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純粋な潔癖さを持つ主人公の、復讐の果てに辿り着いた、法で裁けない罪の、償いのあるべきかたち。
2011/01/29 19:30
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
【あらすじ】
おしのの最愛の父喜兵衛が死んだ。婿に入って以来、遊びもせず精根磨り減らして働いた身体は労咳を患い、そして死んだのだ。
一方、母おそのは、病んだ夫を避けて寮に移り住み、遊興に耽り、男を寮に連れ込んで、不行跡を続けていた。
おそのが夫の死を知ったのは、おしのとの夫の見舞い約束を破って、役者と行った箱根から帰ってきてからだった。
おそのは夫の遺骸を前にしても悲しまないばかりか、死人の側を嫌がった。おしのに、父への不人情をなじられると、夫を悪く云った。そして、この人は本当の父ではないから悲しむことはないと云い放った。
おしのは呆然とした。一人、部屋にこもり、己を恥じない母をきたないと思った。母の血が流れる自分の躰をきたないと身ぶるいした。
そしておしのは、実の子でない自分への父の愛情を思ったとき、決意した。女ばかりか人間ぜんぶを辱める罪を犯した母と、母と一緒に父を苦しめた男たちに、罪を償わしてやると。
寮には、父が眠り、母と役者が酒を飲み抱き合って眠っている。
おしのは、そこへ火を放ち、そして去っていった。
一年後、おりうという女が一人の男を殺した。男の傍らに一片の花びらが落ちていた。それは、喜兵衛が、子供のころ悲しいことがあったとき見て過ごしたと、おしのに語った椿の花びらだった。
【書評】
山本周五郎にしては、伝えたいことが直接的でない作品である。しかし、その分多様な見方を楽しめる作品である。
起承転結により構成された物語に意識を向ければ、推理小説風の物語として楽しむことができる。
主人公おしのの悲嘆に胸を痛め、彼女の復讐のありさまに目を奪われ、転じて彼女に迫る捜査の網にハラハラし、彼女の真情の吐露に涙させられる。
そして結末まで読んだとき、やり切れなさで胸が一杯となる。これには読者の思いを代弁する与力青木千之助が大きく寄与しており、彼がいなかったら読後感がまた違ったものになっただろう。
一方、おしのの行動に目を向けると、彼女の行動は父の復讐なのか、罪を犯した者への裁きなのか、という疑問が読者を悩ませる。
また、彼女の心理に目を向けると、『御定法で罰することのできない罪』は、いかにして償うべきかという、問いが生まれてくる。
結末には、青木与力と、おしのの結論が語られているが、秩序としての答えと、人としての答えの葛藤が内包され、新たに問いかけられる。償いのあるべきかたちとは何かと。
個人的に、この彼女の心理の推察が一番楽しめた部分だが、説明してしまうと内容に触れてしまうため、ここでは割愛する。
他にも、椿の花びらは何を表しているのか、狙われた五人目の男が表した心情の意味、山本周五郎は何を描きたかったのかなど、読むべき所はたくさんある。
本作品は、このように様々な見方を楽しめる作品だが、そのため読者は解釈のしかたに混乱してしまうだろう。
しかし、この作品は、どう読みとってもいいのではないかと思う。
三者三様、色々な人の様々な感想、推察、理論が蓄積されることで、この作品の魅力が増していくような気がしてならない。
また様々な経験を経て、再び読んだとき、感じ方の変化が楽しめるのではないだろうか。
読み終えても、また読み返したくなる作品である。
巻末に掲載されている、作家澤田瞳子さんのエッセイもすばらしい。
山本周五郎の作品に触れた思い出を語りつつ、人間のあるがままの姿を描いた山本周五郎の作品として「五瓣の椿」を見つめており、この作品の読後感をより心地よくさせてくれる。
また編者解説では、澤田瞳子さんとは違った見方で解説しており、先に述べた様々な見方を楽しむことができる。
ただ、おしののからだの反応についての記述には、本編の読みに洩れがあると思われ、本作品の解釈の参考には注意が必要である。
【その他】
私のブログに、割愛した部分の推察、
『法で罰することのできない罪の、償いのあるべきかたちに辿り着いた、おしのの心理と、純粋な潔癖さを持つ少女の成長を描いた山本周五郎』
を掲載しています。
興味のある方は読んでみてください。内容に触れていますので、要注意です。
・「五瓣の椿(ごべんのつばき)/山本周五郎」の書評・感想―ReadingBooks
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