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5件
シリーズ哲学講話
著者 國分功一郎
自由は目的に抵抗する。そこにこそ人間の自由がある。にもかかわらず我々は「目的」に縛られ、大切なものを見失いつつあるのではないか――。コロナ危機以降の世界に対して覚えた違和感、その正体に哲学者が迫る。ソクラテスやアガンベン、アーレントらの議論をふまえ、消費と贅沢、自由と目的、行政権力と民主主義の相克などを考察、現代社会における哲学の役割を問う。名著『暇と退屈の倫理学』をより深化させた革新的論考。
手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)
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2025/01/22 19:34
人生を楽しむために
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ごみ - この投稿者のレビュー一覧を見る
哲学者スピノザの専門家 國分先生の新刊が出たので読んでみました。
スピノザのエチカの解説も分かり易かったので、今回カントの批判哲学3部作をもとにした「楽しむこと」の哲学について学ぼうと思いました。
私自身「楽しむ」ことは人生の本質と思っていたので、どんな展開になるかワクワクしました。
先生は、嗜好品をネタのカントの哲学的思考を展開して、快に関して4つの分類に辿りつきます。
■人間の高次の合目的性のあるもの
1)美しいもの(美)、崇高なもの(崇高)
2)端的に善いもの(善)
■低次の合目的性のあるもの
3)間接的に善いもの(目的ー手段)
4)快適なもの(享受の快)
1)2)は人間のあるべき姿として、人はなぜかわからないけど持っているようです。確かに…
4)は人がそれぞれの経験の中で味わう楽しみの得たもので趣味、嗜むものだと。確かに…
しかし、3)は、何らかの目的のために得る満足であって、快ではないというのです。
それぞれの特徴、分類をいろんな例をもとに分かり易く、現代風に解説してくれます。
18世紀にこんなことを考えていたなんてビックリしましたが、とても合点がいきました。
特に3)の問題は、4)享受の快を手段として満足を得るもので、依存症になりやすい。だから「手段からの解放」なんだ…
健康、ワイン、タバコ、ドラッグ等を例に紐解いてくれます。
更に、20世紀のマスマーケティングの情報による、3)が促進されたとの警告も提言されています。
こうした哲学的思索を、今後の人生において「楽しみ」方の参考にしたいと思いました。
特に、4)享受の快の大切さを実践しようと思いました。
また、2)と3)が結びついたネットでの炎上現象や、1)として神と3)が結びついた新興宗教の問題とも捉えられるように思いました。
とても学ぶ事が多かった。
目的への抵抗 シリーズ哲学講話
2023/05/15 02:00
YouTubeでも聴講したが、書籍として再読して改めて納得
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Haserumio - この投稿者のレビュー一覧を見る
第一部は、元となったYouTubeのプログラムを二回観て、非常に有意義であったと感じ入っていたところ、今回書物として味読することができ、改めてアガンベンの思考を下敷きとしたその所論に納得した。第二部に関連しては、やはり以下の三文に強い印象を受けたとともに、「目的からはみ出る経験」(143頁)や「遊びとしての政治」(186頁)といったキーワードを得ることができたのが、個人的には有益であった。
「自由は目的に抵抗する。自由は目的を拒み、目的を逃れ、目的を超える。人間が自由であるための重要な要素の一つは、人間が目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由がある」(3頁、著者の言葉)。
「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」(114頁、カンジーの言葉)。
「目的とはまさに手段を正当化するもののことであり、それは目的の定義にほかならない以上、目的はすべての手段を必ずしも正当化しないなどというのは、逆説を語ることになる」(150~1頁、アーレントの言葉)。
それにしても、最近の東大は、本書の著者や斎藤幸平氏など、単なる「訓詁注釈」に堕さない面白い先生が増えているようで、何よりである。
目的への抵抗 シリーズ哲学講話
2023/05/12 14:33
哲学者は「社会の虻」は言い得て妙
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:巴里倫敦塔 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「暇と退屈の倫理学」の続編。前著が経済問題が中心だったが、本書のターゲットは「新型コロナ政策から見えてきた政治の問題」である。高校生向けと東大生向けの2つの“講話”を書籍化したもので、深く考えることの重要さを説く。イタリアの哲学者アガンベンの発言をキッカケに、アーレントやヴァルター・ベンヤミンなどの著作や発言を咀嚼しながら解説を加えており、とても分かりやすい。哲学者は「社会の虻(あぶ)」という見立ても興味深い。その昔、米IBMが人材募集に使った「虻のように口うるさい人、異端者を求む」というキャッチコピーを思い起こさせる。
筆者は、新型コロナ危機以降の世界に違和感を感じ、その正体に迫る。新型コロナ以来の息苦しさは、「あらゆることを何かのために行い、何かのためではない不要不急の行為は認めない、あらゆる行為はその目的と一致していて、そこからずれることがあってはならない」という風潮から生じるとする。「人間が自由であるための重要な要素の一つは、人間が目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由はある」と断じる。“タイパ”重視は人間の自由とは真逆というわけだ。
今回の講話は、アガンベンの「根拠薄弱な緊急事態を理由に甚大な権利制限が行われ、それを当然と受け止めるていることの怖さ」を指摘した発言をトリガーに展開される。新型コロナが権利の制限を拡張する理想的な口実となり、人間にとって最も苦しい罰となる「移動の制限」につながったと述べる。哲学者のアガンベンは移動の制限の根底にある危険性を明らかにし、政治家であるドイツのメルケルは移動の制限の必要性を切々と国民に訴えた。2人はともに自らの役割を確信をもって果たしたと評価する。日本の政治・行政・官僚支配の危機的状況への指摘も鋭い。多くの方に勧めの1冊である。