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電子書籍
西陣の盛衰の中で
2020/08/24 20:56
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
戦後になって、まず繊維業界が好景気に沸いた中で、それは化繊だけでなく和服などの高級絹織物や和服の世界にも及んでいたらしい。特に珍重されたという、自然に生育した山蚕の生産地である信州の山奥の村から京都に出てきた少女が、和服問屋の店員として働くようになる。それがだいぶ美少女だったらしく、いろいろこなをかけられるのだが、ある日本画の大家からモデルになってほしいとなる。齢はひどく離れているが、きれいな着物を着て、おいしいものを食べて、毎日ぶらぶらしている生活である。
今どきの感覚なら、貰うもんもらってさっさと若いのに乗り換えればいいだけとなるかもしれないが、現実の人間にとってはそんな単純ではない。本当の一般庶民の姿というか、華やかに見える世界でも人間の底辺の部分の情念は変わらないということを、とことん掘り下げていくのが作者の水上流だ。
織物業界の昔ながらのしきたりがあり、職人のしきたりがあり、女工たちのしきたりがあり、誰もが少しづつ卑屈な思いをしながら、自分の生き方を目指そうとしている。だが彼ら自身はそれで不幸というのでもなく、ただ愛と生活のために生きて、悔いるところはないし、悲劇的な運命とも思わない。だからこそ、彼らは強い。その強さが、作者の描きたかったことなのではないか。
もっとうまく立ち回れるかもしれないし、同情を引くこともできるかもしれない。しかし余計なことは考えずに、ひたすらに真摯に生きていくこと、それが幸福か不幸かなんてことも考えずに、目の前の悩みに集中することが、ほとんどの人にとっての生き方だ。そこに作家としての視点や思想を持ち込まずに、ありのままに書こうとしている。
物語の終盤で、織物工場一帯の放火による大火が発生し、登場人物たちは直接の被害は被らないものの、運命のターニングポイントになった。何か実在の事件を題材にしたのかと思ってググってみたが、京都でなく、大阪で似たような大火災があったっらしい。それをどのくらい取材をしたのかは不明だが、「飢餓海峡」でも実際にあった大火災を発端にしているように、やはりこの事件で人生が変わってしまった人たちに思いをはせたのだろう。着物や帯だけでなく、当時次々に建設される劇場の緞帳といった大プロジェクトも、また彼らの運命を動かした時代を表していて興味深い。
災害や経済の影響を受けても、それに立ち向かい、あるいは乗り切っていける彼らは決して不幸ではない。ハッピーエンドや、救いのある終わり方でなくても、幸福と不幸の二元論に終わらず、誰もが不幸であり幸福であるという現実を直視し、その生々しい感触が、この作者らしい後味と言えるだろう。
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