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投稿者:くみみ - この投稿者のレビュー一覧を見る
女手一つで貸本屋を営む腹の据わったおせんが、本にまつわる面倒事に自ら首を突っ込んでいく奮闘記。
貸本業をはじめに、彫り師や挿絵師や書店と、江戸時代の出版事情を深く知れる、本好きには堪らない一冊。少しおせんが強すぎる気もしたけど、置かれてる環境が人を良くも悪くも狂わせる、そんな人生の転換期を覗けるバラエティに富んだ5篇の連作集。
人死にが絡んだり、ネガティブな事件が多かったから、恋愛色の濃い「松の糸」のオチが意外すぎてほっこり笑えた。「火付け」のおせんの本への想いが巡り巡り帰ってくるシーンも感動的だった。
しっくりこない事を「物語と挿絵の場所がずれてる」と喩えたのが、いかにも本好きの表現でとても印象に残った。続篇があればおせんの恋模様に期待。
江戸の市井の人たちの「本愛」が愛おしい
2023/03/23 09:46
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投稿者:higassi - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトル通り貸本屋のおせんの物語。娯楽が溢れ、本もAmazonで注文すれば翌日には届く現代からすると、江戸の市井の人たちの「本愛」を愛おしく感じます。健気に生き抜くおせんも魅力的ですし、登を始めとする人情味のある脇役たちも良いですね。
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江戸市中で移動図書みたいな仕事をしている主人公おせんが、本にまつわる色々な厄介ごとに首を突っ込む話。
勝ち気なおせんは仕事一筋、本の為なら命を懸ける。小柄な体に本を背負って懸命に商いをする、こだわりと情熱に感服。
江戸の出版業界の勉強にもなる。
幕政批判ととられる書物、卑猥な書物に関わった人間は相当厳しく処罰されていた様で…「本屋と御公儀は水と油」と言われる程。厳しい監視の目をかいくぐって、娯楽を得る江戸庶民の姿も勉強になった。
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町人文化が発展した文化年間の江戸浅草で、庶民の読書文化を支える貸本業・梅鉢屋を営むおせんが捕物に挑む物語。本を背負って得意先を回る一方、様々な手立てで書籍を仕入れ、時には自ら写本して客の求めに応じる。そんなおせんの書物への愛情やこだわりを基調に彼女が数々の事件の謎を解き明かすという内容になっている。
曲亭馬琴、式亭三馬、山東京伝らの読本、人気役者の錦絵など、江戸の出版文化の世界に誘われ、同時に幕府の威信に触れる異説・流言を取締る出版統制の厳しさを思い知らされる。
おせんの父・平治は読本の挿絵や錦絵の版木を掘る腕利きの彫師だったが、幕府に批判的な書物の出版に関わった疑いで、板木を削られ指を折られた。酒に溺れた平治は、愛想をつかした妻に逃げられ、結局、自死に至る。天涯孤独となったおせんはそんな浮世への疑問と憤りを書物への愛情と信頼に昇華させた。
板木泥棒、幽霊騒ぎ、幻の書物探しなど様々な事件に巻き込まれ、悪どい商売人などと対峙するおせんのしたたかさが強く印象に残った。また、同じ長屋に住むおせんと、彼女を口説きたい下心から何かと味方する棒手振り・登の絡みも物語に彩りを添え、楽しく読むことができた。
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これはいいものを読んだ。五編からなる天涯孤独の江戸の貸本屋おせんが、本を愛する(執着とも?)がゆえに様々な事案に巻き込まれ、また面倒を引き寄せていくことで、物語が展開していく。謎解き要素もあり楽しめるが、何より江戸時代の庶民の暮らしぶり、本や歌舞伎などの娯楽、遊郭、幕政などが垣間見えるさりげない著述が、物語全体をしっかり支えていて、骨太な内容となっている。おせんの江戸っ子な勝気さと、女ひとり生きる不安、関わる人々の人情など、編が進むごとに徐々に盛り上がり、特に第三編から最終第五編まではどんどん読み進めたくなってしまうほど集中できた。続編希望な楽しみな作家さんだ。
