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4件
くっすん大黒
著者 町田康
賞賛と悪罵を浴びた戦慄のデビュー作
大黒様を捨てようとして始まる日常の中の異次元世界。日本文学史に衝撃的に登場した芥川賞作家の処女小説。「河原のアパラ」を併載。
三年前、ふと働くのが嫌になって仕事を辞め、毎日酒を飲んでぶらぶらしていたら妻が家を出て行った。誰もいない部屋に転がる不愉快きわまりない金属の大黒、今日こそ捨ててこます日本にパンクを実在させた町田康が文学の新世紀を切り拓き、作家としても熱狂的な支持を得た鮮烈なデビュー作、待望の文庫化。
解説・三浦雅士
くっすん大黒
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くっすん大黒
2011/07/19 21:15
文学の新生面を拓いた傑作
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yjisan - この投稿者のレビュー一覧を見る
「勝ち組」「負け組」という不快な言葉が日本を覆うようになって久しい。そんな閉塞感漂う日本社会、生きづらい世の中に腹が立った時は、本書を読むことをオススメする。
主人公の楠木正行(この忠君愛国な名前が皮肉である)は3年前、ふと働くのが嫌になってミュージシャンを辞めた。以来、酒浸りの毎日を送っていたら、ついに妻の夏子が家を出ていってしまった。散らかった部屋に転がる「五寸ばかりの金属製の大黒様」は珍妙な面つきと言い「自立できない」点といい、自分そっくりで全く不愉快。自堕落な生活にピリオドを打つべく、ついに今日こそはこの大黒を捨てようと決意した・・・ユーモラスな語り口と奇妙な形で噴出する鬱勃たる感情が話題を呼び、日本近代文学の本流であった私小説を現代に再生させたと絶賛されたミュージシャン町田康の処女小説「くっすん大黒」ほか1篇を収録。
一見デタラメなようでいて音楽的なリズムを刻む地の文にそこはかとなく漂う詩情、上方落語や漫才を彷彿とさせるキビキビとした会話の心地良さは、絶品である。八方破れの主人公がどこかシャイな点は高橋源一郎を、登場する中年女性が揃いも揃って横暴で自己中心的でヒステリックな点は筒井康隆を思い起こさせる。
表題作主人公の楠木は大黒の捨て方など些末なことには異様なほどに粘着するくせに、日常生活を無難に送るための世俗的な知恵は決定的に欠落している。その意味で彼は落伍者、生活破綻者、社会不適応者であることは疑いないのだが、彼の社会に対する醒めた視線は存外に的確で、その諷刺精神は意外に真っ当なものだったりする。はっきり言って、彼が行く先々で出会う俗物たちの方が明らかに人間として終わっているのである。こんな奴らに媚びてまで生きたくない、と思っている彼はあえて社会的成功に背を向けていると言えよう。この社会に対して意味のあることを決して行うまいという、徹底的な無為・不毛を心に固く誓っているかのようである。だから彼は無気力なように見えて、世俗の価値を積極的に否定する情熱を内に秘めているのだ。
つまり楠木を突き動かしているのは凄まじいまでの反骨精神である。クールなパンクバンドをやってファンから拍手喝采を浴びるなんてのは、本当の「パンク」ではない、という認識がそこにはある。「愚にもつかぬたわごとをレコードに吹き込んだり、命じられるままにカメラの前で右往左往したり飛んだり跳ねたりという三年前までの自分の仕事」は真の意味での“反逆”ではない、と。楠木の自堕落な生活こそが「パンク」であり“俗世間への反逆”なのだ。
しかし町田康は「私小説」の形式を導入することで、話者・町田康(パンクロック歌手町田町蔵)と主人公・楠木正行(元ミュージシャンのダメ人間)との距離を巧妙に測定し、楠木の鬱屈と反抗に満ちた自意識過剰な語りをも笑いの対象にしている。これは言うまでもなく町田康自身のナルシシズムを相対化する作業に他ならない。一種、自虐的な笑いとも言える。この辺り、やはり町田康はタダモノではない。
2024/05/23 07:06
大黒さんは見ていた
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ワシ - この投稿者のレビュー一覧を見る
金がない…やる事がない…いや、やるべき事は金を稼ぐことであって、糊口をしのがないとただ飢え死にを待つだけなのだが、どうすれば銭にありつけるのかが分からない。
気が付けば主人公の傍らにはふてぶてしい金物の大黒さんが残ったのみなのだが、どうもこの手の人形や、人でなくても神様や眷属をかたどった物って存在感が強くて捨てがたいところを、意を決してそれでも捨てに行くのだけれど、独特な風景を作ってしまうからどうにも目が離せない。
最初はそんなこんなで警察の厄介にまでなりながら、大黒さんの処分に奔走しただけだったと思うのだけれど、うどん屋でのアルバイトから自称アーチスト…と直接は関わらず、その取り巻きというか信者のファンアートに関わり、遺骨の搬送に、なにが起きるか分からない珍道中そのもののあらすじではある。世間というか世界は動いているので、否応なくその流れに巻き込まれてしまうこの感じっていいよねえ。話も思考も時には飛んで飛んで飛びまくるので、一瞬精神医学でいうところの『ワードサラダ』!?と勘違いしてしまう事とあって(統合失調症の患者さんがよく書くらしいよ)、文章と支離滅裂の間、みたいなところを泳いで泳いでどこにたどり着くのか?読後はともかく死にはしないから、安心して読まれたい。
くっすん大黒
2015/08/08 09:18
解き放たれた小説
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
人間誰しも仕事に行きたくない、一生遊んで暮らしたい、昼間から酒を飲んで寝ていたいと思うことがあるだろう。しかし社会の中ではさまざまなものにとらわれていてなかなか実行できない。そのような欲望を表現するのが映画であったり音楽の世界の中である。著者はパンク歌手や俳優、詩人などさまざまな活動をしている。その表現方法の1つとして、1996年本書を発表した。ストーリーがなく、結末を読んでも納得のいく人はすくないだろう。ただ常識にとらわれない表現方法は斬新だった。