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紙の本
世界之介参上
2008/11/20 22:59
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
いわゆるところ女偏歴の物語ということになっていると思うが、僕が読むとこれは旅の物語になるのだ。もっとも正直に白状すれば、この岩波文庫版の原文では恥ずかしながら意味がよく読み取れてない部分が多い。自分を例にするのもなんですが、これから読む人には現代語訳(吉行淳之介とか)をお勧めします。
主人公の世之介は、幼い頃から京、大阪あたりをふらふらと遊び回っているが、そのうち勘当されたり、出家するはめになったりして、諸国を流浪せざるを得なくなり、またまた膨大な資産を得るとふらふらと遊び回る。それは駿河、江戸はもとより、信州、新潟、水戸、西は小倉、博多へと。どこへ行っても女郎、花魁、素人など縁があってか好んでか遊びまくるのだが、その土地ごとに風物、習俗は様々で、人もいろいろ。関わり方も千差万別で、まさに遊びを尽くすと言うにふさわしい。それだけの遊びが若い時から出来るというのも、好きだからというだけでなく、言葉、立ち居振る舞い、教養、風流、気遣いと、あらゆる点で人の心を捉える才能があってこそなのも、きちんと描写されているのが侮れないところ。特に遊び場の頂点に立つ太夫に心通わせられるのは、やはり並大抵ではないのだ。才あって様々な経験ができ、経験がまた人格を育てるというのが、この世之介の生涯を通じて感じられる。
そして土地折々の遊びどころ、それぞれの性格、風情もあれば、京などの都会への憧れもある。そこの頂点たる太夫の言動はやはり艶やかで、これがとてもトキメク。特になんといっても京の吉野太夫。いなくなると京から桜が消えたようだと言われるほどの美女。たまりません。
そうやっていろいろな土地のいろいろなシチュエーションで女(遊び)を描いているとも言えるし、女を通じて日本中を描いているとも言える。だから世之介の「世」は、浮世の「世」かもしれないが、世界の「世」じゃないかなんて気もするのだ。女と世界というのは不即不離、一つながりのものとして捉えられているのかもしれない。いや、きっとそうだ。西鶴にとっても、女を描こうとしたのか、世の中を描こうとしたのかなんて区別も無いのだ。世界とはすべからく堪能すべきもので、十分濃厚に味あわせてくれる。
ところで文章が読みにくい一因は、西鶴が俳諧出身ということによるのだろうか、読む時のリズムで文を区切っているせいがあるように思う。逆に言えば、それこそ謡うようなリズムで読み進めれば一層心地よく感じられるということだろう。残念ながらその境地には至りませんでしたが。
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