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紙の本
善良の中の悪魔、平凡の中の奇跡
2013/06/30 17:21
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
とあるイギリスの田舎町で人々に愛されてきた医師と、ドイツから流れてきた孤独な踊り子、二人は逃避行を試みるが阻まれてしまう。別に心中とか、情事の果ての逃亡ではない。第一次世界大戦の開始、英独開戦時の混乱からの脱出を望んだに過ぎないが、それは許されず、むしろ彼らを取り巻く状況を悪化させてしまった。
不運な事件が重なる上に、スパイの嫌疑までがかけられる身の上にあって、医師は踊り子に「われわれはひとりではないのだ」と語る。まったく良心的に、正直に生きて来て、理不尽な境遇に落とされる、それは他の無数の人々と同じ運命であること。これからの戦争で犠牲になる人々、その原因となった虐げられた人々、そういう列の中の一人に過ぎないのだと。
そんな諦観があるものだろうか。そのような存在でいることが人間に可能なのだろうか。
たしかに彼は見て来たのだ。医師という立場で、十分な手当を受けることができずに病気を悪化させ、あるいは死んで行く人々、子供たち。そういう人たちが、自分の住む街にもいること、そして国中に、それから世界中にいることを感じていたことが伏線として生きている。
医師と踊り子の関係は、行く当ても無い患者への同情であったに違いないが、それが何重にも災いしたのも不運としか言えない。彼女を自分の家に家庭教師として雇うことも、帰国のために力を尽くすことも、まったくヒューマニズムの発露なのだが、それは一方では愛を必要とする者には無尽蔵に愛を与えることができる者、自分に必要な愛を受け入れてしまうことができる者、その人間同士の関係には、無限に深いものが生まれてしまう。「鎧なき騎士」ではそれは、平凡な男に超人的な(しかし誰にも知られない)活躍を為さしめたが、本作ではすべてが裏目に出たことになる。それでどちらの人物がより不幸だったという比較ではないのだが。
彼らを陥れたのは、戦争の不穏な空気、それから恐怖だろうか。想像力を欠いた善良な人々の自己防衛本能ろうか。医師の恐れを知らぬ純真さだろうか。仕事に忙殺される日常の中でこそ、生活も地位も投げ出すかもしれないリスクに躊躇しない勇気は育くまれたようにも思える。
たぶんそういった諸々の巡り合わせの物語なのだ。
あるいは似たような不運と奇跡は、現実に無数に存在したのかもしれない。
戦争の悲劇という大きな枠で語っても同じことなのだろうが、ここではまったく平和に暮らしていた人々の中から突如として狂気が立ち上った瞬間としての、禍々しい輝きがある。
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