紙の本
さいはての地には花も実もあり
2023/03/16 02:36
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投稿者:719h - この投稿者のレビュー一覧を見る
一部では「国民作家」と目される
著者の物した所謂「街道物」の
第四十一作です。
本書で著者が訪れるのは青森。
登場人物は、太宰治、石坂洋次郎、
棟方志功、今東光、今日出海などなど。
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シリーズ第41巻 青森を中心に、稲作以前の土地に即した豊かな生活をまほろばと呼び、そこに暮らした人々に思いをはせる。暖かな目線で再発見された「北のまほろば」は、今でも精神に根付いていると思う。
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このシリーズを読むきっかけとなったシリーズ。元々は仕事で読む必要があったのですが、読んだあとはなんだか「賢く」なった気分。最初は読みなれるのに時間が掛かりましたが、興味のあるシリーズから読んでいくとタメになると思います。
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青森県を周遊。「まほろば」とは素晴らしい場所という意味の古語。この地が弥生農耕に乗り遅れたのは、縄文採集生活で豊かに食っていけたから。ならばわざわざ地面を耕す必要もない。江戸時代以降近代でもドラマ多し。シリーズ中で一番面白い。
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三内丸山遺跡の見学直後に購入。
縄文時代、今よりも気温が高く。今よりも豊穣の海だった陸奥湾。木の実も豊富だった。稲作に頼る前の豊かな恵みの北のまほろばが浮かび上がる。北前船は文化の伝播に今の高速道路網や新幹線の役割を果たしていたであろう。
現代科学の進歩がトータルの幸福感と比例しないように、稲作の普及が多くの人々に価値わ
もたらしたばかりでは無いのかもしれない。
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今で言う青森への何というのか憧憬なんでしょうか、愛たっぷりの司馬遼節炸裂。まぁこう書かれると、好きになる人も多いでしょう。
しかし小説の時は、結構見たことあるのか?みたくの断定的人物評が多かったですが、色々関与者が多いからっすかね、そういう面が影を潜めとると今更ながら多少物足りないかな、この紀行シリーズは。
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94年青森県訪問中に三内丸山遺跡発見の大ニュース、北の大地が豊かであった説は実証された。豊穣の縄文。著者に韓国の学者が「日本には奇人変人が多く居たのだけは羨ましい」と言ったとか。帝大学長を辞した狩野亨吉の発見した江戸時代の安藤昌益は博識だが悪文。「狩野は勘が良かったのでしょう」学問は勘が良くないと成り立たない。「文字を作る、身分差別の始めなり」。司馬は新聞記者時代、棟方志功にインタビューした。天才にだけ許される独自の造語…。「絵描きは下手なだけ仏様が手助けしてくださる」その版画を海外の美術館が争って求めた
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青森県の民俗・文化についてひととおり書いてあると思う。
地理がわからないとなかなか読み進められないと思うけれども、県外の人にぜひ読んでほしいと思う。
ふとしたときにパラパラして、目についたキーワードを深堀する、といった遊びが楽しそう。
個人的には柳宗悦と棟方志功のエピソードが新しかった。
板極道を読もうと思った。
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(2020/10/28読了)
「街道をゆく」シリーズ、その41。驚くほど面白かった。
まほろばとは、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味だそうだ。今回の話題の中心である東奥圏は、「やませ」に代表されるように、農耕に軸足を置く限りなかなか生活環境が厳しい地域柄である。その中でなぜまほろばと呼ぶか?・・・という説明が最初にある。
それは、農耕社会になったから苦しいんであって、狩猟採集の時代にはまたとない環境であった。北方文化圏との関連では立地も非常にいい。農耕化や近代化の功罪を思う。という内容なのである。初手から深謀がある。
さて、今回訪れるのは青森県、津軽や南部地域。
津軽と南部の軋轢、蠣崎・松前藩の来歴、オホーツク文化の痕跡、太宰治や棟方志功、「会津」の痕跡、りんご作りの苦悩(落果の涙)・・・などが綴られる。
一時期弘前住みだったことがあるが、ここにあるような深いところは知らなかったし、感じたこともなかった。この本を読んで改めて思えば、もったいないことである。
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▼「街道をゆく41・北のまほろば」司馬遼太郎。1995、週刊朝日の連載。司馬遼太郎の旅・歴史・エトセトラエッセイ。司馬さんは1996年2月に他界しているので、かなり晩年ですね。旅したのは青森県です。
▼晩年の「街道をゆく」の、担当編集者だった方が書いた「街道をついてゆく」という「司馬遼太郎の思い出エッセイ」があり。それをBOOKOFFで気軽に買って読んだらなかなか面白く。その中で「北のまほろば」の旅(1994年だったらしい)についての思い出の章があり、それを楽しむために事前に「北のまほろば」を読もうと、中断。
▼「北のまほろば」を読み始めたら、かなり太宰治の「津軽」をベースとした記述が多いことが分かり。「津軽」も「いつか読みたい積読」に入っていたので、「北のまほろば」を楽しむためにはまずは、と中断して「津軽」を読み。それを経て「北のまほろば」に突入。
▼面白かった。「津軽」を事前に読んで大正解。ほかの東北の巻と同じですが、「津軽」をなぞりつつ、
※東北・青森→貧しいくらいイメージ→飢饉が多かった→弥生時代に普及した稲作偏重の価値観のせいである→縄文的ライフスタイルならば、実は大変に豊かな風土→まほろばである。
というような話を、考古学的な人との邂逅などの現地感を交えて展開しつつ、
※「津軽」と「南部」
※再幕末~明治初期に「流されてきた」会津藩
※八甲田山事件
※棟方志功
※石坂洋二郎など(太宰も含めて)青森出身文学者話
※マタギと会う
などなど多彩、充実、そして愛が溢れる本でした。
やはりこのシリーズは、これからも再読するだろうから電子書籍で買って正解。