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中学校のときに読んで衝撃を受けました・・。
今は新しい訳が出ているようですね。訳によって印象は全く変わってしまうから、そっちも気になっています。
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圧倒的なパワーをもった作品。登場人物はことごとく個性が強烈で、特にヒースクリフとキャサリン・アーンショーの2人に至っては異常といっていいほど。一度この破天荒な小説を手にしたら、もう最後までこの住人たちの巻き起こす事件に巻き込まれっぱなしになるだろう。
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嵐のような熱情と激情が支配する、そんな恋の物語。
ヒースクリフが『ゲーテ』のメフィストとかぶってならなかった……。
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うむ。読み応えあります、が、飽きずに読める。
なんだろ、うまく言えないけどすごい文章だよね。
なんか訳者によってだいぶ賛否あるようですが、とりあえずこのひとのを読みました。
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高校時代に当時つきあっていた恋人からもらったんだけど、登場人物のややこしさと内容の濃さに挫折。
読まなきゃな〜レベル①
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恋愛経験なしでここまで書ける妄想力、尋常でない。
それぞれの登場人物が持つ嫌悪感と、それを溜め込んだ末の狂気じみたもので、頭がおかしくなりそう。
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昔読んだ田中西二郎訳。鴻巣友季子訳でも読んでみたい。
そういえば英語好きになろうとしてこれの原文CDを買ったこともあった…(原題は”Wuthering Heights”)
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見ていて楽しいものでないのに、無くてはならない。自分が、ヒースクリフだと。キャサリンにそこまで言わせたものは何だったんだろう。読めば読むほど、満たされるどころか、どんどん無駄なく渇いていく。そこが、いい。
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NHK Jぶんがくで取り上げていたので手に取りました。
Jぶんがくで、主要な登場人物と主要な場面の説明があったので、なんとか読み進めることができました。
興味が沸かない題材だと感じた場合には、別の視点を掴むといいかもしれないことが分かりました。
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『嵐が丘』は、色々な人の訳で読もうとして、なかなか冒頭を突破できず、度々挫折した作品。
『ジェーン・エア』は好きなので、きっと『嵐が丘』も好みに違いないと見込んで、しつこく自分に読める訳を探し続けた結果、田中西二郎訳に辿りつくことに。
とにかく初めはロックウッドの存在が、「まどろっこしくて」仕方ない。本題になかなか入らないし、舞台は暗いし…ロックウッドって、必要?と思わざるを得なかった。ラストには物語の幕切れを見届ける人間として彼を受け入れられたけれど、物語の手法としては他にもやりようはあった気がする。
ロマンスなので、ロマンスらしい泥沼愛憎劇。『ジェーン・エア』とはやはり好一対になっているけれど、モームが『嵐が丘』を選んだというのが、さすがというか、笑える。『嵐が丘』の方が『ジェーン・エア』より救いがないというのが私の印象。痛々しい感じが堪らないといえば堪らない。
翻訳については、上手いとか下手とかよりも、相性な気がする。さすがに時代も時代なので、田中訳は古臭い。古臭いけれど、古臭いからこそかえって原作のニュアンスを表現できてよいのかもしれない。現代風のさらりとした訳では、冒頭がやたら長く感じられたから読み切れなかったのだと思う。
原作には悪い言葉遣いが入り乱れているうえ、英語に比べて日本語は罵詈雑言のバラエティが貧相だから、ところどころ違和感を感じずにはおられなかった。けれど、これを原作で読むことに比べたら、多少読みづらい訳でも日本語訳を読むほうが楽だと思う。
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名作なんでしょうが、
どこがいいのかさっぱり解りませんでした。
とにかく出てくる登場人物が全員嫌。
好感の持てる人物が一人でもいればもっと違ったかと思うのですが、
全員嫌だったもので読んでて不快感しかありませんでした。
ただ海外の作品は翻訳する方によって全く印象が変わってくるので、
違うものを読めばまた感想も変わってくるかもしれませんが、
とにかく今回は読んでて腹が立つやら辛いやら・・・。
ジェーンエアは面白かったんですけどね~。
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ふと思い浮かんで再読してみましたが、少々時期が悪かったか、通勤の合間に読む本ではそもそもなかったか、あまり良い印象を持てなかった。
それにやっぱり訳がなぁ、、、原作で読めばと一蹴されるだけだがいまいち。
例えば「茶碗」って訳しちゃだめでしょ、時代がそうさせているのかもしれないがやっぱりこういうところは作家でないから仕方ないのかも。
ただ一旦読み終わった後に幾つかの章を再読したら印象が違う部分がある、世界の古典の底力ってやつです。
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同じ新潮文庫から新訳もでているが,昔読んだ古い訳でもう一度読みたかったのでアマゾンのマーケットプレイスで購入。
かつて一度だけ読んだのは中学校2年生の時で,内容について憶えていることといったら,ヒースの花咲くイングランドの田舎の一軒家が舞台でヒースクリフという悪魔のような男が出てきたってことだけ。ただひたすらヒースクリフが恐ろしく,やたらと人が死に,暗く鬱々とした空気が物語を包み,しかし相対するようにイングランドの自然描写が魅力的だったということが印象に残っていて,その両方をもう一度味わいたいと長年思っていたが,この本に手を伸ばすには何だか覚悟が必要だった。気楽に読むわけにはいかないという感じで。ヒースクリフの毒気に耐えなければならないという気持ちで。
『嵐が丘』は究極の恋愛だなんて言われるが,私には悪魔の生まれ変わりたるキャサリン母とヒースクリフが周囲を不幸にする話にしか見えなかったりする。ヒースクリフの死に方は勿論異常だけれど,キャサリン母だって相当なものだ。「あたしはヒースクリフです!」とか,情熱的を通り越して気が狂っているし。二人の幽霊はきっといるに違いない。酷い育ち方をしたはずのヘアトンが好青年であることが,私にはただ一つの救いのように思われた。
とりあえず一度読み返して満足はしたものの,もう一度くらい別の訳で読んでみたい気がする。
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2014.10.22(水)〜上巻 P.22
「人間嫌い」
人は己の性向と似た他者に親しみを覚える「引力」に導かれる。特に己よりその質がはっきりしている者に対して理解を示したい傾向がある。田舎と人間嫌いはセットで考え得る世の真理なのだろうか。希望を持って都会に向かい、其処で人間関係に傷付いた者が、人間不信に陥り田舎に引っ込んで、失念の元で狂ったように復讐を誓い、新たに暮らしを再開する構図は、自然な定め、生命的法則のように思われる。
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ヨークシャーを旅する前にと読み始めましたが、旅行後に読了。最新の翻訳は評判がイマイチなので、敢えてこちらの版を選択。女流作家の描いた恋愛小説と思いきや、とっても激しい展開で引き込まれました。さわりの部分で出てくる子供の亡霊がキャサリン・アーンショウでなくキャサリン・リントンを名乗ったのが不思議だけれど、20年間も彷徨っていたんだから、お母さんの方だと納得しました。ヒースクリフではなくリントンと結婚したことを、ムーアで迷ったけど家に帰ったから中に入れて、だんなんて言っちゃうのが凄い。女は亡霊も怖い。