紙の本
天平時代の小説で気になること
2020/08/23 08:44
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ドン・キホーテ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は歴史小説で直木賞候補となった澤田瞳子の一冊である。ここでは奈良時代、藤原不比等が首皇子を聖武天皇にした頃、国全体を襲った天然痘で貴族から庶民までこの災禍によって大勢の人々が亡くなった。不比等が期待の4人の息子も呆気なくこの世を去ってしまった。
しかし、舞台は朝堂ではない。光明皇后が建設した施薬院と悲田院である。735年から37年までが大流行したと言われており、まさに天平のパンデミックが発生した。人口の3割が死亡したともいわれている。
主役は施薬院の若手であるが、登場人物は多様である。中でも医師が際立つ。医師仲間で疎んじられ、ついには追い出されてしまうが、藤原房前に雇われてから、天然痘に対する御札作りでぼろ儲けをするに至る。結局昔の仲間と出会い、医師としての職業に目覚めるという猪名部諸男がストーリーの柱である。むしろこちらが主役と言ってもよい。
天平時代を時代背景にしており、部分的にも史実を踏まえている。現代人の気質をそのまま天平時代に持ち込み、まるでタイムマシンに乗って天平時代に生きる現代人を描くというほど単純、素朴な訳はない。偶然であるが、この時代は天然痘のパンデミック、現代は新型コロナウィルスという共通点がある。
どの時代でも同じことが言えるのだが、天平時代に生きる人々と現代人とは何が共通し、何が異なっているのか。天平時代は今から1300年も前の時代である。人間同士が抱く感情が同じであっても不思議はないが、では何が異なるのであろうか。江戸時代の時代小説であるならばそんなことはたいして気にはならないが、天平、鎌倉、平安となるとどうにも気になるのである。時代小説にそこまで求めては行き過ぎなのかも知れない。
澤田はすでに直木賞候補作品を幾冊か発表している。是非、古代の日本人の心情、傾向などを描き続けて欲しいものだ。
紙の本
致死率の高い感染症との戦いに時代はない。
2019/06/23 10:49
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投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
寧楽時代、光明皇后の肝煎りで作られた施薬院と悲田院、つまりは無料の治療所と孤児院であるが、対庶民の仕事である為に、そこに配置される役人は仕事に励んでも処遇に無関係じゃないのかとやる気がない。始めに出てくる青年もそうだ。
しかし、海外の使者が致死率の高い伝染病を持ち込んで来た。天然痘だ。対症療法しか術はなく、疫神を避ける為と怪しげな呪い札を高値で売り付ける輩も出てくる。
天然痘は、一度罹患して助かった者は二度と掛からないが、それ以外の老若男女、貴賤を問わず襲い掛かった。恐怖から迷信にすがり暴動に走る庶民。懸命になって救おうとする施薬院の職員たち。
職務に目覚めた青年、悲田院の子どもたちを救えなかった僧侶の悲しみ。様々な人たちの思いが錯綜しながら、都の惨状が描かれ、人の心の不思議さが物語を浄化していく。
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疫病と闘う人たち
2018/05/19 19:27
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:咲耶子 - この投稿者のレビュー一覧を見る
天平時代の施薬院を舞台にした医療モノ。
光明皇后と藤原氏の肝いりで設立された施薬院・悲田院だがそこで働くのは町医者と出世から外れた人たち。
そんな人たちが天然痘で苦しむ民のために奮闘します。
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奈良時代に猛威をふるった疫病とたたかう医師ら。
重すぎて読みにくいかと思ったけれど、力強い筆致に引き込まれ、感動しました。
聖武天皇の御世。
都の施薬院に勤める名代(なしろ)は、病人の世話に飽き、出世の可能性がないことを嘆いていました。
上司の綱手は治療に打ち込む良心的な医師ですが、思わぬ疫病がはやり始め、打つ手に困るほどに。
一方、侍医だった諸男は罪を着せられて、この時期に獄にいました。運命に翻弄されることになります。
皇后の兄である藤原家の四兄弟が権勢をふるっていたのが、天然痘に襲われたら無力で、つぎつぎに命を落としてしまう。
かと思えば、この機に乗じて怪しげな札を売り出す宇須という男も。
