもしれない。リアリティをもって歴史を語るにはどうすべきか、考えるのにお薦めの1冊
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下巻もあります。戦後日本の、つまり現代日本の出発点を描いた力作。いろいろな可能性があった中から、必然偶然によって今のような日本社会になった。ということは…。
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政治のトップからではなく、一般の日本人の視線から、敗戦をどう受け止めてきたかを豊富な資料を基に書いた、戦後史のベーシック。
戦争責任・天皇制存続・憲法改正・メディア検閲など現代の問題も、この時代を抜いて語ることはできない。
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卒論用に読んでます。戦後史を知る入門書としてはお勧めです。網羅的に書いてあるから、読みやすいのでは。
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卒論関係で読み進めている一冊。戦後、日本でいったい何があったのか――鋭い観察眼と綿密なデータのもとに、入門者でも分かりやすい語り口で描かれています。とりあえず目標は下巻までたどり着くこと。
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そうか、戦後は米軍による検閲があったために空白部分がなかなか埋まらなかったんだ。
自民党と米の関係があくまで強固な理由が分かってきた。
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ピューリッツァー賞を含む10以上の賞をさらった本書は、第二次大戦で敗北した日本のその後について、政治、経済、文化、そして人々の生活の根底に至るまで、豊富な資料に基づいて驚くほど深く研究した傑作である。
英語版が1999年、日本語版も2001年に出版されて以来あまりにも多くの人が絶賛しているため、これ以上言葉を連ねるのはもはや無意味かもしれない。従って個人的な印象だけを述べると、この本がアメリカ人によって書かれたことが悔しい。
財産も価値観も消失した、混乱の極みとも言える焼け野原から一斉にスタートした“戦後”。庶民のたくましさ、政治家の無節操さ、経済人の奮闘、GHQの欺瞞。その結果として生まれたものが“ハイブリッド国家”だったことが指摘される。
著者は、日本の戦後が本当に終わったのは1989年だと言う。この年に裕仁が崩御して昭和が終わり、ベルリンの壁が崩れて冷戦が終わり、日本経済のバブルもはじけた。戦後の枠組みが失われ、文字通りひとつの時代が終わったのだ。
そこから先、平成の日本はどこへ向かおうとしているのか、20年経った今も不透明だ。そもそも、誰が舵取りしているのかすら覚束ない。背景となる世界の情勢すらしっかり把握できていないようで、日本人自身によって「あるべき日本の姿」を描く試みはまったく見当たらない。
もうしばらくは「戦後後」の混乱期が続くのかもしれない。いつか歴史家がこの時代を振り返るとき、私たちはどんな風に評価されるだろうか。
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日本の占領期における政治経済から大衆文化までの幅広い分野が、昭和天皇やマッカーサーはもちろん、高級官僚、文豪、一般大衆、パンパンと呼ばれる娼婦といったこれまた幅広い人々の視点を通して描き出されている。
よくぞここまで調べ、まとめあげたなぁと言う感じ。東京裁判や占領時の政策における言及では、占領を正当化というか言い訳じみた台詞も見てとれるが、草の根レベルで起こっていたことまで細かく触れられていて、非常に勉強になる本だった。
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『敗北を抱きしめて』1945年の終戦以降数年間の日本について書かれた本です。非常にソソられる、いいタイトルだと思うのですが、どうでしょう。意訳気味の邦題なのかと思ったら、原題も"Embracing Defeat"。センスのよさが感じられます。
そのタイトルだけではなく、内容も非常に質の高いものです。すでにピューリツァ賞受賞含めて、内外で高い評価を受けていますが、傑作という前に大変な労作といえます。デリケートなテーマを扱うこともあり、バランスを取るために学者として多大な努力をしていることが随所に伺えます。
また筆致は時に詩的であり、一方適切な抑制も利いていて、扱うテーマに相応しいものです。例えば、第一章は「相原ゆう」という無名の農家の妻の玉音放送の経験のエピソードで始まりますが、その入り最初の文は「1945年8月15日、正午前。このあとに起こったことは、けっして忘れられることはなかった」となっています。無名のエピソードから始めることで、名もなき人々にも焦点を当てることを示唆されていますが、最初の文はその1つのエピソードに掛かるとともに全体にも掛けられている(誰にとっても/その日のことだけではなく/忘れられることはなかった)という仕掛けがあります(たぶん)。
上巻は、主に戦後の生活および文化的な様相が取り上げられていて、風俗(パンパン、RAA)、闇市、カストリ文化などが描写されています。ぼんやりとは知っていると思っていたことですが、あえて目を向けることはしてこなかったんだな、と思います。1945年といえば、自分が生まれた年を起点にすると、現在よりもずっと近い年であったりするのですが。
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ジョン・ダワー『増補版 敗北を抱きしめて』(上巻)
(三浦陽一・高杉忠明訳)(2004)を読む。
1999年に原著が発行され、2001年に邦訳版を出版。
筆者が収集した写真資料を豊富に取り入れた増補版が本書である。
歴史を学んでいるといつも思うことがある。
僕たちが生きている現在は過去とつながっているという事実だ。
当たり前ではないかと思われるかもしれないが、どうだろう。
普段は目の前にあること、いまの暮らしがあることを
当たり前のように受けとめている。
しかし、過去のある時点まで時間を遡ってみると、
まるで異なる未来に進む可能性があった分岐点に行き当たる。
1945年8月の敗戦はそんな分岐点のひとつである。
連合国、とりわけアメリカの日本占領に関する戦略、戦術。
マッカーサー将軍の野心。
天皇制の存続と上からの民主主義。
憲法。参政権。
普段はそうした歴史的事実が
現在の自分の暮らしに直結している実感はない。
しかし、気づかぬからと言って、
あるいは目をつぶっているからと言って、
現在につながる歴史をなかったことにはできない。
時間と人間と社会が織りなす歴史の重みを
ひとたび実感してしまうと、
いまの暮らしが当たり前には思えなくなる。
そして、現在の政治や経済の混乱ぶりにも
原因と結果があることを知る。
ピュリッツァー賞受賞作。
本の目利き151人が選んだ「ゼロ年代(2000-2009)の50冊」
(朝日新聞社企画)にもリストアップされている。
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急変していく社会のなかで、人々は連続性を保ちつつ折衷的に思想や概念を獲得していったように、少なくともこの本からはみえる。その後の発展に大きな影響を与えた一方で、精神的な支柱を模索し、生計を立てる切実な努力と密接に絡んだこうした価値観の転換の過程に、無自覚の変質や破綻が潜んでいるのかもしれない。そうした価値観に根ざす思想の行く末は、主観的、利己主義的に歪曲されたものになるのでは。自国の思想の獲得過程を知ることなしに批判的に考えることはできないと痛切に感じた。
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戦争直後をアメリカ人が書いた。これは写真など増えている増補版。
いろんな人から見た歴史を知りたい。歴史は、視点が違えば、まったく別物になるから。