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投稿者:hamu - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み終わって、勇気をもらうことができました。読んでいるうちに自然と前向きな気持ちになっていくので、ありがたい。
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養老先生の著書は沢山読んできました。今年肺癌になられ、闘病を経ての出稿。本当にありがたいです。本書もいつも通り、沢山の示唆を頂きました。これからも我々にアドバイスを頂戴したいです!
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全力を尽くすことは大事だと思う。日々全力を尽くしていると、物事が進んで、自然と道が開けていくような気がする。コスパもタイパも大事だが、好きなことに全力を尽くしたり、日々の小さな気になることに関わったりすることも、人生を面白く豊かにするのに必要なことなのではと思った。今回も養老先生は大事なことに気づかせてくれた。毎回ありがたく思う。
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内容では、他人との個人的な関係で生きているわけではなく、家や会社と言った共同体の中の役割で社会に受け入れられている。と言う点や、不要な社員をクビにすると理論上は会社の生産性は上がるかもしれないが社会全体としては変わらないのでは?と言う視点はとても参考になりました。
我々は生き物がそれぞれが違うように、我々の身体の部位もそれぞれ違うように、私がいて、家族がいて、友人がいて、会社の同僚がいて、それこそ赤の他人が存在していて、それでようやく共同体と言う社会が成り立っていると思います。
その中で自分が一生懸命にがんばれる役割が見つけられたら、それはとても幸せな事だなと思いました。
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養老先生が好きだ。といっても、そんなに著書を読んでいるわけでもなく、なぜかずっと何となく好きという感じなのだけれど。三浦友和さんも同じ感じで子どもの頃からずっと好き。
自分でもよくわからない「好き」だと思う。
養老先生の本を読んでいるといつも、あー、この方の側にいると寂しいだろうな、と感じる。関心を持ってもらえない寂しさというか、あまりの賢さに同じ世界を見られない寂しさというか…。でも、お会いすることすらできない私にとっては勝手に好きで尊敬していればいいから問題ない。
この本にも、ドキッとさせられることがいくつか書かれていた。
一つ目
今は子どもの時期について,大人になるための貯金をする時期のように考えている。全ては将来のための投資、という考え方。子供をおとなの予備軍としかみていない。
子どもには子どもの人生があり、その毎日がとても大切なものだと考える、これが子供を大切にする基本。
二つ目
仕事の本質は、目の前の穴を埋めること。穴が空いていたら困る人がいるだろう。だから埋める。自分のやりたい方ことが先にあるのではなく、求められることが先にある。35
三つ目
煩わしいことにかかるのは大切。人としての筋力をつける。
他人と接点を持つことは煩わしいことだが、そのおかげで自然と自分の重みを感じることができる。66
四つ目
もっと国の存亡に関わる問題に目を向けた方が良い。エネルギーや食料確保する方法を真面目に考えた方が良い。それこそが愛国的な姿勢と言えるのではないでしょうか。148
混沌とした世の中、先の見えない不安、周りは外国人だらけ、人々が壊れていくような感覚さえ感じる今日この頃。
養老先生の落ち着いて物事の根本を見る姿勢に、そうだ、ただただ不安がっていないで、腰を据えて冷静に物事を見なければ…という思いにさせられる。日本の思想を整えてくれる、宝のような方だと思う。
以下、備忘録
意識はそんなにえらくない。自分が(意識して)こうやったからこそ、こういう成果が得られたと、勘違い、思い上がりをしない。37
場当たり的な対応を繰り返し、なんとなくなんとかなっているように見えても、ベースのところで人心の荒廃が進んでいるように思います『日本の歪み』東浩紀115
自分たちが正しいと思う論理を優先させる。そういう人は自分よりも社会が先に存在している、ということが理解できていません116
料理家土井善治さんの言葉、
暮らしにおいて大切な事は、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。その柱となるのが食事です。169
とらわれない、偏らない、こだわらない184
言葉が感情ではなくて、論理を述べる道具にどんどんなっていくと、結果として悩みを上手に吐き出せなくなる。184
