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著者の少年時代から結婚後の生活に至るまでの半生におけるいくつかのエピソードを描いた短編小説集です。「あとがき」には、「本書は私小説系統に近いものが集められている」と書かれていますが、「解説」で池上冬樹が述べているように、いわゆる日本の伝統的な私小説とはまったく違う趣の作品で、むしろエッセイに近い感覚で読むことができるように感じられました。
「猫殺し」「トロッコ海岸」「デカメロン」は、少年時代の思い出を振り返って書かれた作品です。「ほこりまみれ」と「ポウの首」は、新しい世界に目を開き始めた中学生の頃のエピソードが、どこか温かい筆致で描かれています。
「蛇の夢」は、夢から着想を得るものの、まとまった作品の形を取るには至らなかったケースが語られており、著者の創作現場の一端を垣間見たような気持ちになります。「椿の花が咲いていた。」は、観光案内地図を売る仕事をしていたときのことが、「映写会」は大学時代の同窓生に頼まれて子ども向けの映画の上映会を著者が執りおこなう話で、記憶をたどるようにして紡がれていくた文章に懐かしさを感じました。