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第100回オール讀物新人賞受賞作
江戸後期の浅草を舞台にした貸本屋おせんの連作短編集。
おせんのキャラクタがいい。なんともいい。この境遇でこういう話だと主人公は清く正しく美しく、けなげでいじらしい、ってなってしまうのだけど、おせんはそれだけじゃない、たくましさとある種のふてぶてしさを持ってるところがいい。
腕のいい彫り師だった父親を失い、母も失い、天涯孤独になったおせんを見守る周りの人情もいい。幼馴染みでおせんにぞっこんの登もいい。そして本にまつわる5つの「事件」もそれぞれに面白くていい。
おせんが解く事件の鍵にぐいぐいと引き込まれる。紙好き本好きにはたまらないね、これは。
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星4.5
日本歴史時代作家協会賞
オール読物新人賞
デビュー作とは思えない。巻頭の作を、村山由佳が「まいりました」と唸ったというが、うまいなあと思う。
当時の出版事情も色々わかって面白い。
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第100回オール讀物新人賞を受賞した「をりをり よみ耽り」から始まる、5篇収録の連作短篇集。文化年間の江戸・浅草を舞台にした人情噺で、主人公の貸本屋おせんがいい。
貸本屋といっても、店を構えて客を待つのではなく、お得意様の喜びそうな本を見繕って訪問するスタイルだ。必然大荷物となり、まさしく表紙絵のような状態だったと思われる。
実際に起きた事件も盛り込みながら、行く先々で起こる様々な出来事を彼女ならではの機転で解決していく。続篇も楽しみだ。
NetGalleyにて読了。
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親を亡くし一人で貸し本屋を営むおせんの日々を描いた作品。本をめぐりふりかかってきた事件を解く捕物帖にもなっている。
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寛政の改革以来、厳しい出版統制が続いている頃。
読物は高価で庶民には手が届かないことから、「貸本屋」が重宝された。
おせんは「梅鉢屋」を名乗り、本をかついで振り歩いて五年。
自分自身が本の虫であることはもちろんだが、本と人を繋ぐ役に立ちたいと思っている。
「けしからん」の一言で、多くの本が出版停止になるのはおかしい。
お上に逆らうことはできないが、裏道を通ってでも、本を生かし、読み継がれる手助けをしたいとおせんは考えている。
明確な意思を持った、影の活動家かもしれない。
いつか店を持つのが夢。
第一話 をりをり よみ耽り
せん自身のこと。12歳で両親と別れるきっかけになったのも出版統制だった。
第二話 板木どろぼう
災害で命を落とした母の災難を勝手に美談に置き換えられ、娯楽小説として出版されることに憤る。
現代でも当てはまる事はあるだろう。
第三話 幽霊さわぎ
大店の主人が亡くなり、その通夜に女将と手代が睦み合っていた。怒った故人がよみがえり・・・?
当時の浮世絵と風俗が良くわかる。
第四話 松の糸
遊び人と名高い、大店の若旦那が本物の恋をした相手は、若い後家。
幻の書物を見つけてくることが求婚に応じる条件と言う。
意外なオチにウケる。
やはり、生きている人間が幸せにならなくては!
第五話 火付け
せんは、危ないことに首を突っ込みすぎなのかも。
火事や災害で失うものがあっても、江戸の庶民は何度でもたくましく立ち上がる。
お金も、本も天下の回りもの。
頑張れおせん。
続く・・・のかな?
