紙の本
歴史の語り部の裏話。
2010/05/06 09:29
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る
吉村昭の歴史小説が好きになったのは『戦艦武蔵』を読んでからだった。司馬遼太郎のような言葉の装飾は無いけれども、ひとつの事実を丁寧に拾っていった結果が文章となっており、既刊のものを争うようにして読み倒していった。
そして、その合間、合間に短編小説、エッセイの類にも手を伸ばしていった。そのエッセイの中にも時折、資料を求めた旅先での偶然などを綴ったものを読んでいたので氏の作品の裏側を知ってはいた。しかしながら、本書はその資料探しに加えて、小説の書き出しについての考え、疑問、失敗が述べられている。これは歴史小説を書く方のみならず、評論や歴史研究の方の参考になるのではと思う箇所が多い。
確たる何があるのか分からないが、歴史的な事件の場所を訪ねて歩いてみる。関連のある場所の空気を吸ってみるという重要性を示している一冊と思う。
氏の『海の祭礼』という作品は幕末の日本人がどのようにして英語を学んだかにおいてマクドナルドというアメリカ人が居たことを描いたものである。この作品にはオランダ通詞から幕臣になった森山栄之助という人物が登場するが、この人物について地元長崎の郷土史家が新たな事実を発表されている。大学の研究者も顔負けの長崎訪問を繰り返して資料を調べられた吉村氏でさえ、取りこぼしがあることに歴史小説を書き上げる難しさを思い知らされた。
氏のエッセイなどを通してだけだが、歴史的な事実を提供される方、特にプライバシーに配慮されているところに好感を覚える。こういった姿勢が多くの吉村ファンを惹きつけてやまないのではと思うが、亡国の病とまでいわれた結核に打ち勝った氏のプライドがそうさせるのかもしれない。
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歴史小説家、吉村昭の小説構成の旅。
史実に忠実であることの大儀さをひしひしと感じることができます。
違う角度で歴史小説が読めるようになる。
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[ 内容 ]
「戦艦武蔵」「深海の使者」などの戦史小説、「長英逃亡」「桜田門外ノ変」「天狗争乱」「生麦事件」など幕末に材をとった歴史小説を精力的に発表してきた著者は、その綿密な取材と細部へのこだわりでも知られる。
作家はどのようにして素材と出会うのか、執筆にあたってはどのように調査を進め、いかにして歴史の“真実”に肉薄するのか―作家の史実への姿勢を、失敗も含めて率直につづった、とっておきの「取材ノート」。
[ 目次 ]
「破獄」の史実調査
高野長英の逃亡
日本最初の英語教師
「桜田門外ノ変」余話
ロシア皇太子と刺青
生麦事件の調査
原稿用紙を焼く
創作雑話
読者からの手紙
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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好きな作家だが、舞台裏の話しを聞いても、「ん〜大変なのね」が、正直な感想。
ただ、このこだわりの姿勢が、吉村氏の作品に圧倒的なリアルさと面白さを生み出している源泉になっているのだろう。
沢山の作品のある作家なので、私の読書ライフに、まだまだ多くの楽しみを与えてくれる。
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歴史小説を多く書いている吉村氏が史実を訪ね、イメージを膨らませて、小説に書いていく様子が生き生きとつたわってきます。昨年「生麦事件」を読んで、薩摩藩を中心に長州藩も含め、倒幕、そして開国に傾いていく歴史を分かりやすく書いている内容に感動したもので、それについて触れていることから興味を持ちました。
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著者の『関東大震災』を読んで、再読。(6/6了)
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妹1号がいつも使ってる図書館は、私も小学生の頃に通っていたところだ(といっても、私がかつて通った建物はなくなって、今は新しい駅ビル内にある)。いまは住民ではないけど、隣の市どうし相互利用のカードで「書架にある本」は借りられる(予約はできない)。こないだ妹の最寄り駅まで出たときに、いっしょに新しい図書館へも入ってみた。
あとの移動のお供になにか読むものを…と、文庫の棚と新書の棚をじーーっと見てまわって、吉村昭の『史実を歩く』と、『私の好きな悪い癖』の2冊を借りてみた。
この人の本はこれまで読んだことがないと思うが、東日本大震災後に、吉村の『三陸海岸大津波』や『関東大震災』がずいぶん読まれたらしいというので、興味をもっていた。
戦史小説や歴史小説を多く書いている著者は、「綿密な取材」と「細部へのこだわり」で知られる人だという。この本は、どうやって小説の素材と出会い、書いていくためにどのように調査をして"真実"に迫るかを、失敗談も含め書いたもの。いわば作品の舞台裏である。
この本の「「桜田門外ノ変」余話」のところで、著者の驚きとして「事件から明治維新までわずかに八年」(p.76)であることが書かれている。史実調べを始めるまで「漠然と二十年近くはあるような気がしていた」(p.76)のは、桜田門外の変から明治維新までの間に歴史上重要な出来事が続発しているからだ、という。
