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紙の本
甘く苦い過去。甘く苦い未来。
2003/06/10 04:53
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:奈伊里 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと」という短編がある。
タイトルが示すように、デニー・ブラウン(十五歳)が知らなかったことを知っていくお話だ。といっても、知っていくのは、深遠なことでもなんでもない。
昨日は知らなかった数学の公式を、今日は知っている、今日習ったから。その程度のこと。昨日は知らなかった彼女のことを、今日は知っている、今日はじめて彼女が話しかけてきたから。その程度のこと。
でも、「その程度のこと」の積み重ねが、たくさんのたくさんの、喜怒哀楽をつれてくる。「その程度のこと」の積み重ねが青春だったって、極言しちゃってもいいくらいだ。
そして、「その程度のこと」が毎日毎日訪れたあの頃のことを、懐かしく思い出す時期が、誰にもやってくる。
デニー・ブラウン(十五歳)が、知らなかったことを知っていく小さな物語につきあうことは、見知らぬ自分や見知らぬ世界と懸命に対峙しようともがいていた自分を、思い出すことでもある。ああ、こうして書いているだけで、デニー・ブラウン(十五歳)の知っていくことを思い出して、わたしは甘酸っぱい郷愁に満たされてしまう。
++++++
「最高の妻」という短編がある。
こちらの主人公は、七十歳に手が届かんとするローズおばあさん。心臓発作で夫を失い、一人で暮らしている。
ローズは幼稚園の運転手という職を得る。
ガソリンスタンドの前であの子を乗せて、次の角であの子を乗せて、と、もうすっかり手順は決まっている。でも、その朝は、いつものところにいつもの子たちが待ってはいなかった。代わりに待っていて、乗り込んできたのは、たくさんの老人男性たち。実はこの人たち、みんなかつてローズと関係を結んだ男たちだった。
ローズは今でこそおばあさんだが、昔は十六歳で妊娠五ヶ月のとき、南テキサス美人コンテストで優勝するような(!)、ピンナップガール顔負けのナイスガールだった。
乗り込んできた老紳士たちは、小さな座席に座って、それぞれ「ああ、あのときローズを孕ませたのはあんただったのか!」ってな具合に自己紹介なんかを始める。ローズは運転しながら、「その時その時いちばん好きだった男たち」が賑やかに話すのを幸せな心持ちで聞いている。
そして、最後に乗ってきたのは…… そして、彼らを乗せたローズが見たものは……
もうこれは、わたしにとって夢の物語だ。
誰かを愛して、誰かに愛されて、その繰り返し。そこにはもちろん痛みや悔いがつきまとう。でも、最後には「いいじゃないの、愛したし、愛されたし、素敵なことじゃないの!」と、すべてが祝福される。祝福できる。
こんなお話、めったに出会えない。
++++++
この短編集には、こういう甘くて苦い過去、甘くて苦い未来が詰まっている。作者が世界に人間に向ける視線は、いずれにしろ、愛情に満ちている。
紙の本
こうして偉くなったとか、こうして没落したという話ではなく平凡な人たちの話なのに引き釣りこまれる
2019/10/22 22:03
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
エリザベス・ギルバートの処女短篇集、12の作品が掲載されている。ワイオミングの牧場で働くカウガール(巡礼者たち)、pickupトラックが故障して立ち往生する若者二人と出会うロイ(東へ向かうアリス)、鳩撃ちが下手なガスハウス・ジョンソン(撃たれた鳥)、酒場を経営するエレン(トール・フォークス)、貴族みたいなしゃべり方をするマージ(あのバカな子たちを捕まえろ)、深刻な腰痛に悩む青果市場で働くモラン(ブロンクス青果市場にて)、血の気が多く人を殺したことがあるホフマン(華麗なる奇術師)、登場する男も女も派手に活躍しない、というか平凡な人たちだけど愛すべき人たちだ。こうして偉くなったとか、こうして没落したという話ではなく平凡な人たちの話なのに引き釣りこまれる
紙の本
作品ごとに「好き嫌い」が分かれるかもしれない作品群
2000/10/23 19:32
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:FAT - この投稿者のレビュー一覧を見る
短編集の評価というのは、難しい。必ずしも、その一冊に載っている作品全部が好みに合うとは限らないからだ。本書にも、12の短編が載っている訳であるが、僕にフィットしたのは「東へ向かうアリス」「着地」「デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと」の3作品だ。この3作品に共通するのは、本当にストーリー中で、本当に大それたことが起きないところ。他の作品でも、大した事件が起きる訳ではないのだけれども、この3つが特に淡々としている気がする。この作者、あまり起伏のあるストーリーを描くのは上手くないのではないだろうか。
そういう視点からすると、どうしてもレイモンド・カーヴァーとの比較をしてみたくなる。端的に言うと、カーヴァーの作品の登場人物には、リアリティーは十分にあるものの、顔がない。いわば「市井の人」として記号化されている。一方、ギルバートの作品は、カーヴァーに比較すると「生々しい」のである。ギルバートの作品の登場人物には、顔があり、臭いがある。もう少し辛辣な言い方をすると、人物造型の部分で少し饒舌な処があり、かつ、その描き込みの度合いに「ムラ」があるようだ。
僕は、こと短編については、昔から星新一などのショート・ショートに馴れていたこともあり、プロットの面白さに惹かれるところがあり、だから、ギルバートよりもカーヴァーの方に魅力を感じるのかも知れない。人それぞれ短編小説に求めるものというのは、当然違うだろう。しかし、本作品群のように、人物造型の描き込みの度合いに揺れがある場合、結構、すっと入ってくる作品とそうでない作品が分かれるのではないだろうか。