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”貸本屋”と聞いて小学生の頃、マーガレットや少女フレンドなどの漫画を借りていたお店を懐かしく思い出した。青山文平さんの小説「つまをめとらば」(https://amegasuki3.blog.fc2.com/blog-entry-269.html)でリタイアした武士・貞次郎が好きな算術を中心に貸本屋業を営んでいたとあり、江戸時代にもすでにあったと知り驚き嬉しかった覚えがある。(最近青山文平さんの『本売る日々』も上梓されている)
貸本屋の歴史にも興味が湧いた。
小説でたびたび使われる『写本』とは? 江戸時代にも勿論出版規制があった。(おせんの父親は版木職人だったが、御公儀を愚弄する内容と判断され指を折られ、それを苦に自殺している)そこで、裏技として使われたのが写本だった。規制の対象となる木版印刷の出版統制の対象から逃れるために、問題となる書物は写本され規制の網の目を潜り抜けていたのだ。
江戸浅草で女手ひとつで貸本屋を営む〈おせん〉の奮闘を描く。読本をめぐって身にふりかかる事件の数々をおせんが謎解いていく。おせんのような貸本屋が時代を経て大手のレンタル店を生み出し、技術革新でまたそのレンタル店が姿を消している現在、貸本屋おせんのような真似事をしてみるのも面白そう。
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貸本屋おせん
著者:高瀬乃一
発行:2022年11月30日
文藝春秋
初出:「をりをり よみ耽り」(オール読物2020年11月号)、「板木どろぼう」(同2021年6月号)、「幽霊さわぎ」(同2021年11月号)、「松の糸」(書きおろし)、「火付け」(書きおろし)
著者のことは知らなかったし、もちろん初めて読んだ。1973年愛知県生まれ、2020年「をりをり よみ耽り」でオール読物新人賞デビュー。本書が初単行本。
江戸で貸本屋を生業とする20代後半の女性、おせんは、梅鉢屋という屋号はあるが店を構えているわけではなく、長屋に住み、毎日、大きな荷物を背負い込んで営業に回り、好事家(こうずか)などの家でそれらの本を並べて借りてもらう。借りてくれそうな本を選んで持って行くのが商売のコツのようだ。本は、書肆で購入したもの(新本、古本)だけでなく、自ら写本し、時にそこに絵師に頼んで挿絵を入れてもらったものを貸している。写本する場合は、相手が庶民のため、仮名を多くし、文字を大きくして読みやすくしている。
書肆は、どうやら地本問屋(じほんどいや)と呼ばれる店を意味するようで、その地本問屋とは、本を仕入れて販売するだけでなく、戯作者や絵師に仕事を依頼し、板木(版木)を彫らせ、印刷するという、つまりは出版も行う業者のようである。
曲亭馬琴や葛飾北斎が出てくるので、江戸中期~後期(1800年前後及びそれ以降)が想定されているようだ。
やっぱり小説は読書を楽しくさせてくれる。とくにこういうエンターテイメントものは、良い息抜きにもなる。この「貸本屋おせん」は、NHK-BSの金曜時代劇になってもおかしくないような、キャラが立ったドラマ向きの作品でもある。この小説自体も、おそらく長期間にわたるシリーズ本になるだろう。
江戸の貸本屋は800軒を超え、その裾にせんの「梅鉢屋」がある。貸し歩いて5年の駆け出し。父親の平治は有名な彫師だった。両親を亡くした後も福井町千太郎長屋に住み、貸本梅鉢屋を掲げる。その下には「板木屋平治」の札も。同じ長屋に幼なじみで、野菜を売り歩いている登が住み、せんのことを気に掛ける。登の父は桶屋職人だったが寝たきり。
父との関係もあって、地本問屋の南場屋六根堂とは親しい。おせんも南場屋のように大きな店を構えるのを目標としている。彼女は早くに両親と離別しているが、第一話ではどうしてそうなったかの説明を入れながら、プロットが展開される。
各話、事件めいたことが起きるが、おせんがそれを解決したり、推察したりする。すかっとするが、話が緻密である面もあり、注意深く読まないと意味不明というか、読み飛ばしてしまうこともある。そのひっかかりが、どれも錦絵を含めた本、出版物にからんでいるところがすごい。単なるキャラの設定にとどまらない。
なお、江戸の貸本、出版、印刷などの諸事情も勉強になって興味深い。
***以下は個人的読書メモにつき、読まないでください***
結末まで丸わかり、あらすじ立てにもなっていないメモです。ネタバレします、ご注意を!!