新羅から帰国した遣唐使らは、自分たちが疫病を持ち込んだことに苦しみます。
治療法がろくにない時代、それでも奮闘する人々。
その精神の強さと激しさ、次第に迷っている暇もなくなっていく。
それぞれの人生が極限状況でどうなったか。
すさまじいばかりですが…
生きる意味を問い直す、胸を打つ言葉も。
名代の成長物語として読み終えました。
かすかな光明と救いを心に残して。
2017年発表、第158回直木賞候補作。
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天平の平城京を襲う天然痘の猛威、治療法も知られていない中で庶民から高位の者まで高熱に苦しみ疱瘡にのたうち、死が広がっていく。
燃え盛る焰に自ら身を投じていく火定入滅を行っているかのような世間の動きの中で、それでも生の意味を全うし、医師の役割に気づいていく主人公たち。
目を覆い、鼻をつまみたくなるような死の描写。不安・騒乱を煽る者と鵜呑みにする群衆、病を恐れ逃れようとする者、エゴを満足させるために仲間を陥れる者と復讐の想いに駆られる者、病を持ち込み蔓延させた罪悪感の中で生き延びている者、意味のある生を生き・それに気づいていく者、様々な人間の本能と人生の意味を考えさせられる物語だった。
18-76
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藤原四兄弟が天然痘で亡くなった。光明皇后の異母兄である藤原房前は、朝堂を支える藤原四兄弟の中でも最も聖武天皇の信頼の暑い人物。そんなひとでさえ、疫病の跋扈には無力である。
その時の市中を救うのに尽力した、施薬院ではどのような状況だったのか。
死を前にして、みなはどう動き、どう死んでいったのか。何が正しく、何が正しくなかったのか。
死ぬとわかったなら、好きなことをすべきなのか、いや、そもそも、人は必ず死ぬのであるから、うまれたら、死ぬまで自分の好きなことをし続けるべきなのか。
いや違う。自分のために行ったことは、自分の命とともに消え失せる。しかし、他人のためになしたことは、例え自分が死んでもその人とともにこの世にとどまり、自分の生きた証となってくれる。つまり、人のために生きることが、永遠にも似た人生を生きることに繋がるのだと思う。
著者の作品は何点か読んだが、どれもよい。ただの歴史書ではなく、そのとき生きた人の思いなど、想像し、きちんと描けているのでひきこまれるのだろう。
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奈良時代におけるアウトブレイク。
天然痘が蔓延する都で奮闘する医師たち。
追いつめられたときの人の行動やら骨太作品ではあったが、少し既視感も感じる部分もないではない。
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時は天平。疫病の猛威が吹き荒れる、寧楽(奈良)の京を舞台に、施薬院の使部・名代と、元は内薬司の侍医だったにもかかわらず、無実の罪で獄にいた諸男をメインに話が展開します。
絶望的な状況で、懸命に働く施薬院の人達と混乱に乗じて怪しげな信仰を担ぎ出す者・・。まさに狂気の最中、名代の成長、諸男の苦悩が浮き彫りにされていきます。
疱瘡患者とそれによる死者達の凄まじい描写は、思わず目を背けたくなるほどでしたが、その迫力と読み応えは流石です。
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最近読みだした澤田瞳子の奈良時代の物語
史実の周辺にありそうな物語を紡ぎだすな
遣唐使が持ち込んだ天然痘がもたらした、
壮絶な人間模様に一人の男の壮絶な人生の
辻褄合わせが上手い作品です
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はー、天然痘怖すぎる。描写がすごいので思わず画像検索してしまったじゃないか。根絶できた事に、素直に医療の進歩に感謝。
話自体はすいすい読めるし、展開も分かりやすい。印象に残るのは孤児達の可哀相な最後であり、これは物語の中で本当に必要だったのか・・と疑問も。時代小説はあまり読まないが、これは苦労なく読めた。分かりやすい都の描写のお陰で、ほんの少しだけ奈良時代の空気を吸った気分にもなれた。
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著者初読み。
ブクログのレビューを見て、読んでみることに。
舞台は平城京。当時の新羅から戻った役人たちにより、痘瘡が京中に蔓延し、大混乱に陥る。
