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アデナウアー 現代ドイツを創った政治家(中公新書)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.4 2件

電子書籍

アデナウアー 現代ドイツを創った政治家 新着

著者 著:板橋拓己

第2次世界大戦の敗北により、人心・国土とも荒廃したドイツ。その復興を担ったのが、73歳で首相に就任、14年間その座にあったアデナウアーである。戦前、ケルン市長として活躍した彼だが、ナチに迫害され引退。戦後、保守政党を率い、「復古」「反動」のレッテルを貼られながらも、常に自国のナショナリズムを懐疑し、米仏など「西側結合」に邁進、ユダヤ人との「和解」にも挑んだ。「国父」と呼ばれる保守政治家の生涯。

アデナウアー 現代ドイツを創った政治家

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評価内訳

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アデナウアーをトレースすることは戦後西ドイツの外交政策をそのまま学ぶことということ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:miyajima - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本では今一つ知名度のない西ドイツ初代首相。ですが当地ドイツでは今なお歴代首相としての評価は常にトップレベルに位置する偉人。

2003年のテレビの企画で「もっとも偉大なドイツ人」を視聴者から募ったところ182万人の投票があり、堂々1位になりました。これはルターやマルクスを退けてのものです。

一方日本では「保守」「反動」といったマイナスイメージでかたずけられているのです。本書はそのアデナウアーの生涯とその業績を論じたものです。そういう点では本書は読んでよかったです。

アデナウアーをトレースすることは戦後西ドイツの外交政策をそのまま学ぶことということが実によくわかりました。ほとんどのページに付箋が付くほど。これは何度でも読み直したい本です。

さて、アデナウアーの業績は大きく2点。第一は内政における自由民主主義の定着を成功させたこと。ワイマール憲法の反省のもとにその人民民主主義・価値相対主義を排し代表制を徹底したこと、民主主義の敵には寛容を排除したことです。これを強権的に進めたことで「宰相民主主義」と揶揄されたりもしました。

第二は外交における「西側選択」。これはアデナウアー個人のイニシアチブが徹底的に発揮されました。それまでのドイツ外交は東西を天秤にかけたり西欧を出し抜いてソ連と結んだり中東欧を勢力圏に入れようと画策したりしてきたのですが、それが周辺諸国の緊張を生んできました。

しかしアデナウアーは東西冷戦という国際情勢を背景に、「西欧」を決して裏切らないドイツを築いたのです。スターリンからのちょっかい(中立化など)にも一切惑わされることなくこの路線を貫きます。

アデナウアーはライン地方のカトリックの中心都市ケルンで生まれました。南ドイツのバイエルンのようにカトリックが反自由を代表していたのとは異なり、ケルンのカトリックはリベラルで社会改良志向が強かったのです。アデナウアーは国家に先行するものとして個人の尊厳と自由を守ろうとしましたが、この価値を基礎づけたのがキリスト教的自然法だったのです。

そうした理念の担い手とされたのがキリスト教民主同盟(CDU)でした。その一方で共産主義とソ連を全体主義・無神論として徹底的に拒否しました。
戦後は憲法(正確にはボン基本法)を改正し再軍備を行い。ヨーロッパ統合を推しすすめました。さらにイスラエルに対して「過去との和解」に着手します。

実はアデナウアーの対ユダヤというかイスラエル政策としては「ドイツ人の集団的罪責を否定し、むしろドイツ人はナチスの被害者と位置付けた」として後世に批判をされるのですが、1951年の連邦議会でなされた演説では「ドイツ民族の名において」犯された「言語を絶する犯罪」を認めている点は留意すべきでしょう。(でもやっぱりドイツ国民の罪責は決して認めていない点は気を付けないといけないのですが)。

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あまりよく知られていない人物であるのでとても楽しく読み切れた

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投稿者:Shigenobu Fujioka - この投稿者のレビュー一覧を見る

戦後の西ドイツを牽引した政治家アデナウアーの生涯を概観している。
日本ではあまりよく知られていない人物であるので、とても楽しく読み切れた。
戦前はケルン市長を長く勤め、ケルンの君主と呼ばれていたこと、
徹底したソビエト嫌いで、アメリカやフランスとの関係強化に努めたこと、
ナチスのユダヤ人迫害を公に謝罪して、イスラエルとの関係改善を実現したことなど。
いずれも、日本の戦後の歩みと対比させてみると、色々と考えさせる内容が多かった。

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