1.「をりをり よみ耽り」
よく本を借りてくれ��お得意から、小料理屋の大筒屋の入り婿を紹介された。武士出身だが、絵や俳諧の会に出入りしているうちに「燕(えん)ノ舎」と名乗るようになった藤吉郎。訪ねると、藤吉郎は行方不明でいつ帰るとも分からない。大筒屋は女たちが体を売る小料理屋でもある。しかし、蔵を見せてもらうと噂通り、いやどこの書肆にもないほどの本がたくさん並んでいた。暫く通って写本させてもらうことになった。聞けば、15-16年前に姿を消した藤吉郎は、ここにいるころはよく絵を描いていたという。挿絵や一枚絵。しかし、ふさぎ込む日が多くなった。
1月がたち、ある本の写本が終わったが、挿絵を入れたかった。しかし、おせんに絵心はない。そんな時、男の気配。藤吉郎が帰ってきた。彼は、絵師こそが内容のすべてを理解し、絵を描く、一番頭のいい存在なんだということをひとしきり説いた。
子供の頃のある日、登と習いごとから長屋に戻ると、父の平治が、自分が彫った板木とともに外に放り出されていた。平治が板木(版木)を彫り、出版するはずだった本が公儀を愚弄するものだと禁書になったのだった。板木はすべてかんなで削られ、鑿(のみ)や小刀などの道具は焼かれ、平治は指を折られた。版元と戯作者、挿絵師は逃げ、平治は終生、彫師となることを禁じられた。彫っただけの平治一人が罪を負うことになったわけである。母親は男を作って逃げ、父親は自死した。おせん、12歳。
話は戻って、大筒屋の蔵。文字を写し終えた本に挿絵を入れたい。藤吉郎(燕ノ舎)は、指が梅の枝のように変形し、筆が持てない病だった。代わりにおせんに筆を持たせた。そして、後ろから覆い被さるようにして筆を持つおせんの手の上に自らの手をかぶせた。そして、もう一方の手でおせんの胸に手を入れつつ、艶絵を描き上げた。すばらしい出来だった。奥付に燕ノ舎自身の銘を入れた。おせんは、それに見覚えがあった。あの時の禁書にも入っていた。挿絵師は藤吉郎だったのだ。
2.「板木どろぼう」
懇意にしている南場屋六根堂の喜一郎から呼び出された。南場屋が所有する板木が盗まれたという。この板木は、売れっ子戯作者の曲亭馬琴の新作で、伊勢屋と共同で出資して出版権を手に入れたもの。お金を出し合って権利を得た場合は、板木を分けてそれぞれ所有する。「板株」となる。そして、それぞれが刷って一冊の本にする。喜一郎が言うには、伊勢屋が怪しいという。板木は権利を持っていても転売されることがよくあり、盗まれたものであっても、誰かが持ってきたものを買っただけだ、と言われたら通ってしまう。伊勢屋は独占を狙っているに違いない。と。
南場屋に頼まれ、伊勢屋まで探りに出かけたおせん。当初は口が硬かった伊勢屋も、確かに馬琴の新作の権利を一部持っているという。そこに、岡っ引きがやってくる。どうやら伊勢屋に金をせびりにきたようだった。
調べるうち、どうやら犯人は伊勢屋ではなくて岡っ引きだった。子供を騙して、持ち出させたのだった。理由は金ではなく、戯作の題材だった。それは、川に落ちた老婆を漁師が救い、舟に上げた話。ところが、どこかの姫様も溺れていて、助けを求めた。だが舟にはもう乗れないからと断ると、老婆は自分はいいから姫様を助��てやってくれと、自ら川に飛び込んだ。助けられた姫様は手厚く老婆を弔ってやってくれと5両を差し出した。そんな話だった。
この老婆というのが、岡っ引きの母親だったが、事実は違っていた。救助を求めて金子(きんす)をチラつかせた姫様を助けるため、漁師は既に助けている母親を突き落とした。それでも舟にしがみつく母親は櫓で指先をなんども叩かれ、爪が全部剥がれ、川に落ちていった。岡っ引きは爪が剥がれていた理由を知りたくて調べたら、このような真相が分かり、世間で言われている美談は嘘、それが戯作になって出版されることが許せなかった。