少々の苦労は修行と思えばいいのに、それを自分で「生きづらさ」に変換してしまう人もいるようです。修行と捉えることで、楽になれる面もあるはずですが、なかなかそう割り切れない。199
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養老孟司の言葉は理解しやすく説得力もあり共感できることがほとんど。生き物として当然だけど大事なことを思い出させてくれる。色々と問題があったり違和感を拭えないこともある世の中だけれど、養老ファンが大勢いるなら、きっと日本は大丈夫な気がする。なるべく長生きして私たちのために発信を続けて欲しい。
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壁シリーズの最後になるかも。
体力があるからこそ、煩わしいこともできていたのだと今さら気づきました。
もう少し力を抜いて生きていたいです。
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「仕事の本質は、目の前の穴を埋めることです。穴が空いていたら、困る人がいるだろう。だから埋める。」夏目漱石が「私の個人主義」の中で、「つるはしで掘り当てるところまで進んでいかなくてはいけないでしょう」と言っていた。そして、そうすることで「生涯の安心と自信をにぎることができるようになる」と。穴を埋めるのと掘るのとが対照的だったのでちょっと引用してみたが、中村哲さんは井戸を掘ったわけだ。自分はこの35年間、何をしてきたのだろう。まあ、自分から積極的に穴を掘って行くというよりは、穴が空いていたから埋めてきたという方が近いかも知れない。つまり、与えられた場所で、与えられた仕事を、日々わき起こる問題を処理するということに時間を費やしてきたような気がする。それでも、誰かの役に立てていたのなら幸せである。養老先生も病気をされたことで少しは人生の見方も変わってきたのかもしれない。そう感じられる部分が具体的にあったわけではないのだが、ちょっと声が小さくなってきたようには思う。文面からも。あきらめのようなものもあるのだろうか。とにかくは、大地震の後の日本をどうするかである。食料とエネルギーは自給自足ができるようにしておいた方がいいのは間違いない。それでも、自分の中では、まあどうにかなるだろう、と思ってしまっている。「明日のために」と考えるよりも「今日を精一杯生きる」ことの方に重きを置きたい。いや、精一杯ではなく気楽にかもしれない。ちょうど良い加減にがいいのだと思う。子どもたちにはずっと、将来のことを考えて、今の苦労を強いてきた。楽しいことは良いことだけれど、しんどいことを我慢できないようでは困ると考え、それを伝えてきた。今もその点は変わらない。「今を楽しく生きよう」という掛け声だけでは足りないように思う。確かに、いつ死ぬか分からないような時代には、そんなことは言えなかったのかもしれない。今はどうか。戦争の危機はどうか。震災の可能性はどうか。環境問題はどうか。悲観的に先のことを心配しながらも、楽観的に日々を過ごせればいいのだが。なんとか両立していきたいものだ。養老先生は最後に言っている。「あれこれ考えるよりも一生懸命働いたほうがいい。」「精一杯生きる。そして自分にとって居心地の良い状況を見出していく。」養老先生のことばは99%受け入れてきたのだが、最後のこのことば、ちょっとしんどいような気がする。「ほどほどでええんちゃう」と森毅に言ってほしい。
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思っていること、考えていることを淡々と書き綴っていていて、楽ーに読めた。
小難しいことはさておき、身近なことを大切に、自分中心にシンプルに考えれるようになりたい。
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養老先生の言葉は、炎上しそうでしないのは、個人を攻撃することがないからだ、とご本人談。
全てが納得の言葉の宝箱。
やはり、働いてその合間に遊ぶから良いのだと、再度確認。
多様性とは、同一ではなく、相手は、自分とは違うモノであることを認めること。
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二十代、三十代こそ人生に真っ先にぶつかる。
お先真っ暗闇の時代と言われているが、結局はモノの持ち用。
しっかりと学び、しっかりと経験する。
これにつける。
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世の中、どこかおかしい。そう感じている人は多い。どこがどうおかしいか、気づいている人もいる。しかし、「それはみなさんが一生懸命、そういう世の中を作ってきたからですよ」そう喝破するのが養老先生である。