著者が、自分の印象の変化を語ったこの箇所とともに、私がへえぇと思ったのは、「当時、水戸藩からおこった尊王攘夷論が全国に浸透した」(p.75)というが、そもそもなぜ水戸藩でそのような攘夷論がわきおこったかというと「水戸藩領の海岸線」(p.167)が根底にあるというところだった。
▼当時、世界的に捕鯨業が最高潮に達していて、鯨の群れる日本近海には各国の捕鯨船が集り、ことにアメリカの捕鯨船がハワイを基地にして殺到していた。
水戸藩領(茨城県)に面した海の沖には、アメリカの捕鯨船が二百艘も操業していると言われ、船員の上陸騒ぎも起きていた。沖に出た藩領の漁師が捕鯨船と接触して、それに乗って仕事を手伝ったり、物品を謝礼として受け取ったりもしていた。
それを知った会沢ら[*水戸藩の学者・会沢正志斎、藤田東湖]は深く憂慮し、さらに藩領の海岸線の状態に激しい危機感をいだいた。海岸線はゆるやかな線をえがいていて平坦で、外国の兵力が上陸するのに適している。
しかも藩領から江戸は近く、その海岸線に上陸した外国の軍勢が江戸に進軍して占領すれば、容易に日本を支配下におさめることができる。
そのような事態になることを危惧した会沢らは、尊王攘夷論を唱えて有志たちに鋭く警告し、それは水戸の者だけではなく諸藩の人々に大きな刺戟をあたえ、またたく間に全国に浸透していったのだ。(p.167)
尊王攘夷論という思想の成り立ちを先入見にとらわれることなく考え直してみて、著者は、会沢らが「海を強く意識していた」ことに気づく。それまで、尊王攘夷論という思想を頭だけで理解しているにすぎないままで書いた原稿は何の意味もないと、著者は252枚の原稿用紙を燃やした。「海岸線」に発するこの社会思想を具体的に理解し、確実に手につかんだうえで、著者はあらためて筆を起こすのである。
思い込みにふりまわされず、資料の誤りをも見ぬいて、そうしてたどりついた真実を書くというのは、こういうことなんやなーと思った。歴史にどう向き合うか、という点でも、著者の姿勢は、時代がかわっても揺らぐことはないだろうと思う。
過去に四度脱獄した経験のあるSについて小説を書いた際のエピソードのなかで、かつてSを担当したことのある刑務官に話を伺いたいと、その上司をつうじて依頼した際、「あなたは、来月定年を迎えて退官しますが…」「勤務中はお話しすることもできないでしょうが、退官後、この方にSのことを話すようにして下さい」(p.36)と言う上司に対し、その刑務官の方が言われた言葉も、ぐっと心に残った。
▼「お言葉を返すようですが、私は刑務官を拝命して以来、所内のことについては家内にも一切話をしておりません。退官後もそれを通すつもりでおります」(p.36)
こういう取材をして書かれた作品のほうもぜひ読んでみたいと思った。
(5/24了)
*私が借りて読んだのは、もう16年前の文春新書だが、6年前に文春文庫になったらしい。
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映画「桜田門外ノ変」をみて関連図書を読みたくなり読んでみた。9つのエピソードが載っている。小説を書く時の史料調べ、読者からの手紙など氏はこんなに史料を集め現地に赴き、そして構想を立て書いているのがわかりとてもおもしろかった。またその中から氏の温かい人柄も感じることができる。
「桜田門外ノ変」余話では、東大史料編纂所の吉田常吉氏を訪ね教えを請い、氏のすすめもあり主人公を水戸脱藩士、関鉄之助としたとある。また小説では歴史書と違い、斬った後どう逃げたか、雪はいつやんだのか、などを書く必要があるので、その裏付け史料を探し出した経緯がとても興味深く載っている。
「原稿用紙を焼く」では、氏は歴史小説を連載する時はかなり早くから準備をするが、「桜田門外ノ変」を昭和63年に新聞連載する時、冒頭を何の場面にするか、また尊王攘夷論について曖昧な認識しかもっていなかったことに気づき、2回も原稿を焼き、書き直したことが書かれていた。
1998.10刊(「カピタン」連載:史実を歩く1997.7-1998.4月号 に書き下ろし「生麦事件の調査」を加えたもの)
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高野長英、生麦事件、ニコライ二世、桜田門外の変等を、小説に書いた、著者ならではのお話が一杯。事実を掘り起こすには、少なくとも、複数の人の証言、日記等に当たることが必要、更に、各現場を丹念に歩くことも。人の記憶は年月とともに変わる、という当たり前の事にも、気付かされる1冊であります。
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吉村昭が苦手である。読み終えた作品は『破獄』一冊のみ。たぶん5~6冊ほど手に取ったが数十ページも読むことができなかった。私にとっては相性の悪い作家だが冒頭の“「破獄」の史実調査”で引き込まれた。淡々と綴られた文章が鈍い銀色を放っていた。人と人との不思議な邂逅(かいこう)をモノクロ写真のように描いている。敢えて色彩を落とすところにこの人の味がある。
https://sessendo.blogspot.com/2020/07/blog-post_29.html
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ずいぶん前に読んだ本を再読。
ロシアの皇太子が日本に来た際、刺青をした話をどこかで読んだなと、うっすら記憶していたが、それはこの本で吉村昭が語っていたことだった。
それ以外にも、興味深い話がたくさん載っている。それらは取材の余話なので、読んでいるうちに、吉村昭が書いた本編を読みたくなってくる。