岡っ引きは、盗んだ南場屋所有の板木は既に燃やしていた。出版するためには、馬琴にもう一度書いてくれと頼まなければいけないが、偏屈な馬琴が受けるはずない。それにもかかわらず、南場屋は伊勢屋から伊勢屋が持つ板木を買い取った。燃えた部分の戯作は馬琴が書いてくれないけれど、この顛末(真相)をそっくり馬琴に話したところ、新たに話を書いてくれることになったのであった。
3.「幽霊さわぎ」
この時代、読み物には「書入れ」をされた。歴代所蔵してきた持ち主によって順に加筆される注釈のようなもので、誰が書入れをしたかによって価値が違ってくる。書入れも本の一部であり、そのように本は育っていく。
「寛永寺桜落葉」は団扇問屋七五三屋の後家、お志津を描いた錦絵。3年前に死んだ喜多川歌麿の、弟子の手になる作品。当初の売れ行きは芳しくなく、錦絵には遊女以外の記名が統制により禁じられていたためさほど話題にもならなかった。ところが、七五三屋の主人、平兵衛が急死。通夜に亡骸の横でお志津と手代の新之助がことに及んでいると、平兵衛の手が腹から落ち、閉じているはずの目がカッと見開いて天井を見つめ、口から泡を噴いているのが分かった。生き返ったのではないかと恐れた新之助は、死者に詫びて逃げるように去っていった。2人は愛し合う仲ではなく、お志津は欲求不満、新之助は単なる欲得を満たすためだけのことだった。
この生き返り、死に直し騒ぎを瓦版が面白おかしく書いたため、錦絵も話題となって初刷の200枚が売り切れた。
平兵衛が生前からお志津は美人の女将だと評判で、嫁入りして10年あまりになるがほとんど見た人がいない。平兵衛が変な虫がつかないように奥座敷に閉じ込めているのだと揶揄する人もいた。錦絵を描くときにも、板下絵師ですら会えなかった。
ある日、おせんは、フリーで書や板木の売買のみを行っているちょっと危ない男、隈八十(くまやそ)に、1分という高値でふっかけられて手に入れた錦絵「寛永寺桜落葉」の初摺りを手に入れた。描かれているお志津は美しかった。しかし、手にした朱色の団扇の地絵部分の文字が、後から書き加えられたように見える。「菜碁山糸豆」とかかれ、しめやしず=七五三志津を意味することは分かった。出版統制で女将の名前を入れることもない時代に、誰がどうして隠してわざわざ文字にしたのか、おせんには不思議だった。
七五三屋をやめて出て行った新之助が殺された。出会い茶屋でもある中宿「笑福」で、死んだ平兵衛に殺されたという噂がたった。火箸で心臓がえぐられ、その火箸���柱に刺さっていた。平兵衛は殺した後、壁をすり抜けたが、火箸は抜けられずに刺さったのだろうと。笑福は殺人現場だとして公開して金儲けをしていた。
おせんは七五三屋を訪ねると、偶然もあってお志津に会うことが出来た。彼女は疱瘡の跡、あばたを掻きむしって赤い顔をしていた。これが故、主人から手を出されなかった。おせんは錦絵に女将の名前を書き入れたのはお志津だと見抜いた。錦絵のお志津の顔にはあばたはなく、美人そのもの。そういうもう一人の自分を「アバター」にしたかったのだった。だから「寛永寺桜落葉」の初摺りに自分で隠し名を入れた。瓦版に死後硬直にともなう一連の死体騒動をリークしたのも、お志津自身だった。彼女こそ、戯作者だったのだ。
一方、新之助を殺したのは宿の主人、善吉だった。ある夜、お志津の錦絵に心酔する善吉に対し、新之助が疱瘡のあばたのあるお志津のことを話し、彼女を悪く言った。怒った善吉が殺したのだった。
4.「松の糸」
おせんは得意先の刃物屋「うぶけ八十亀(やとがめ)」の惣領息子公之介を訪ねた。評判の色男で女中たちはみんな彼の手つきになっているが、本好きなので読み始めると女どころではない。女中たちはおせんに無愛想。五代目の父親も吉原通いならいいが、どこの馬ともしれない連中と読書会などと称して遊び歩いているのが心配で仕方ない。
