紙の本
クリスマスから十二夜の宴
2022/09/30 10:03
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投稿者:令和4年・寅年 - この投稿者のレビュー一覧を見る
クリスマスから十二夜。船。イタリアひいきのエリザベス女王に献上された芝居とも伝わる。男女のロマンスと漢の決闘が喜劇に。仰々しい大陸のオペラから歴史と神話性を取り除いた人間ドラマの誕生なのでは。
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おもしろいです。
ころっと恋に落ちたりする不合理さがリアルであり、理由は要らないという感じはとても現実的。そして恋を成就させる偶然の出来事をなんの疑いも無く素直に肯定する。このあたりもリアル。そして、笑いあり。最高。
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図書館で借りて読了。
難破船から生き残ったヴァイオラは男装してシザーリオと名乗ってその土地の公爵に仕える。ヴァイオラは公爵に恋をするが、公爵は伯爵令嬢に恋している。その公爵の使いで現れたシザーリオに伯爵令嬢は一目惚れし、更には海で溺れて死んでしまったはずのヴァイオラの双子の兄が…。
という全員片思い状態。
サー・アンドルーがかわいかった。訳の幼い口調の影響も多分にあるのだろうけど、…それを言うと当時の風俗や社会情勢を知らないとわからない言葉遊びもたくさんあるのだろうから、やっぱり原典を読めたら一番楽しいのだろうなぁと思う。
恋に苦しむ者と引っ掻き回す者、軽やかでウィットにとんだ言い回しとテンポの良さに思わずクスッと笑ってしまう台詞の応酬もあって、400年近く経っても読み継がれているのにも納得。ヘイ、ホウ。
道化〈フェステ〉に拍手を。
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舞台を見たあとで読んだ。双子の喜劇。クスッと笑えてハッピーエンド。道化が良い味だしてて面白い。歌舞伎版もみたかったなあ
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私のようなものには瑕疵など見つけられません、わかりません。挿入の詩の流れは些かぎこちないけれど、伝うべきを伝う、と感じられる。これ(この戯曲)は如何にして上演可能か、という点を追求している、という意味でも、2010年秋現在、角川文庫とちくま文庫、いずれに……迷うところ。どちらもいいのです。ほんとうに。で、それで、シェイクスピアって……?そういう問いの浮かんだ方は、能う限り古い翻訳、なんかも探してみてください。言葉が古すぎて馴染めなかったら、きっとシェイクスピアひいじぃちゃんのころの英語も、今のよりずいぶんと古くさかったんだろうな、と思ってください。日本のお能とか歌舞伎とか文楽とか、それに似た時代の、似たような「劇」だったんだから。それらよりは、よっぽど「現代的」な言葉だから。
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シェイクスピアは翻訳がたくさんでてますが、個人的には松岡和子さんのか一番読みやすいです。
十二夜。
屋敷の主人に片思いする女の子(主人公)は、少しでも主人の傍に行きたかった。なので、とりあえず男装して小姓として遣えてみることにした!
彼女の想いは届くのか。
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恋愛喜劇。
テンポも良いし、オチも面白い。
読んだシェイクスピアの中では一番好きな作品。
松岡和子さん訳のものしか読んだことないので、読みやすさの比較は出来ないけど。
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たのしい話だが、ごちゃごちゃしている。舞台がみたいと思う。ヴァイオラがオシーノに惚れる理由がわからない。
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気になっていたシェイクスピアの作品。
船で難破し、双子の兄とはぐれた妹ヴァイオラは、船長の助けを借りて男装し、シザーリオと名を変えて、領主オーシーノ公爵のそばに仕える。
公爵に淡い想いを寄せる妹、ところが公爵は伯爵令嬢オリヴィアに一目惚れ。あげくのはてに、公爵はオリヴィアに求婚を申し込みたいと、妹を使いに出す始末。
そこに、遅れて辿り着いたのは、死んだと思われていた双子の兄セバスチャン。
ところが、兄の命を救った恩人、アントーニオは、領主の公爵と昔もめていた様子で…!?
オリヴィアの叔父トービー、侍女のマライア、求婚者のアンドルー、召使のフェイビアンは結託して、真面目な執事マルヴォーリオをこらしめようと騒動を起こし……。
片想いの連鎖と、勘違いが重なって、事態はしっちゃかめっちゃかに!?
