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しみじみ日本・乃木大将 (新潮文庫)
しみじみ日本・乃木大将
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しみじみ日本・乃木大将 | 7-134 | |
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たいこどんどん | 135-312 |
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紙の本
井上ひさし全著作レヴュー39
2011/01/28 21:19
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:稲葉 芳明 - この投稿者のレビュー一覧を見る
『しみじみ日本・乃木大将』『日の浦姫物語』の2篇の戯曲を収録。『しみじみ日本・乃木大将』の初出は「昴」1979年6月号。初演は1979年5月、演出:木村光一、芸能座公演、上演劇場:紀伊國屋ホール。『日の浦姫物語』の初出は「昴」78年8月号。初演は1978年7月、演出:木村光一、文学座公演、上演劇場:東横劇場。
『しみじみ日本・乃木大将』は、東郷平八郎と共に日露戦争の英雄と称えられた乃木希典を取り上げた、作者得意の評伝劇である。「聖将」と神格化される一方で、司馬遼太郎が「愚将」と批判するなど未だ評価が定まらない主人公を、明治天皇大葬の日に静子夫人とともに自刃する直前の夕刻2時間に舞台を設定して描く。この芝居は着想以来完成に至るまで十数年を費やし、著者は膨大な資料を買い込んだというが、その緻密な下準備以上にぼくが圧倒されたのは、その着想である。何せ、乃木邸内の厩舎に飼われている三頭の馬が喋り出し、しかもそれぞれの馬が前足部分と後足部分に分解し、しかも前足と後足が互いに反発しあって人格分裂ならぬ「馬格分裂」を起こしてしまうのだ。しかも、この設定は単に奇をてらっただけのものでなく、乃木大将の生涯が馬たちの劇中劇として展開するのだから恐れ入る。井上ひさしという人は、これ以前の戯曲でも様々な「趣向」を仕掛けてきたが、このような奇抜な「趣向」を、一体どうやって思いつくのだろう?
第9場で明治大帝が乃木大将にこう述べる――「この明治という時代は、さまざまな場所で、さまざまな人々が、忠臣や、篤農や、節婦や、孝子などの型を演じ、その型を完成させ、周囲の手本たらんとつとめる時代なのだ。国民に型を示し、そのうちのひとつを選ばせる。これが国家というものの仕事なのだ」。乃木大将に関しては最低限の知識しか持たないぼくだが、乃木希典の生涯を追いながら彼が「明治」という時代に果たした「役割」を分析し、さらに、明治天皇を君主としてその前で乃木大将は「道化」を演じていたのだと主張する、本戯曲の斬新で鋭い解釈にはただただ脱帽唖然とするしかない。
『日の浦姫物語』は、兄と妹の間に罪の子として生まれ、成人しては(知らずして)実の母の夫となり、真実を知ってからは17年間懺悔の日々を過ごし、のちに神に見出されて教皇となったグレゴリウス一世の伝説を基本プロットとしている。おどろおどろしい近親相姦の世界を浄瑠璃仕立てで展開していくわけだが、正直元ネタの「グレゴリウス一世伝説」のインパクトが強烈過ぎて、本戯曲もその影響下から脱却しきれていないような感じを受ける。