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富嶽
著者 著者:前間 孝則
1942年、ドゥーリトル隊の日本初空襲、ミッドウエー海戦、そしてガダルカナルの戦い。
戦況が逆転しつつあるなか、中島飛行機の創始者・中島知久平はアメリカ本土を直接狙う起死回生の超大型爆撃機「Z機」を立案した。
航続距離1万7000キロ、5000馬力エンジン6発、常用高度1万メートル、日本を飛び立ち、太平洋を無着陸で横断して米本土を爆撃したのち、欧州のドイツ占領下基地に着陸。
B29をはるかにしのぐ巨躯をもつ戦略爆撃機、それが「富嶽」構想だった。
――敗戦時にその痕跡を完全に消し去られ、謎と言われた「富嶽」の全貌を、開発にあたった技術者たちへの取材を通して描き上げた傑作ノンフィクション。
富嶽(下):幻の超大型米本土爆撃機
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富嶽 幻の超大型米本土爆撃機 上巻
2021/06/14 07:22
旧日本軍大型爆撃機の開発計画を通じて日本の航空産業の歴史をたどる大作
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:YK - この投稿者のレビュー一覧を見る
太平洋戦争の後半、日本はアメリカのB29による空襲で都市や工場に著しい被害が出ました。当時、戦局を打開するためにB29を上回る規模の超大型爆撃機が計画されており、それが「富嶽」と名付けられていました。計画を進めていたのは当時の日本の航空機生産を担っていた中島飛行機。日本を飛び立ち、太平洋を無着陸で横断してアメリカ本土の軍事施設や主要都市を爆撃し、そのまま大西洋を横断してドイツ占領下のヨーロッパに着陸するという途方もない計画で、想定された機体の規模は航続距離17000km、エンジンは5000馬力が6機で計30000馬力、高度1万メートル以上を巡行して最高速度は680km/時という性能を全幅65m、総重量160tの機体に収めるという物でした。これは現在の大型旅客機B777に匹敵する大きさです。
当時日本の航空機は世界的な水準にかなり肉薄したとは言え、エンジンは2000馬力がせいぜいで、双発(1機の機体にエンジンが2基)機までしか実用化されておらず、4発機でさえ実用段階には達していない状況でした。
このとてつもない計画を立案したのが中島飛行機の設立者である中島知久平です。全編で400ページ超の上下巻というボリュームのうち、上巻では中島知久平が中島飛行機を設立し、戦時の社会情勢から主要メーカーへと発展させるまでの経緯を数多くの元設計者などの証言や文献を元にたどります。
単なる兵器もの、戦記物ではなく、航空機産業の歴史をたどりつつ、航空機産業が発展するにはどのような歴史的背景があって、何が必要であったのかを丹念に辿っています。本書の著者はかつて某大手重工業メーカーに勤務してジェットエンジンの設計にも携わっており、航空機だけでなく船舶や車などあらゆる分野の産業史に造詣が深く、それだけに本書も技術的な裏付けや記述が非常に正確かつ読みやすく書かれています。本書は1990年代に発刊された後に絶版になっていたのですが、ようやく草思社文庫から復刊となり、すぐに購入して読みました。期待を裏切らない情報の量と深さに400ページを一気に読んでしまいました。
富嶽 幻の超大型米本土爆撃機 下巻
2021/06/14 07:26
日本で軍事技術を考える事へのアレルギーを再考させられる貴重な提言
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:YK - この投稿者のレビュー一覧を見る
太平洋戦争で劣勢になった日本軍が、戦局の打開を狙って開発しようとした大型爆撃機「富嶽」の開発を巡るノンフィクションの下巻。
下巻ではアメリカにおけるB29の開発状況、戦局の進展に伴い次第に実現の可能性が消えてゆく「富嶽」開発計画の推移を、終戦の時点まで追っていきます。実用化され戦局に多大な影響を与えたB29と、計画だけに終わった「富嶽」の違いを生んだのは、日本とアメリカとの航空機産業の裾野の大きさ、積み重ねてきた経験の質と量の差であることが多くの証言と共に解説されています。
本書は1991年に単行本として出版され、1995年に講談社文庫で発刊、そして2020年に3度目となる草思社文庫からの発刊となります。太平洋戦争期の航空機技術を辿る大作ですが、発刊された時代背景によってその位置づけは大きく異なります。本書には3度の発刊にあたっての”あとがき”が3回分収録されており、実はこれが一番の読みどころではないかと感じました。
太平洋戦争で劣勢であった日本軍が戦局の打開を狙ってアメリカの主要都市の爆撃を企図したのは、現代のアメリカに対して劣勢となっていた武装組織が起死回生を狙った2001年の同時多発テロと構図が同じなのではないか、という著者の分析には説得力があります。
また生活を豊かにする身の周りの技術の源流が軍事技術であるケースが多かったのに対し、現在は軍事と民生の境界が曖昧で、”軍事技術に繋がるから”という一点だけに拘って科学技術に対する思考を避けていると、世界の技術開発の潮流から孤立してしまうという問題点も鋭く指摘されています。
軍事=一部の軍事オタクもの、軍事=忌避すべきもの、といった思い込みが結構多い日本で、腰を据えてその技術や時代背景を描く著者の姿勢に、改めて共感できたノンフィクションでした。
富嶽 幻の超大型米本土爆撃機 下巻
2021/05/02 12:11
戦時中の「富嶽」計画を綿密な取材で明らかにした傑作です。
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、『マン・マシンの昭和伝説』をはじめ、『弾丸列車』、『新幹線を航空機に変えた男たち』、『日本の名機をつくったサムライたち』などの作品で知られるノンフィクション作家の前間孝則氏による名著です。草思社文庫からは上下2巻シリーズで刊行されており、同書はその下巻にあたります。第二次世界大戦の中、山積する難題、枯渇する資材という現状を抱え、悪化する一方の戦局下、軍部は「富嶽」の開発中止を命じます。そして敗戦となり、関係書類はすべて焼却され、中島飛行機はその終焉を迎えます。幻に終わった「富嶽」計画ですが、その開発技術者たちはどのような思いを抱いていたのでしょうか。関係者への取材と資料検証を通じてその実相に迫った前間氏の傑作です。