20世紀初頭、呪われた都バルセロナを語る第一級のエンタテインメント
2012/08/27 21:54
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
2007年に読んだ前作『風の影』のバルセロナは1945年だった。嫉妬、憎悪、不信、裏切り、暴力のなかで、人々の善意、友情、愛の絆のたくましさを、繊細、流麗な文体で高らかに歌い上げていた。特にスペイン文芸文化の光と影を象徴するかのように人知れず浮かび上がる「忘れられた本の墓場」は強烈な印象を残した。「忘れられた本の墓場」シリーズとなるのだろうか、『天使のゲーム』は同じバルセロナを舞台している。
時代は前作の1945年より遡った1917年に始まるのだが、しかし趣は前作とはまるで違う。「第一章 呪われた者たちの都(まち)」の表現は比喩ではない。文字通り悪夢の都としてバルセロナがある。主人公の作家・ダビッド・マルティンが見上げる天空は黒雲に覆われ、赤い光が毛細血管のように網状にひろがっているのだった。
むしろ主役はこの呪われた都そのものだと言って差し支えないだろう。著者はカタルーニャ地方のバルセロナがたどった歴史を語ることはしないからある程度の予備知識は必要だ。
13世紀には王権に対する自治を確立していたバルセロナは、市民自治の伝統、固有の言語(カタルーニャ語)・文化をもち、スペインの先進地域の中心都市として発展した。だが光と陰は交錯してしかも闇は深かった。繰り返された内乱による血塗られた歴史である。15世紀以降、王権に対する都市反乱。またフランス、ハプスブルグの代理戦ともいえる内戦の主役でも会った。18世紀後半スペイン第一の工業都市となっていったがこれと並行して労働運動が活発になる。19世紀末におこったカタルーニャ自治運動も加わり、20世紀には左翼運動の砦となっていた。1900年生まれのマルティンがつぶやく「悲劇の1週間に炎上するバルセロナ」とは1909年の徴兵反対ゼネストと大規模な教会焼打ちにより街中が血まみれになった暴動ことである。
物語は1917年、新聞社で雑用を務める17歳のダビッドは運命に導かれるように短編を書くチャンスが与えられる。やがて独立したダビッドは旧市街(ゴシック地区)にある20年間空き屋敷のまま放置されていた「塔の館」で執筆活動を始める。28歳で謎の編集者・コレッリとの出会いがあり、30歳までの奇怪な体験談が物語の中心である。
この間のバルセロナは戦乱・暴動のない小康状態であるが、来るべき暗黒期を予感させる逢魔が時だったと言えよう。
コレッリは語る。
「この都に、たまにしか来ない人たちは、いつも晴れて暑いところだと無邪気に信じているのです。だが、わたしに言わせると、バルセロナの空は不穏で暗い昔ながらの魂をいずれ映し出す時がくる」
この物語のあとに、1931年の共和政宣言、1934年の中央政府に対するカタルーニャ自治政府の反乱、1936年~39年のスペイン内戦、1939年のフランコ占領と、バルセロナ市民は最悪の時を迎えることになるのだ。
次々とダビッドに降りかかる禍福は現実なのかそれとも彼の妄想の産物なのか、歪みに歪んだ時空をダビッドの魂はさすらっているのか。愛は破壊され、関係者は善意の人々も含めみな死んでいく。格調高い文体に酔わされながら、複雑で大仕掛けのプロットに読者の頭はとことん混乱させられる。読後も落ち着く先が見当たらない。いったいこれはなんだったのかと、まるで悪夢を見たかのような気分である。にもかかわらずこの作品を成立させている多様なモチーフについて、わたしは勝手に思い巡らせて、大いに楽しむことができた。この作品は『風の影』を越えるミステリーであり、思索に富む文芸大作である。
下巻に続く
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衝撃の日本デビュー作「風の影」の続編とあれば読まないわけにはいきませんでしょう!ああ、はやく読みたい。
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読み始めて数ページ目で涙が出そうになり、そのまま上下巻わーっと夢中で読んだ『風の影』。その続編が刊行!静かにコーフンしながらすばやく購入。続編というよりは、姉妹作品なので、『風の影』の細部を忘れていても、つながりはゆるやかなので違和感なく読めました。忘れられた本の墓場と、センペーレと息子書店を覚えていれば大丈夫。解説を読むと、四部作のうちの2作目だそうで、あと2作もこの世界が読めると思ったら幸せな気分になりました。3作目も既に本国スペインで発表済、早く訳してほしいです。バルセロナの旧市街を舞台に、詩的な雰囲気の状況描写とひねりのあるセリフを堪能しながら読み進んでいたのですが、後半は意外なほどに激しいアクションとバイオレンスの連続で驚かされました。最後の最後に出てきた、この本を『風の影』とつなぐエピソードが、まさに前作を読み始めて数ページで泣きそうになったあのエピソードだったので、そうだったのか!という驚きと感動もひときわ大きかったです。内容をザックリ説明したいと思うものの、いろんな要素があり過ぎてうまく書けません。親子の情愛、師弟愛、友情、恋愛、裏切り、陰謀、オカルト、サスペンス、バイオレンス、に満ち満ちた作品。帯の通り『風の影』を超えたのかどうかはともかく、何度も繰り返し読みたい作品です。満足して読了。『風の影』を再読したくなりましたが手元に残ってなくて今は無理。でも売れる本しか置いておけないっぽい昨今の書店事情のなか、『風の影』はだいたい置いてありいざとなればスグに手に入るから安心です。
