「脳」整理法
著者 茂木健一郎 (著)
おびただしい量の情報やモノに囲まれ、脳が悲鳴をあげている。現代人がより賢明に清々しく生きるためには、脳をどのように使いこなせばよいだろうか? その鍵は、森羅万象とのかかわ...
「脳」整理法
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商品説明
おびただしい量の情報やモノに囲まれ、脳が悲鳴をあげている。現代人がより賢明に清々しく生きるためには、脳をどのように使いこなせばよいだろうか? その鍵は、森羅万象とのかかわりのなかで直面する不確実な体験を整理し、新しい知恵を生み出す脳の働きにある。本書では最新の科学的知見をベースに「ひらめきを鍛える」「幸運をつかむ」「他人とうまくつき合う」「チャレンジする勇気をもつ」など切実な課題にも役立つ、脳の本質に即した〈生きるヒントを〉キッパリ教えます。
著者紹介
茂木健一郎 (著)
- 略歴
- 1962年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院客員助教授。著書に「脳とクオリア」等。
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かすかな違和感
2005/09/11 15:14
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み進めながら、本書の姉妹篇ともいえる『脳と創造性』に覚えたかすかな違和感がしだいに増殖していくのを感じた。
著者がこの本を書いた動機は分かるような気がする。そのことはタイトルに表現されている。デジタル情報の洪水の中で私たちの脳は悲鳴をあげている。現代人は自分の脳の働かせ方がわからなくなっている。しかし「脳」は元来、偶有性に満ちた世界との交渉の中で得たさまざま体験を整理・消化する臓器なのだ。
「私たちの脳」でも「自分の脳」でもない、一人称でも三人称でもない「無人称」とでもいうべき「脳」のはたらき。だから「脳」整理法なのである。脳科学ブームにのった凡百の、あなたの脳をいかに使いこなすかといった類の啓蒙書とは出来が違う。だからそこに違和感を覚えたわけではない。(本書が凡百の脳科学本として読まれてしまうかもしれないことへの懸念は拭えないが。)
それなら何に違和感を覚えたのか。著者の科学観(「神の視点」という仮想的存在によって構築されるクールな「世界知」)がゆらいでいるように思うのだ。もちろんゆらいでいるのは読者の側の事情だ。
『脳と創造性』にこう書いてあった。「偶有性が、形而上学と現実世界の境界に生まれるとすれば、そこにおける秩序化を担うのが科学である」。ここでいわれる「科学」とは、たとえばガルヴァニの「動物電気」の発見が、スープをつくるため台所においてあったカエルの足にたまたま金属が触れて足の筋肉が収縮するのを観察したことによる、といったエピソードに示されている人間の営みのことである。でもそれは「科学離れ」といわれる時の「科学」とは違う。
また本書に「人類の歴史を観ると、世界を自分の立場を離れてクールに見る「世界知」を忘れ、個人の体験に根ざした「生活知」に没入することは、きわめて危険なことだということを示す悲劇に事欠きません」とある。ここでいわれる世界知(科学)も、それはどの世界知(科学)のことだかよく分からなくなる。
要するに、「世界知=ディタッチメント=科学の知」と「生活知=パフォーマティブ=アフォーダンス」、「神の視点」と「偶有性」といった図式が分かりやすすぎるのだ。分かりやい図式にのっとってすらすら読めるから何か分かったつもりになるけれども、読者は結局何も分かっちゃいない。たとえば「神の視点」という分かりやすい比喩。
保坂和志は『小説の自由』で「私がアウグスティヌスとトマス・アクィナスとカール・バルトを拾い読みしたかぎり、彼らは一度も「神を見た」とは言っていない」と書いている。永井均は『私・今・そして神』で神の三つの位階──土木工事(世界の物的創造)や福祉事業(心の慰め)を行う低次の神、世界に人間には識別できないが理解はできる変化(ロボットに心を与えるなど)を与える高階の神、世界のうちに〈私〉や〈今〉や実在の過去を着脱する能力をもったより高階の神、すなわち開闢の神──を区分している。
つまり「神」と一言で片づけられないのだ。「世界知」と「生活知」は最初から入れ子になっているのだ。そういった複雑さに耐えなければ何もわからない。(「脳」という言葉だって「神」と同断だ。)
クオリアの謎を解くためには、そも「解く」とは何かを反省しなければなるまい。「分かる」(A HA!)とは何かが分からなければなるまい。著者自身の科学観(世間知と世界知の統合のかたち)を明快に論じた書物を読みたい。
偶然を必然にかえる脳力
2008/07/26 10:21
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:セカンド・プラン - この投稿者のレビュー一覧を見る
偶有性(著者によると、規則的に起こりそうでもあり、ランダムに起こりそうでもあること、早い話が世間で偶然と呼んでいる概念に近いが、似て非なるところは本書にてご確認ください)を処理するスキルが脳にはあり、だからこそ、人類も人も成長するのだ、その手法が脳には備わっていて、整理する臓器が脳である。
脳が先か、整理が先かはさておき、もっとも興味深いのは、世の中の出来事あるいは人に起こる出来事は偶有的であり、不確実性を帯びていて、それを楽しめるか不安に思うかは脳力(脳の整理力のレベル差)によるとしているところだ。
しかも心強いにのは、脳力は偶有的体験(=日常生活)の捉え方にによってレベルアップできるとしている点だ。
偶然と気づき、行動し、必然に変える力、ぜひとも習得したいものである。
著者はその心構えにまで触れてくれている。
「自信とは、もともと根拠のないものなのだから、根拠のない自信を持てば、偶有性に対して、不安とることなく、大丈夫ととることができ、安心して必然に変えるべく行動ができる」
「偶有的な出来事は最も強い感情の反応を引き起こすきっかけになる」わけであるから
”自信とはもともと根拠のないものであるから、根拠のない自信を持とう”と言葉はとても印象的でした。
「脳」整理法、「脳と仮想」
2006/02/04 01:09
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:さんちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
茂木健一郎氏の本を2冊読みました。
「脳と仮想」と「脳整理法」というタイトルのものです。
彼の著作は他にも読みましたがいずれも面白いです。前述した2冊で僕が
興味深かったのは、茂木さんが今まで(似たようなことを言っている
ようなのに)言及していないように思われたポストモダニズム、社会構成主義、
アフォーダンス、にたいするコメントを短いながら述べている点でした。
(特に後者の本で)
2冊はここ2年で著された本で、テーマが重なる部分もありじっさい一部で文章の
使いまわしもあるように思いました。後者の書は科学的なものの見方の擁護を
訴える面もあり社会構成主義に対しては否定的であるように見受けられました。
僕は彼がこの本で唱える「「世界知」(科学的、な世界の捉え方)」と「「生活知」
(実際に体験できる知)」のすりあわせ方の一つとして社会構成主義を捉えて
いたので(でもって社会構成主義に感銘をおぼえているので)否定的な視点は
納得できませんでした。
また昨今の科学への否定的視点にやや愚痴っぽい反論を述べていたり、一方で
「セレンディピティ(偶然の出会いをよい出会いと意味付けていく意識)」を
大事にしよう、などと流行の成功哲学書みたいなこと書いてあったりで、いきつく
とこが結局それでは(つまりは真実なのかもしれないですが)なんかつまんない
なぁとも思いました。