その日、公之介はどんな本を見ても上の空だった。聞けば、読書会に参会したとき、中目黒の老舗料理屋「竹善」で、その娘のお松と出会って一目惚れしてしまったとのこと。その娘は、公之介と同じような20歳ぐらいだが、出戻りだった。茶問屋に嫁いだが、早くに亭主をなくし、2年目の秋に追い出されてしまった。早く子を作らないから息子は父親になれない失望感で死んだんだ、となじられ、離縁状を叩きつけられたとのこと。公之介は告白したが、相手にしてくれない。なんども通うと条件を出された。源氏物語の「雲隠」を探して欲しい、と。
「雲隠」は幻の帖といわれている。「幻」と「匂宮」の間に存在する帖と伝承されているが、本文を見たものは誰もおらず、書かれていないというのが定説だった。光源氏が妻の「紫の上」を亡くして失意にある「幻」と、八年がたって息子たちの物語へと世代交代する「匂宮」。その間の「雲隠」なら、描かれているのは源氏の君の死であろう、とおせんは考えていた。
お松に話を聞くと、死んだ亭主が写本したのが雲隠だという。それを探して欲しいとのことだったが、離縁先の茶問屋に行っても相手にされなかったし、息子のことは思い出したくなのでそうしたものは全て処分したという。おせんは、売子(世利子)の隈八十に依頼した。隈八十は増上寺近くの古道具屋で見つけ出した。本としてではなく、不用品として束ねて処分されていた。それを三分で買って探すと、「くもがくれ」と書かれた短い書が出てきた。
おせんと公之介は、お松を訪ねる。「くもがくれ」を手渡し、敗北を認めた。それは「雲隠」に書かれているかもしれない源氏の君の死にゆく様が描かれているのににせて、死んだ亭主が自身を光源氏に投影して描いた全くの作り話だった。病気に伏せりながら紫の上を回想する場面では、うっかり「松の上」と書き間違えて訂正もされていた。お松はそれを何度もめくった。
公之介は、自分とお松との縁を感じたことを話す。店の名前の八十亀の八十と、公を組み合わせると松になる、と。しかし、そんな縁もなかったのだ、やはり死んだ亭主への思いが強すぎると諦めかけたとき、「くもがくれ」からはらりと紙が落ちてきた。蛾の死骸にのりづけされて、なかなか出てこなかった離縁状だった。お松はこれを探していたのだった。自分が「くもがくれ」に挟んだ記憶があったからだった。この離縁状がなければ、再婚ができない。実はお松も公之介に惚れていたから、これを探し出すのを結婚の条件にしていたのだった。
5.「火付け」
*版元が新しい本を出版する時、5冊程度の試し摺りをする。「一番摺り」といい、薄墨で自覚の善し悪しが判別しやすいように摺り、2冊は奉行所に届けて吟味を受け、残りは彫りの見本にしたり、社に奉納したりする。彫師だった父平治は、手許に多くの一番摺りを置いていた。
吉原では、しばしば火事が起きた。燃えた妓楼は再建するまで門外に仮宅を出すことが許され、しかもその間は公儀に冥加金を納めなくてもいい。「桂屋」もその一つで、東本願寺の門前に仮宅を構えていた。普段は吉原に入れない女のおせんも、今なら入れる。野菜売りの登が元々出入りしていたので口をきいてもらい、貸本を置かせてもらっていた。ある日行くと、お針の小千代がいなかった。12歳で両親が借金をして病死し、桂屋に身売りさせられていた。実家が仕立屋だったため器用に針が使えた。しかし、火事で仮宅に移ったころ、主人の善十郎から客を取るように言われた。知らぬ間に借財が年季内に返済できない額に膨れ上がっていたといわれた。これがまかり通るなら、どの女郎も際限なく働かされることになる。この時ばかりは血相を変えて主人にたてつき、手下たちからひどい折檻を受けたという。それで、逃げ出した。