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「風の影」が良かったので、その第2弾ということで購入
「風の影」の冒頭にでてくるバルセロナの「忘れられた本の墓場」が本作にも登場する。訳者あとがきによると「忘れられた本の墓場」4部作の第2弾らしい。
本作は「風の影」より少し前の時代で1928~1930年頃の時代設定で、1926年に建築家ガウディが没し、1929年に世界恐慌が始まるという時代背景がある。
この本のエピローグに主人公に送られてきた女性の手紙の中に「ダニエル」という息子が出てくるが、これが「風の影」の冒頭にでてくる「センペーレ古書店」の息子「ダニエル」で、前作につながっている。
感想は下巻で
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スペインの友達が、「風の影」よりおもしろいよ!といってて、それからもう4、5年?忘れたころに発売されててびっくり。電車の中でよんでると出勤時間があっとゆうまの寝れない本。よかったまだ下巻があるへへへ、って幸せになれる。バルセロナの綺麗で暗い雰囲気もまる。忘れられた本の墓場、いってみたい。
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すごく気になるところで上巻が終わってしまいました。
主人公がいつまでたっても不幸なので、下巻で報われますように。
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ずっと住みたいとおもっていた塔の館。作家ダビット・マルティンは、その呪われた館に住むことになった。前作と同じく、過去と運命の様に重なっていく。前の持ち主とマルティンと。謎の編集者コレッリの依頼の意図は、何なのか?イサベッラが可愛くていいですね。一途な力強さがあります。下巻が楽しみ。
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一九一七年十二月、バルセロナの新聞社で雑用係をしていた十七歳のダヴィッドは短編小説を書く機会を得た。作品は好評でシリーズ化され、一年後ダヴィッドは新興出版社と専属契約を結び独立。それを機に以前から気になっていた市中に異容を誇る「塔の館」に移り住み、執筆に励む。
新シリーズも好評だったが、契約に縛られ読者受けをねらった作品ばかり書き続けるダヴィッドに失望した恋人は別の男と結婚してしまう。失意のダヴィッドに謎の編集者からオファーがある。高額の報酬と望むものを与えるかわりに彼のために本を書けというのだ。
専属契約を理由に一度は断るダヴィッドだったが、契約を結んでいた出版社が放火され契約は無効に。事件を疑う刑事に追われる身になったダヴィッドは、「忘れられた本の墓場」で手に入れた『不滅の光』の著者にして「塔の館」の前の住人、ディエゴ・マルラスカについて調査を始める。ところが、彼の行く先々で人びとは謎の死を遂げるのだった。
『風の影』で世界的大ヒットを飛ばしたカルロス・ルイス・サフォンの「忘れられた本の墓場」シリーズ四部作の第二部。主人公が「呪われた都」と呼ぶバルセロナを舞台に、前半のゴシック・ロマン風幻想小説のタッチから後半のハードボイルド探偵小説ばりのアクションまで無理なく運ぶ筆の冴えは前作を軽々と越えたといっても過言ではない。
ゲーテの『ファウスト』や、ディケンズの『大いなる遺産』といった先行するテクストを下敷きに、この作家ならではのジャンルを横断した「読ませる小説」をめざす試みは見事に達成されている。周到に準備された伏線、夢の記述の多用、主人公である話者の昏倒や泥酔による語りの中断といった叙述上の工夫が凝らされ、作品の完成度を上げている。
戦争被害者であった父親の虐待を受けて育ち、その殺害現場に立ち会うといった主人公の生い立ちや、安心して住まう場所を持ち得なかった境遇から、ダヴィッドが精神的に追い詰められていく状況を的確に診断すれば、一見幻想小説風仕立てに見える筋立ての中に謎解きミステリとしても読める手がかりが残され、フェアな叙述になっている。エピローグは、伏線を生かしたファンタジー小説風の結末であるが、崩壊の危機にあった主人公の人格が十五年という歳月をかけて回復を果たしたことを示すものを読めば、その解釈はまた変わってくる。
クリスティの『誰がアクロイドを殺したか』以来、一人称の語り手の証言は一度括弧に入れて読まねばならなくなってしまったが、まずは、カタルーニャ・モデルニスモの奇矯な建築で彩られた異郷バルセロナを舞台にしたゴシック・ロマンの風味を堪能し、しかる後再読、三読して謎解きミステリの醍醐味を味わうのがお勧めだ。
前作『風の影』未読でも本作を堪能するに何の支障もないが、すでに『風の影』を読んだ読者には、エピローグは何よりのプレゼントになっている。そういう意味では、『風の影』を読んでから本作を読むほうが意外性が増すということだけ伝えておきたい。
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前作より暗いタッチで始まる。主人公の生き方は報われるのか....。ヨーロッパの歴史が絡むのでちょっと読みづらい。
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実に面白い。
悲惨な生い立ちから作家に成り上がった主人公。
しかし、行く手にはそれ以上の事が待ち構える。
その不幸を助けてくれたパトロンにも、なぜか不吉な風が舞う。
謎が謎を呼び、この先いったいどうなるのか。
まさに、サフォンワールド!
