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ムージル日記 みんなのレビュー
- ローベルト・ムージル (著), 円子 修平 (訳)
- 税込価格:30,800円(280pt)
- 出版社:法政大学出版局
- 発売日:2001/01/01
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紙の本
二十世紀まるごとの巨大な記録
2001/03/09 18:15
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投稿者:海野弘 - この投稿者のレビュー一覧を見る
カフカと並ぶ二十世紀ドイツ文学の巨匠といわれるムージルの十九歳から六十一歳(死の前年)までの日記である。といっても私生活を記したものではなく、彼の思索、創作ノートのようなものだ。一八九九年から一九四一年までである。
それにしてもあきれるほど広範囲の知識欲におどろかされる。ムージルは二十世紀をまるごとのみこもうとしていたかのようだ。
ムージルは一八八〇年に生れ、工学を学んだ。シュトウットガルト工科大学助手となったが、そこをやめてベルリン大学で哲学博士号をとった。一九一一年にマルタと結婚した。第一次大戦ではイタリア戦線で戦った。
処女作は『生徒テルレスの混乱』(一九〇六)で、好評であった。第一次大戦後、ベルリンとウィーンで文筆活動を行なった。一九三〇年、代表作である『特性のない男』第一巻を発表した。一九三三年に第二巻の前半が出されている。
一九三八年には、ナチス・ドイツのオーストリア併合に際してスイスに亡命し、一九四二年に没している。亡命生活は貧しく、困難であったが、この日記ではほとんどそのことをこぼしていない。
科学、文学、芸術などあらゆる分野にわたって、ムージルは世界の知を求める。この宇宙、この時代のすべてをとらえたい、と望んでいるかのようだ。その壮大な知のパノラマ、それを探求する旅に圧倒されてしまう。
彼の代表作(未完に終ったが)とされる『特性のない男』の注釈としても、この日記は大きな意味を持つだろう。現実世界から与えられるいかなる〈特性〉も拒否して、可能性に生きようとする主人公は、ムージル自身なのかもしれない。彼は作家とか哲学者、科学者、心理学者などいかなる〈特性〉で見られることを逃れ、全的な人間として世界に立向おうとするのである。
この世界とはなにか、この世界はどのように変えられるのかについて、ムージルは問いつづけ、戦いつづける。
この日記を読むと、ムージルはこの現実世界の批評家、解釈家、そして変革者とでもいうべき人であった、と思われてくる。彼は現実世界の中で作品を発表し、作家として評価される、といったことは目指していなかったのである。ひたすら、現実世界という、与えられた〈特性〉の根拠を問い、その意味を解釈し、その大きな空虚を指摘し、新しい世界の構築を夢想していたのであった。
ムージルの精神的な戦いが、二十世紀前半という、二つの大戦という悲劇を背景としていたことに深い意味を感じる。なぜなら、二十世紀後半には、三つ目の世界大戦はなかった。そのために、ムージルの問いは忘れられてしまったのではないだろうか。
この日記は、二十世紀とはなくなったのか、と重く問いかけてくる。その問いは、二十一世紀に入ってもまだ答えられてはいない。私たちは、あらためて問いつづけなければならない。 (bk1ブックナビゲーター:海野弘/評論家 2001.03.10)
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