紙の本
中尉爆睡
2006/03/23 12:18
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:松井高志 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本はかなり有名な本であるから、私のような者が今更内容を要約しても始まらないし、そもそも評者として私の出る幕ではないとは思うが、一ヶ所だけどうしてもコメントしたいところがある。
小泉信吉中尉の乗り組んだ巡洋艦「那智」が、作戦を終えて補給のため佐世保に帰投する。「那智」の入港中、信吉中尉は、福岡の戸畑に住む伯母(母の長姉)を訪問する。彼は伯母や従兄弟たちと夕食を共にして一泊した。その時の模様が、伯母から信吉の母宛の手紙で描かれる。
けさは八時過ぎたら起して下さいと申されましたから戸の外からノックしましたが、何の手応えもありません。勇士はくつわの音にも目をさますとか、次には無遠慮に戸をあけて寝床に近づき信ちゃん信ちゃんと呼べども答えず、
「勇士は轡の音に目を覚ます」とか「暗夜に霜の降るを知る」というのは、講談でしばしば用いられる、すぐれた武士の心がけをいう慣用表現であるが、この「伯母」という人に限らず、太平洋戦争中までは、中年女性がこのような言い回しを妹への私信の中で使うほどであったことが分かる。おそらく知らず知らずのうちに身についた言い回しなのであろう。国定教科書の「修身」などでも用いられた表現なのかもしれない。信吉中尉は、この後、「八海山丸」に移乗して、備え付けの図書「落語全集」三巻本を読む、というくだりが書簡で出てくる。中尉は兵隊落語の柳家金語楼をけなしているから、新作嫌いであったらしい。
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戦死した息子(小泉信吉)を想いながら父親(小泉信三)が書いた記録書。
戦争の内容や特別なドラマが描かれているわけではない。息子がどんな人間だったのか、思い出しながら彼の歴史を整理して、この本をささげようとしただけの著書だ。
しかしながら、親の子を想う気持ちがよく伝わる。
母親に比べて父親は子どもを理解しきれないものだと思うが、この著書の中では父親が、自分から見た息子がどんな性格であったか、何を趣味にし、何を好む人間だったかを思い出しながら切々と信吉の姿を書いていく様子がとても切なく、父親の愛情は母親の愛情とは別の形で確かにあるものだと感じさせられる。
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(1979.09.28読了)(1975.01.11購入)
*解説目録より*
1942年南方洋上で戦死した長男を偲んで、戦時下とは思えぬ精神の自由さと強い愛国心とによって執筆された感動的な記録。ここに温かい家庭の父としての小泉信三の姿が見える。
☆関連図書(既読)
「昭和史[新版]」遠山茂樹・今井清一・藤原彰著、岩波新書、1959.08.31
「太平洋戦争 上」ロバート・シャーロッド・中野五郎編、カッパブックス、1956.06.20
「太平洋戦争 下」ロバート・シャーロッド・中野五郎編、カッパブックス、1956.06.30
「もはや高地なし」ニーベル・ベイリー著、カッパブックス、1960.10.15
「大東亜戦争肯定論」林房雄著、番町書房、1965..
「続・大東亜戦争肯定論」林房雄著、番町書房、1965..
「秘録 東京裁判」清瀬一郎著、読売新聞社、1967..
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慶應義塾大学の元塾長、小泉信三が太平洋戦争で戦死した長男信吉について著した回想記。25歳での戦死である。
戦争のことよりは、赴任地との間で遣り取りされる手紙を中心に父と息子または家族の絆を綴ったもの。
父と息子が強い想いと絆で結ばれつつ、その中でも礼節が重んじられる。共に思いやりを持ちつつも親子間では適度な距離感を保っている。
父親にとっての理想の息子であり、息子にとっての理想の父親がこのような関係なのだろう。
もちろん、胸に迫るくる場面では涙なくして読み進めることはできない。
以下引用~
・若し彼が生きてこの戦闘から帰ったなら、彼はやはりこの戦闘をも、あまり壮烈凄惨なものとしては描かず、ただ日常の事件のような風に物語り、或いはその間に幾分戦友の、或いは彼自身の滑稽な場面をさえ見出して語ったであろうことこれである。
彼は決して沈勇な士ではない。ただ物事を大事らしく言わない、こういう趣味流儀の人間であった。前に掲げた彼の艦上通信も、第一線に立つ軍人としては少し呑気すぎ、旅行に出た学生の見聞記のようで、実はここに映し出すのも如何かと思ったくらいである。
勿論、彼とても幾分は力めて、父母に艦上生活の愉しい一面のみを語るという心遣いはあったかも知れない。・・・・
彼とても、軍人としての責務や死生の事を考えなかったという筈はない。ただ彼は言葉に出してそういうことを語るのに不精であった。これも人間の一つの型であろう。
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慶應義塾大学の学長である父小泉信三による、戦死した子、主計士官小泉信吉の記録。
子を愛した親の戦争。