医療技術が発達していない中、今で言う町医者に当たるのだろう、施薬院の医師・綱手や下働きの名代たちが、一人でも多くの命を救おうとする様子が描かれる。
その一方で、冤罪で医師の身分を剥奪された諸男の苦悩する様子も描かれている。
それぞれの命に対する真摯な思いがよく伝わってくる上質な作品。今の時代でも、命の判別が問題になるが、この時代にその決断をしなければならなかった綱手たちの気持ちが、とても痛くて、涙が溢れてしまう。それでも、希望を捨てずに病と立ち向かうラストは、さらに涙…
偶然にも、この作品を読んでいる最中に直木賞の候補作にノミネートされたことが発表された。とても喜ばしい。
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縄手の「生きる意味」の衝撃。
これまで自分の生について深く考えたことはなかったけれど、そうか、生きているだけで何か(誰か)の役に立っていることもあるかもしれないと考えるだけで、小さいけれど心に明かりが灯る。そしてそうだったらいいなと切実に思う。
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生徒お勧めの1冊。
歴史小説かと思いきや、
人間小説で医療小説だった。
この中に出てくる人間の行為には
本当に許されないものが多いけれども、
「そんなひどいことをできる人は、人間ではない」と
言い切れる人間は、きっといない。
そう思うと、ぞっとする小説だった。
そして、もう一つのテーマ「医療人とは?」
ここ数年、医学部人気に翳りがみられるというが、
ウチの生徒にはまだまだ医学部志望が多い。
そんな彼らに、ぜひ読んでもらいたいものだ。
医師も人だ。
人として、病を抱える人を救うとはどういうことなのか。
どのような覚悟が必要なのか。
想像力を働かせてほしいものだ。
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時は天平。
藤原四兄弟をはじめ、寧楽の人々を死に至らしめた天然痘。疫病の蔓延を食い止めようとする医師たちと、偽りの神を祀り上げて混乱に乗じる者たち―。
疫病の流行、政治・医療不信、偽神による詐欺・・・
絶望的な状況で露わになる人間の「業」を圧倒的筆力で描き切った歴史長編!
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時は天平、ところは寧楽(なら)。
藤原四兄弟が権勢を誇った聖武天皇の御代。
施薬院に務める名代(なしろ)は辞めるきっかけを探していた。
貧しい病人の治療をするといえば聞こえはよいが、孤児の救済のために建てられた悲田院とともに、藤原氏が慈悲深いことを世に示すためだけに作られた施設だ。
なるほど資金は藤原氏から出るが、ここで務めていたとて出世の道は望めない。
上司の綱手は金にも名誉にも興味がない。兄貴分の広道は無暗と口うるさい。孤児院の悪ガキどものいたずらにも手を焼いていた。
何にせよ来る日も来る日も貧しい病人の世話をするのにほとほと嫌気が差していたのだ。
そんなあるとき、都に不吉な気配が流れる。
何十年も前に荒れ狂った裳瘡(もがさ:天然痘)が都に入り込んだらしい。
どうやら新羅の国から帰った者たちが疫神に取り憑かれていたようだ。
じわり、じわりと、野火のように感染は広がっていく。
確たる治療法も薬もないまま、人々は見えない疫病に翻弄され、狂奔する。
業火に焼かれるように伝染病になぎ倒されていく人々。
歯を食いしばってこれに立ち向かう綱手。
普段は施薬院に薬を納めているが、疫病の気配を察して、いち早く身を潜めた比羅夫。
宮中の医師でありながら、無実の罪を着せられ獄に落とされた猪名部諸男(いなぶもろお)。
混乱に乗じて怪しげな神をでっちあげ、人々を扇動することに異様な喜びを示す宇須(うず)。
悲田院の孤児たちを我が子のようにかわいがる僧、隆英。
内心、自分たちが病を持ち込んだことに苛まれている遣新羅使たち。
地獄のような都で、それぞれの人生が交錯する。
病は善人も悪人も区別はしない。
それぞれの悲しみを苦しみを呪詛を抱え、人は斃れる。
猛り狂う疫病の中、名代が物語の最後に見るものは何か。
昔から、人は何度も何度も感染症に襲われてきた。
病と闘う術が非常に限られていた時代、その怖ろしさはいかほどのものだったろう。
著者の重厚な筆は、文献の裏付けを杖に、読者をぐいぐいと天平へと引っ張っていく。
「火定(かじょう)」とは、仏教の修行僧が自ら火中に身を投じて入滅することを指す。
人は病に斃れ、けれどもまた立ち上がる。先に続く者の礎となるのであれば、業火に焼かれた者の死も、決して無駄ではない。
凄惨な描写も多く、気楽に読める1冊とは言えない。
けれども終幕に降る雨が、しみじみと胸にしみいる余韻を残す。