たとえば、第1章「子どもの壁」では少子化について触れる。少子化の原因はいろいろ議論がある。税金は増えるし物価も上がる。なのに賃金は上がらない。景気が回復する見通しもない。だから子育てに消極的になる。それも正しい。けれど、多くの人が信じて疑わないのは、「自分は子どもを大切にしている」という気持ちであろう。そこが大きな勘違いだという。
子どもには子どもの時間があり、それは子どもの間にしか経験できない、かけがえのない時間である。しかし、われわれは子どもを「大人になるための準備期間」としか見ていない。早く一人前になってほしい。そういう思いで、英語やプログラミングを習わせたり、最近では投資の勉強までさせようとする。それが「子どものため」だと思っている。だが、本当にそうか。われわれ大人は、子どもが子どものままでいられる時間を奪っているのではないか。
「個性の尊重」という標語が、教育においても、あるいはそれ以外の社会生活においても、当然のように使われてきた。むろんそれらが従来の画一的な教育や、集団主義・横並びの日本社会に対する反省から生まれたものであることは言うまでもない。現代で言えば、「多様性」という言葉もそうであろう。大多数のみんなとは違う、自分だけの個性を認めてほしい。それはある意味では必然の成り行きである。しかし、さしたる個性を持たない「大多数のみんな」は、どこに自分らしさを求めればいいのだろうか。だから逆に「個性を持たなければ」というプレッシャーに悩むことになったのであろう。
やや脱線するが、むかし「木曜日の食卓」というテレビドラマがあった。どんなに忙しくても、木曜日の夕食だけは家族そろって食卓を囲む。そういうルールを決めた家族。しかし、時が流れるにつれてルールはうやむやになり、しだいに家族の心は離れていく。そんなストーリーだったと記憶している。現代ではさらに進んで、時間だけでなくメニューもバラバラになった。夫はカレー、妻はパスタ、娘はピザで、息子はカップ麺。個性の尊重と称して一生懸命やってきた結果、尊重できた個性がせいぜい食事の好み程度だとしたら、何という皮肉だろうか。
養老先生がしきりに言っているのは、2038年までに来ると言われている南海トラフ地震である。3.11のような大地震が首都を直撃すれば、現在のような考え方、暮らし方は立ち行かなくなる。そう警告する。
養老先生の本を読んでいると、なんだか村の長老の話を聞いているような気分になる。先に生まれただけでどうして偉いのか。そう怒る人がいる。でも、あなたが生まれる前から世の中は存在するし、世の中のルールもあなたが生まれる前から存在している。それを自分の思い通りにできないからって、腹を立ててもしょうがない。
養老先生が言う「自分たちがそういう世の中を作ってきた」というのは、要するにそのときの理屈で「要らない」と決めてしまったけれど、存在し���きたものにはそれなりに理由があるということである。別に昔に帰れと言っているわけではない。話を聞くだけなら損をすることもないのだから。
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人生、もっと楽に生きてもいいんじゃないかと思えました。
全てが賛同する内容ではないですが、読み終わると落ち着いた気持ちがありました。
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現代社会で生きる上での示唆に富む一冊であった。
養老氏の本はバカの壁以来、かなり久々に読んだ。そのときも、この人はよく人間を知っているなあと思ったものだが、本書もまたしかりであり、確かになあと頷かされたり、その観点は自分には抜け落ちていたなあとハッとさせられたりした。
むろん、あくまで養老氏の人間観、人生観、意見であり、100%鵜呑みにするものでもない。血気盛んな人にはジジイの戯言のように感じられるかもしれない。
しかしながら、現代社会を生きていて感じる「なんかおかしい世の中だな」というぼんやりしたものを取り上げて言葉にし、ここはこういう考え方もあるのではないか、と持論を展開する。よく見ておられる。心の処方箋となる。
白黒の結論を急ぎ、あっという間に一方向に転がり落ちていくような今の世の中において、ちょっと立ち止まって考えたり、目にした意見を考える、そして自分がどう健やかに生きていくか?そのためにはどのような考え方があるか?ということについて、本書を通じて重要なヒントをたくさんもらったように感じる。
人生の壁をいかに打破するか、というよりはいかにそれをうまくいなしながら、さりとて逃げることなく、健やかに生きるための自分の糧とするか…そのような、真正面からガツガツぶつかっていくタイプの本ではないので、気楽に読めます。先にも述べましたが、心や考え方の処方箋ですね。
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養老先生のは話はいくつ読んでも面白い。
生きづらさについても書かれていたが、
生きづらいってなんだろうって思った。
食事があり、安全が保障されて、
当たり前のようになっているからこそ
無駄なことを考えてしまうのかなぁ〜。