紙の本
他をもって代え難い味わいを持つリョサ版ハード・ボイルド
2011/10/30 11:43
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る
「若い男がイナゴマメの老木に吊るされ、同時に串刺しにされていた。」
書き出しからハードボイルドタッチである。主人公というか、探偵の助手でワトソン役をつとめる警官の名が、リトゥーマ。代表作の一つ『緑の家』にも登場するピウラ出身の若者なのだ。つまり、この作品は『緑の家』を本編とする「スピンオフ」にあたる。
リョサが、それまでの重厚なリアリズムの作風を変化させた時期に書かれた作品で、エンタテインメントに近づいたタッチで書かれている。砂漠の町や海岸線を舞台に、権力を振りかざす空軍大佐とその娘がからむ殺人事件を探偵役の警部補が解決するという筋立ては、チャンドラーの書くフィリップ・マーロウものを思い出させる。
ちがうのは、探偵役が一匹狼の私立探偵ではなく、二人の警官コンビになっていること。コナン・ドイルがホームズとワトソンというコンビを発明して以来、読者の目線で事件を見るワトソン役は、ミステリになくてはならない存在である。そのワトソン役にリトゥーマというのは、リョサの愛読者向けのサービスだろう。
しかも、このコンビなかなか相性がいい。片時もサングラスを放さないシルバ警部補は女にもてそうな風采なのに、太った年増の料理女にぞっこんで、亭主の留守に夜這いをかけたり水浴び姿をのぞいたりする好き者ときている。リトゥーマは、そんな警部補にあきれながらも、憎めないものを感じていて、どこに行くときもはなれない。けれども、女の趣味は別として、警部補の人間観察力はかなりのもので、権力をかさに威圧にかかる空軍大佐相手に一歩も退かない。このシルバ警部補の人物造型が魅力的だ。リトゥーマでなくとも好きになってしまう。
事件の謎はミステリファンならだいたい想像がつく設定になっている。それがつまらないという人には、この本はすすめられない。ミステリの一ジャンルに「捕物帖」という形式がある。形式はミステリながら、読者の楽しみは謎解きにはない。江戸の市井に住まう人々の人情や四季折々の風物をたっぷり味わうのがお目当てだ。この作品もペルー北端部のピウラやタラーラといった田舎町を背景に白人と混血、軍部の将校と兵隊、お偉方と庶民といった相容れない人種や階級間におこるひずみから生じる事件を題材に、警官コンビのユーモアに溢れた会話や村に一台しかないタクシーの運転手や料理女の亭主である老漁師などとのやりとりを楽しむのがほんとうだろう。
実際のところリョサの作品の中で、これほどシンプルな構成と主題を併せ持った作品はめずらしい。喜劇的なタッチで描かれるシルバ警部補とリトゥーマの醸し出すほのぼのとしたあたたかみと、事件の背後にあるものが垣間見せる冷え冷えとした人間関係の対比が鮮やかで、この作品の印象を陰影の濃いものにしている。
事件は解決されるのだが、その結末はほの苦いユーモアにまぶされながら一抹の哀感を漂わせて終わる。凸凹コンビのドタバタ劇が挿入される中間部は別としても、発端と終末は、紛れもないハード・ボイルドタッチに仕上げられている。ノーベル賞作家の手すさびと見る見方もあるだろうが、この味わいはちょっと他にかえがたい。二人のコンビものの続編を読みたいと思うのは評者一人だろうか。
投稿元:
レビューを見る
『緑の家』の登場人物、リトゥーマを再登場させて展開する、推理小説。
平凡、というのが第一印象。
ミステリーとしての筋立てもあまり驚くべきところがないし、優秀な上官と見習い警官という組み合わせも使い古されたもの。むしろ、リトゥーマを平平凡凡たる一見習い警官に配役しているのが、『緑の家』を読んだ時とだいぶ印象が違い違和感が甚だしかった。『緑の家』に登場した彼なら、未熟なりに活躍できたろうと思われる勢いがなかったのは残念。
結局解説でも、エンターテインメントとしての側面を取り上げるより、リョサの作品の共通する社会諷刺、二項対立といった特徴を取り上げていることからも、エンタメ小説としての質は知れている。