最終的には、3組のカップルが誕生し、めでたしめでたし、という形で終わりますが……はたして、これで良かったのかなあ。
なーんか、忘れているような……。(特に、船長と元船長とか。。。)
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シェイクスピア全集 (6) 十二夜
(和書)2009年04月14日 16:41
1998 筑摩書房 W. シェイクスピア, William Shakcpeare, 松岡 和子
「十二夜」を初めて読みました。最後のまとめ方が急で一回読んだだけでは理解できなかった。なのでその部分だけもう一回読み直しました。他の翻訳と読み比べてみたいなって思う。シェイクスピアは原文が読める人は良いけど翻訳で読む場合、読み比べるのがなかなか楽しみの一つなのです。
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十二夜ということばの意味は解説を読んで初めて分かった。クリスマスから12日目の夜。だから1月6日の夜になる。クリスマスから続く一連のお祝い事の最後の夜ということになるそうだ。しかし、このお芝居の中に、そんな話は読みとれなかった。私は本作品を悲劇か喜劇かどちらかというそんな基本的な事実も知らずに読み始めた。もっとも、悲劇でも喜劇でも下ネタは出てくるし、ドタバタはつきものだし、まあどっちでもいいかという感じだ。双子がすれ違うことでドタバタになるのは「間違いの喜劇」でも読んだ。これを舞台でどう扱うのかが興味深い。大地真央が1人2役でやるというのは適役なような気がするが、2人を別人が演じるとどうなるのか。ヴァイオラ 伊藤蘭 これもいい。でも、ここにセバスチャンの名がない。これはどういうことなのか。もともとセバスチャンに配役の略号が与えられていないのも不思議。それにしても、観客はこれを観てどう理解するのか。まあ予習が必要なんだろうな。でも、シェイクスピアの時代、予習もせずに観てどう感じるのか。僕はと言えば、本書を読みながらどうしても吉本新喜劇に思えてならなかった。シェイクスピアに失礼なのかどうかわからないけれど、もう、バレバレだけれど、観客もそれをわかった上で受け入れている。それを楽しんでいる。そんなふうに感じた。脚注を確認しながら読み進めると、誰に対して発せられたセリフかもはっきりしない場面もあるようだ。その解釈の仕方で、ずいぶん受け取り方も変わってくるのだろう。まあ、そういう細かい話は抜きにして、自分なりの受け取り方で楽しめばいいのだろうなあ。それにしても、この作品の登場人物はほんの一瞬で恋に落ちるのだなあ。僕なんかにはちょっと想像がつかない。最も印象深いセリフは「犬をやるからお礼に犬を返してくれ」というもの。こういうのを教養というのかどうかわからないが、いろんな知識があるとより楽しめるのだろうなあと思う。そして、道化の存在。これがどうも大きいような気がする。昔のお屋敷にはこういう人物が1人はいたのだろうか。それを、誰が演じるか。吉田鋼太郎は他の役も演じているが、道化ではないな。笹野高史とか生瀬勝久あたりはいいなあ。最初に坂田利夫か、と思ったら光夫だった。1954年だものなあ。まあ、知っている役者が少ないというのもあるけれど。こうやって誰が演じているのかを見るのもまあまあ楽しい。
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ヴァイオラ(シザーリオ)大好き!
公爵の「ひとつの顔、ひとつの声、ひとつの服、だが別々の二人!」はやっぱり名台詞だなぁ。
お祭り騒ぎから正気に帰っていく感じが
バシッと決まっててかっこいい場面。
双子とはいえヴァイオラがセバスチャンとそっくりという設定が
最初は中々イメージできなかった。
しかし、ヴァイオラを「男装に違和感のない年長の少年女形」が演じていたと知って納得。
マルヴォーリオも
演じがいのありそうな美味しい役。
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シェイクスピア喜劇の最高峰。すれ違う恋のベクトルに悶絶する珠玉のラブストーリー。+ドタバタコメディ?
『間違いの喜劇』のような人違いによるトラブルと、男装した女性に恋をしてしまう誤りが交錯し、入り組んだ恋愛感情が緊迫感を生んでいる。特に主人公ともいえるオリヴィアのつらい心情には観客は同情をおぼえるだろう。状況が複雑な上にトラブルも重なり、やきもきする展開が物語を盛り上げる。それだけに、からまった糸がすべてほどけるラストの解放感、カタルシスは大きく、喜劇の醍醐味を存分に味わえた。
オリヴィアの叔父トービーと求婚者アンドルー、侍女マライアによる執事マルヴォーリオへのいたずら。このサブストーリーによる笑い?が本作の雰囲気に独特の彩りを添えている。
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言葉遊びが面白かった。単語の意味をすり替えて返す。このことが注訳に書いていたので、納得して、楽しめた。コメディとしてすごく面白いのに、あとがきであったように祭りの後の寂寥感も含んでいて、印象的な作品になった。
おどけながらどこか物悲しいことを言うフェステのキャラクターが好きになった。
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「難破船から生き残ったヴァイオラは身を守るため男装して公爵に仕える。公爵の恋の使いで伯爵令嬢を訪れれば、何と彼女は男装のヴァイオラに一目惚れ。ヴァイオラは公爵が好きなのに…。この全員片思い状態、どうなる?十二夜。それはどんな馬鹿騒ぎも許されるお祭り騒ぎの日。こんがらがった恋の糸は、お手本のような、そしてどこか苦いハッピーエンドへ。」