- みんなの評価
6件
石垣りん詩集
著者 伊藤比呂美(編)
14歳で銀行に事務見習として就職し,定年まで家族の生活を一人で支えつづけた詩人,石垣りん.家と職場,生活と仕事の描写のうちに根源的な雄々しい力を潜ませた詩を書きつづけ,戦後の女性詩をリードした詩人のすべての詩業から,手書き原稿としてのみ遺された未発表詩や単行詩集未収録作品を含む,120篇を精選.
石垣りん詩集
ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
石垣りん詩集
2016/03/26 09:48
私は金庫のある職場で働いた。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
詩人は特別な人ではない。
現代詩の詩人たちを辿ると、それはよくわかる。彼らは時に市井の人として生き、時に詩人として俊悦な言葉を口にした。
そういう彼らに強く魅かれる。
茨木のり子の人生を辿ると、確かに彼女は詩人としての領域は濃いが最愛の夫を亡くしてからのハングルへの傾倒などを見ていくと、言葉への固執はありながら、何かを喪った時に我々が陥る「自分探し」に近いものがあったのではないかと思う。
それが顕著なのは、石垣りんではなかったか。
石垣りん。大正9年(1920年)東京に生まれる。先の茨木よりは6歳年上になる。2004年12月、84歳で死去。
代表作として「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」「表札」「定年」などがある。いずれの詩も、伊藤比呂美が編んだ岩波文庫版のこの詩集に掲載されている。
石垣の場合、茨木よりもさらに市井の人という印象が強い。
高等小学校を卒業後、日本興業銀行に事務見習いとして入行。そして、55歳の定年までりっぱに勤めあげるのである。
「ある日/会社がいった。/「あしたからこなくていいよ」」とあるのは、「定年」という詩の冒頭である。
この詩は「たしかに/はいった時から/相手は会社、だった。人間なんていやしなかった」で終わる。
石垣には親たちの生活を背負っているというハンデがあった。だから、会社の言葉である「定年」という一言で働く場を取り上げられることに忸怩たる思いがあったのだろう。
石垣の視点は、常にそうあった。
「自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる。」という言葉で始まる「表札」のなんと凛々しいことか。
市井の人であったからこそ、石垣も茨木も凛としていた。
「表札」の最後、「精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それでよい。」
石垣と茨木はしばしば行き来するほど仲がよかった。
茨木が谷川俊太郎とともに石垣を見舞ってから三日後、石垣は生きることを止めた。
石垣の死から1年少しで茨木も没する。
生きることとは死も含んであることを、彼女たちは知っていた。
石垣りん詩集
2019/02/09 19:27
石垣りんが伝えたかったこと
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひかっち - この投稿者のレビュー一覧を見る
私は、この本を買ってすぐに読んで見ました。最初に書かれていた「原子童話」を読んで、私は石垣りんが伝えたかったことを感じとりました。それは、戦争をしない世界が欲しいということでした。昨今、ある人が核兵器を規制する条約を破棄しようとしていますが、一度核兵器が使われると世界は大変なことになってしまうので、今改めて平和とは何か考えさせられました。この本には他にも日常を描いた詩や、初めて読む詩もあるので、みなさんにぜひ読んでもらいたい一冊です。
石垣りん詩集
2015/12/28 09:22
いま、あらためて詩集が出される意味
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くりくり - この投稿者のレビュー一覧を見る
今年の夏から、多くの人々が政治に目覚め行動に立ちあがっている。
学生だったり、お母さんたちであったり、いままでマスコミに毒されて、思考停止だったかもしれない人たちが、「戦争する国」になるかもしれない政治状況の中で、声を上げ始めている。
出版業界も彼らを大いに励ましている。石垣りんの詩集のリニュアールもおそらく、良心的な出版人の心意気だ。
「雪崩のとき」は必読と帯にも紹介されている。
「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」の詩が、国会前に戦争反対で集う母親と重なる。
くらしと心と政治をつなぐ美しい詩である。