きっと訳者がいい仕事してるんだろうなあ。
下巻が楽しみです。
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「忘れられた本の墓場」シリーズ待望の第二弾。
サフォンの文章はなんて素敵なんだろう。
そして街の情景描写はバルセロナの虜になる。
まだ物語は半分だけれど、主人公を取り巻く編集長、古書店主がいい。あの場所も健在。
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"忘れられた本の墓場"四部作の第二作目、深い味わいを堪能出来ます。
前作"風の影"から六年ぶりの"忘れられた本の墓場"シリーズ四部作の待望の二作目です。
前作が1940年代だったのに対し本作は更に時代を遡る事約四十年前の1900年頃、新聞社で働く小説家志望の青年に執筆の機会がめぐって来る、才能溢れた主人公の行く手に奇妙な編集者が現れ魅惑的なオファーに主人公は魂を掛けた作品にとりつかれる。
前作を凌ぐミステリーに身震いします。特に物語の後半から意外な展開に項を繰るのがもどかしく一気読み状態に陥りますが、前作と大きく異なるのは主人公が巻き起こす(巻き込まれる)殺人は幻想的で事件はまるで深い靄の中で物語が進行して行く様な感覚です。
また前作との繋がりでは、古書店の息子、本の墓場主人等数名が出て来ますがあっと驚くのは最後の最後で何十年もの時を越えて蘇る記憶の様に胸に響く現実が有ります。
前作を読んで無くても問題なく堪能出来ると思いますがやはり深い味わいを得るには一作目を読了してから本作を読まれる事を推薦します。
スペインでは既に2011年末に第三作目が上梓されており邦訳の出版が待ち遠しいです。
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上下巻。前作「風の影」が好きすぎて、続編にとりかかるのを躊躇していたが、読んだらこれもとても好きだ。前作より人は死ぬし、幻想的でゴシックで雰囲気はけっこう違うのだが、共通の登場人物や場所があって、本好きにはやっぱりたまらなくじーんときちゃう物語になっている。特に主人公と、師弟関係みたいになる女の子との関係が素敵だ。主人公の友人の隠された弱さが露呈するにつれ、主人公の孤高の強さが際立ち、ラストへとつながる怒涛の展開。あと何が好きかといえば、主人公の辛辣な皮肉。頭の回転が良い。ダヴィッドが唯一弱音を吐けるのが、イサベッラの前くらいというのも(「友達」ってそういう意味ね。「死が2人を分かつまで」友人てのはすごいよ?)孤独だよね。
あとニ作あるのか。スペイン語はできないので、はやく翻訳してほしい!
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「風の影」に続く第 2 部?。
物語の大きな流れ、うねりには、
大変ひきつけられる。
が、細部は結構ゆるい。
ビダルの「灰の館」なんて、
あれでいいのか?
忘れられた本の墓場も結構あっさり。
下巻を読み終えてどういう感想になるだろう。
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忘れられた本の墓場シリーズ2作目。
新聞社の雑用係ダビットは短編を書く機会を得、後に作家として独立する。
ある日、謎の編集者から多額の報酬と望むものを与える代わりに1年間彼のために仕事をするよう依頼される。
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前作『風の影』の方が好きだけれど、それでもやっぱり面白かった!
今作はちょっと理解しきれない部分が多い。宗教とか信仰のくだりはどうも苦手。
シリーズ3作目の邦訳出版が楽しみ。