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紙の本
魔 (文春文庫)
著者 笠井 潔 (著)
ストーカー被害に悩む女子学生、父を亡くし、拒食症を再発した女性の謎の失踪事件…。サイコセラピスト・鷺沼晶子の依頼を受けた私立探偵・飛鳥井が、現代社会を揺るがす“魔”に挑む...
魔 (文春文庫)
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商品説明
ストーカー被害に悩む女子学生、父を亡くし、拒食症を再発した女性の謎の失踪事件…。サイコセラピスト・鷺沼晶子の依頼を受けた私立探偵・飛鳥井が、現代社会を揺るがす“魔”に挑む。社会病理を鮮やかに描き、驚愕の謎解きをも達成した傑作ミステリー。単行本に付されたスペシャル・エッセイを収録。【「BOOK」データベースの商品解説】
収録作品一覧
追跡の魔 | 7-127 | |
---|---|---|
瘦身の魔 | 129-262 |
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紙の本
あなたも魔、私も魔
2008/01/30 23:41
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
笠井潔の創作したキャラクターというと、「バイバイ・エンジェル」などの現象学を駆使する浮世離れした青年矢吹駈や、ヴァンパイヤウォーズシリーズの九鬼鴻三郎とか、世間から外れたところに位置して現代文明を見るようなところがあった。最近の私立探偵飛鳥井ものは、紛いなりにも顧客との契約で仕事をするという比較的世知にまみれた人物とは言え、アメリカ帰りでアル中の過去を持つくたびれた中年男、著者があと書きで言う「紙のように薄い」ぺらぺらな人物であることを自覚してもいる。社会の外枠線上にいて、なおかつ個人的事情に踏み込む探偵という職業であることが、依頼人に生じている問題を冷静にかつ深く把握できるという言い分はもっともらしくはあるが、TVの刑事ドラマはみんなそういう話だよなあ。そういうはみだし刑事みたいな欺瞞が受け入れられない人向けの小説かも知れない。
本書の2中編では、ストーカー、拒食症という現代の病巣をそれぞれ発端にした事件が描かれるが、それらの傷付けられた、あるいは抑圧された人々を単なる被害者として事件を構成しないのが、社会派作品としても一筋縄でいかないものにしている。善良な人々による悪の告発という構造を拒否している以上、誰にも共感されない、社会からの脱落者という視点が必要なのだろうか。昨日の被害者が明日の加害者という限りない連鎖の中には、正義や倫理といったものは微塵も受け入れられないものなのかもしれない。
主役の探偵にも、毎度そこに事件を持ち込む美人(?)サイコセラピスト、被害者に加害者、登場人物の誰にも感情移入を拒む虚無があり、笠井が世界大戦と大量虐殺による虚無を見るという先行作家に対比した何かを埋め込んでいるのかもしれないが、同時代の人間には発見することは難しい気がする。ただ漠然とした不安に形を与えるのが小説家だが、それに名前を付けるのは別の人間の仕事だ。ただストーカーにしろ拒食症にしろ、誰もがそこに落ち込む可能性があり、また立ち直る可能性があるという示唆に気持ちを安らぎを感じる、そんな人間は多くないのかもしれない。
アメリカ的職業を非アメリカ的社会に持ち込むことで、キャデラックを乗り回す探偵の視線はより外部のものに近づいて行くのか、それとも遠くなり過ぎて遠日点も越えてしまうのか。周縁に押し付けられるほどに、老年に近づきつつありながら探偵の人格はますます薄っぺらくなっていくようだ。他人事のように書評など投稿している自分に重ね合わせると、自分もまた薄っぺらくなっていくようで、だがそれが心地よく感じられる。