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軍隊機構の末端である兵営の緻密な描写を通して、日本軍国主義を批判した問題作。とのこと。
初めての野間宏。
最初は退屈な小説だな、と思いました。木谷のことも、曾田のことも、軍隊のこともあまり掴めなくて、さらに物語がなかなか動かない。
でも、中盤から、色んなことがわかってくると、俄然面白くなって先が気になりました。
戦争に関する小説だと、何かしろ天皇の存在とか、当時の社会的な思想のようなものが見られるのだけど、この本はそうではなかったです。
単純に、組織機構の腐敗に的が絞られていたように思います。悲劇的な雰囲気もありません。
だから身近で読み易くもありました。野間宏の文章はあまり読み易くはなかったけれど、組織のイメージはつきやすかったです。
ストーリーの本質ではないけれど、私がとても興味深かったのは、学徒兵です。
学徒兵でちょっと要領が悪い者が居たりすると、よってたかって攻撃する。男性の世界、力の世界と言えども、女性的ですらあるなあと思いました。
そして、タイトルでもある「真空地帯」とは兵営のことで、本文に何度か真空地帯が出てきます。
「たしかに兵営には空気がないのだ。それは強力な力によってとりさられている、いやそれは真空管というよりも、むしろ真空管をこさえあげるところだ。真空地帯だ。ひとはそのなかで、ある一定の自然と社会とをうばいとられて、ついには兵隊になる。」(p.231)
「彼の求めているのは欲望の遂行だけだろうか。そいつをやれば、たしかにその時、真空地帯の上に虹がかかる。彼はその虹の上をわたって地帯の外へでて行くのだ。どこか外へ、・・・・・・とおいところへ、こえて行くのだ。」(p.224)
「曾田は機関銃中隊横から酒保の方がくをかえながら考えたが、彼はあの木谷の打った拳骨の打撃が自分の身体をとらえているものをこなごなに打ちくだくのを感じた。木谷の手は真空地帯をうちこわす。」(pp.413-414)
うまく私には解読できないんですが、兵営は「真空地帯」という表現がとても斬新に思えました。ただ、社会と隔絶されているとか、孤立している、とかではなく、「空気がない」。
空気がなければ人間は死んでしまうんだけれど、生きている。空気のないところで兵隊は生きている。それは本当に生きている状態なんでしょうか・・・?
そして木谷は、その空気のない兵営で、流れに身をまかせて、ただ時間が過ぎるのを待っているのではないのです。
ストーリーは、なんだか釈然としないまま、木谷は大きな濁流に呑まれ、目的を果たせないままに野戦送りになって終わります。
これが軍隊か、と現実を突きつけられたような気がしました。
この話は、単に軍隊について書かれた、過去の物語ではなくて、巨大な組織の末端という存在について考えさせられます。決して現代とも無関係ではないと思うのです。
最後に、安西(学徒兵)がノートに書き散らしたという言葉が興味深いので書き留めておきます。
苦しいか、おい、苦しいか、苦しいといえ。
心などもうなくなってしまった。自分をどうすることもできない。犬の��うにたたきまわされても、なんともないし、ひとりでに手があがるだけ。
自分がこんなになるとは思えなかった。胃袋が口のところまででてきている。
靴は重いし服はだぶだぶ。ざらざらざら。おかあさん・・・・・・また、今日も蝉、せみです。
この言葉の意味は結局解釈できないままでした。