おせんは、彼女に人気本「両禿(ふたりかぶろ)対仇討」の写本を貸していた。探し出さなければならない。桂屋に小千代を探すように命じられた藤吉を筆頭とする柄の悪い若い衆とがちとなり、引っ込んでいろと言われたり、手を組まないかと言われたりした。
おせんを訪ねてきた玉緒という女によると、藤吉と手を組むなどとんでもないという。また、おせんは藤吉たちに跡をつけられているとの忠告も。実は、吉原の妓楼に火をつけたのは、小千代だという。善十郎に言われて、火を付けたら奉公を終わらせてやるといわれたのだった。冥加金を逃れるためだった。ところが、事後は逆に火付けだということをばらすぞと脅され、客を取るようにいわれた。拒否しながらも、小千代は毎晩、火焙りになる夢にうなされた。それで、逃げ出した。
ある日、登が「両禿対仇討」を持ってきた。小千代に貸していた本だった。野菜の売れ行きが悪く、ちょっと足をのばした帰り、裏店で小千代に会った。彼女から返してくれと託されたのだった。夜、おせんは出かけた。登も出かけた。おせんが小千代がいるであろう家に入ると、藤吉が後ろから現れた。跡をつけていたのだった。手下が中を調べる。しかし、小千代はいなかった。逃げられたと嘆く連中。
実は、これはおせんが仕組んだ罠で、おせんが藤吉を引き付けている隙に登が小千代と夫婦のふりをして江戸を出て、箱根の手前の親族の家にまで届けていた。無事解決、してやったりと思っていたら、長屋が火事になった。藤吉が火を付けた可能性が高かった。おせんの本は全部燃えた。
ところが、一冊だけ持っていた本、「両禿対仇討」が残っていた。これは袋とじにした写本だったが、内側は父が手がけた最後の読本で禁書になった「倡門外妓譚(しょうもんがいぎたん)」の一番摺りだった。通常の紙と違い、にじまない、裏表使える紙を使っていて、その裏側に写本をしていたのだった。
1冊だけだが、大事な形見が残った。しかも、登が野菜を売りにいくと、売り先で次々におせんに渡してくれと言われ、梅鉢屋という墨印のある本を手渡された。火事見舞いのつもりだろうか。印のないものも含まれていた。また貸本屋をはじめたら声をかけてくれ、とも伝言された。お陰でおせんは、貸本屋を再開できた。
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なかなか楽しい本だった。江戸時代の出版事情がいくらか分かった。
主人公のせんも魅力的に描かれている。
次作が待ち遠しい
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幼い頃に両親を失い、一人で貸本屋を営みながら生きるおせん。
彼女の目を通して、この時代に生きる人たちの生活が、今もそこにあるかのように見えてくる。
女一人、必死に逞しく、でも軽やかに生き抜いていく彼女の姿に励まされ勇気付けられる人も少なくないはず。
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貸本屋梅鉢屋おせんの父親は
腕のいい彫師だったが無念の死を遂げる。
天涯孤独となったおせんは周りの者に助けられ
高荷を背にしたたかに生きていく。
〈たかが本〉
その本は〈長い年月人の手にあり、何十年、何百年と読み継がれていく〉
P120より。
5話それぞれに物語があり
その時代を精一杯生きた人々の矜持が窺える。
老舗問屋、「蔦屋耕書堂」
創業者の蔦屋重三郎 が、第二話「板木どろぼう」にも登場する。
あのTSUTAYAだ。
参考文献にも読みたい本がたくさんある。
やはり、本は読み継がれていくものだと改めて思う。