そして、「リョサらしい」小説が読みたければ、他にいくらでもいい小説がある。
『パンタレオン大尉と女たち』が面白かったので、彼がエンターテイメント作品全般を苦手にしているわけではないはずなので、『フリアとシナリオライター』には期待。
投稿元:
レビューを見る
ノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス・リョサの推理小説。南米の作家の小説は始めて読んだが、全項で200Pたらずで読みやすかった。
推理という点では登場人物も少なくストーリーが平板だが、白人と混血というペルー(あるい南米)の社会背景が物語の根底にあり、ラテナメリカ好きには面白い内容だった。
(リョサ自身は白人だと思われる)
原書は1986年に出版されているが、著者は4年後の1990年にペルー大統領戦に出馬し、フジモリ大統領と争っている。
投稿元:
レビューを見る
警官のリトゥーマは惨殺された若者の死体を見つける。彼はパロミノ・モレーロ、歌とギターはプロ並み。秘密の恋人に歌を捧げるために軍隊に入隊したらしい。リトゥーマと先輩のシルバ警部補は捜査を続ける。シルバ警部補は金髪の白人でいい男。それなのに町のおデブの料理屋のおかみさんにいかれてる。
捜査では軍隊は非協力的。混血の一兵卒が軍隊エリートの家の娘と恋をするなどあるはずがない。人種や階級による差別が圧倒的に立ちはだかる中、二人はほぼ個人的執念で捜査を続け、関係者達の証言を通して事件の顛末を掴む。
しかし町の人たちからは「きっともっと大きな陰謀を隠しているに違いない」と信じてもらえない。そして軍隊の内部機密に関わったため二人も地方へ左遷される。「なんてぇこったい」
===
題名に「誰が殺したか」となっているが、誰が、なぜ、というのはあっさり分かる。テーマはペルーの中に当たり前にある階級や血による差別、軍隊への批判。またリトゥーマというのはバルガス・リョサ作品ではよく出てくるキャラクターなので、彼を通して一人の人間の心身遍歴を書いているような作品。ここでのシルバとリトゥーマが実にいいコンビなのでこれきりなのが残念。
投稿元:
レビューを見る
推理小説で、シンプルな展開なのですが、結構ぐいぐいと引っ張ってくれる空気が流れているので、気になって読み続けてしまう。
何となく犯人は分かっているんですが、最後のオチが「やはりそういうものなのかー」と南米文学らしい結末でした。
今までにない雰囲気の文学なので、やみつきになりそうです。
次は「都会と犬ども」を。
投稿元:
レビューを見る
「若い男がイナゴマメの老木に吊るされ、同時に串刺しにされていた。」
書き出しからハードボイルドタッチである。主人公というか、探偵の助手でワトソン役をつとめる警官の名が、リトゥーマ。代表作の一つ『緑の家』にも登場するピウラ出身の若者なのだ。つまり、この作品は『緑の家』を本編とする「スピンオフ」にあたる。
リョサが、それまでの重厚なリアリズムの作風を変化させた時期に書かれた作品で、エンタテインメントに近づいたタッチで書かれている。砂漠の町や海岸線を舞台に、権力を振りかざす空軍大佐とその娘がからむ殺人事件を探偵役の警部補が解決するという筋立ては、チャンドラーの書くフィリップ・マーロウものを思い出させる。
ちがうのは、探偵役が一匹狼の私立探偵ではなく、二人の警官コンビになっていること。コナン・ドイルがホームズとワトソンというコンビを発明して以来、読者の目線で事件を見るワトソン役は、ミステリになくてはならない存在である。そのワトソン役にリトゥーマというのは、リョサの愛読者向けのサービスだろう。
しかも、このコンビなかなか相性がいい。片時もサングラスを放さないシルバ警部補は女にもてそうな風采なのに、太った年増の料理女にぞっこんで、亭主の留守に夜這いをかけたり水浴び姿をのぞいたりする好き者ときている。リトゥーマは、そんな警部補にあきれながらも、憎めないものを感じていて、どこに行くときもはなれない。けれども、女の趣味は別として、警部補の人間観察力はかなりのもので、権力をかさに威圧にかかる空軍大佐相手に一歩も退かない。このシルバ警部補の人物造型が魅力的だ。リトゥーマでなくとも好きになってしまう。
事件の謎はミステリファンならだいたい想像がつく設定になっている。それがつまらないという人には、この本はすすめられない。ミステリの一ジャンルに「捕物帖」という形式がある。形式はミステリながら、読者の楽しみは謎解きにはない。江戸の市井に住まう人々の人情や四季折々の風物をたっぷり味わうのがお目当てだ。この作品もペルー北端部のピウラやタラーラといった田舎町を背景に白人と混血、軍部の将校と兵隊、お偉方と庶民といった相容れない人種や階級間におこるひずみから生じる事件を題材に、警官コンビのユーモアに溢れた会話や村に一台しかないタクシーの運転手や料理女の亭主である老漁師などとのやりとりを楽しむのがほんとうだろう。
実際のところリョサの作品の中で、これほどシンプルな構成と主題を併せ持った作品はめずらしい。喜劇的なタッチで描かれるシルバ警部補とリトゥーマの醸し出すほのぼのとしたあたたかみと、事件の背後にあるものが垣間見せる冷え冷えとした人間関係の対比が鮮やかで、この作品の印象を陰影の濃いものにしている。
事件は解決されるのだが、その結末はほの苦いユーモアにまぶされながら一抹の哀感を漂わせて終わる。凸凹コンビのドタバタ劇が挿入される中間部は別としても、発端と終末は、紛れもないハード・ボイルドタッチに仕上げられている。ノーベル賞作家の手すさびと見る見方もあるだろうが、この味わいはちょ���と他にかえがたい。二人のコンビものの続編を読みたいと思うのは評者一人だろうか。
投稿元:
レビューを見る
FMシアター のこれを聞いて図書館から借りてきました。
面白い!に尽きる。
もっと読まれるべき!と思いましたが、単行本だし価格も高いせいか
知名度も低く絶版になってます。
著者の本を現在出してる岩波とかでなく、新潮社とかの親しみやすい文庫にしたら手ごろな厚み、値段になってくれそうな気がします。
投稿元:
レビューを見る
ノーベル賞作家バルガス・リョサの推理小説。ミステリーとしては可もなく不可もなくの出来映え。
陰謀論を語る町の人々の他愛なさと、事件の真相の下世話さ、メインストーリーの脇で語られる警部補の恋の脱力的な結末。これらが描くペルー社会の、何でもない等身大の姿が、何ゆえか愛らしく思えるのは、作家の力によるのだろう。
投稿元:
レビューを見る
2013.3記。
バルガス・リョサの推理小説仕立ての中編。石ころだらけの原野で磔にされた惨殺体。被害者の空軍志願兵パロミノ・モレーロの足跡を追う若き警官リトゥーマと老練な上司シルバ警部補。
軍の厚い壁、そしてペルーの貧しい村落の閉鎖性に阻まれながら、徐々に事件の真相に迫っていく。
ペルーの白人社会と混血を中心とした地場の共同体との間には埋めがたい断絶があり、さらにその上には経済を支配する米国人と現地白人との断絶がある。近代国家の機能としての警察は、そのいずれからも受け入れられていない。推理小説だからはっきり書くわけにはいかないが、結末部分で真犯人判明のカタルシスを味わったと思いきや、最後の最後で結局より深いペルー社会の抱える闇に向き合わされるという、何ともやるせない読後感。
物語は比較的シンプルに進行していく。「チボの狂宴」「世界終末戦争」のような長大さはなく、今回は少しもの足りないかも、と読み始めたがやはり圧倒的に引っ張り込まれた。ところどころのギャグも相当笑える。断りなく場面が切り替わる手法はお約束だが、エンターテインメントに徹していて読みにくくはない。やっぱり面白い。
投稿元:
レビューを見る
初リョサ。ミステリー仕立てだが純文学風でもあり、風刺的でもある。なかなか読ませる作品。「緑の家」位は読んでおかないといけないか。
この「ラテンアメリカ文学選集」、揃えたいけど薄い割に値段が高い。