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池波正太郎の食卓 みんなのレビュー
- 佐藤 隆介 (文), 近藤 文夫 (和食), 茂出木 雅章 (洋食)
- 税込価格:1,760円(16pt)
- 出版社:新潮社
- 発行年月:2001.4
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紙の本
誰かに愛された、しあわせな料理たち
2003/06/23 22:23
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投稿者:アベイズミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
牛肉と夏目漱石はよく似ている。かもしれない。
人はうまいという。こぞっていう。くせになるという。最後に辿り着くのは、やはりここだという。そういうのだからそうなんだろう。人の話は聞くモノだ。手に取ってみる。うまい。のかな? うまい。かもな? 正直よく分からない。手頃なモノばかり手に取るからいけないのかな? もっとこうすごいヤツはあるのだろう。あるだろうけど手が出ない。手頃なモノはやってみる。やってはみるものの次が続かない。やはりどうにも触手が伸びない。下世話と言われようが、ありきたりと言われようが、私にはあっちの方がお似合いだ。
牛肉は、夏目漱石ぐらいに、不可解だった。その私にやっぱり牛肉って、美味いんじゃないのと思わせたのが「池波正太郎の食卓」だった。
「牛肉が運ばれてきた。
赤い肉の色に、うすく靄がかかっている。
鮮烈な松坂牛の肉の色とはちがう。
松坂の牛肉が丹誠を込めて飼育された処女なら、
こちらの伊賀牛はこってりとあぶらが乗った年増女である。」
もちろん丹誠込めた処女の味も知らないし、年増女の味というのも、味わったことのない私ではある。が、かなり美味そうである。その肉を牛の脂とバターでまず「バター焼き」にし、たっぷりの松茸と、ネギ、キャベツをあしらって食べる。その上で「すき焼き」をやるのである。ココロから思う。ああ、牛肉をほおばってみたいぞっと。あむっと。溶けるのかな。肉汁は溢れるのかな。口中に広がるのかな。ああ、たまらないぞっと。
池波正太郎の選ぶ言葉は、着飾らない。飾らずに、偉ぶらずに、叱らずに、ずしんと響くから、不思議である。第一食(朝の遅い池波正太郎は時に朝にならない朝飯を称してこういう。粋な言葉だ)は、薄いビーフステーキをぬく飯の上にのせて食べる。旨い。はたまた、朝は、小さなロース・カツレツと松茸御飯。松茸御飯は一夜置いたほうがよい。こんな調子だ。憧れるココロがあって、決して偏らないバランスのとれたココロがあって、一食に立ち向かう気迫があって、そこにまつわる物語があって、ヒミツがあって、作る人への供する人への敬いや真剣勝負があって、何をどう食べてきたかが、すべてチカラになっている。粋という言葉はまだ上手に使いこなせない私ではあるが、きっとこういう人に送れば、一番しっくりくるのだろう。
しかし、理屈はもういい。この本は、彼が愛した料理たちが並ぶ、幸せな本だから。
彼の言葉とそれをたどる人たちが産み出した、愛すべき本である。誰かに深く愛された記憶を持つ、幸せな料理たちが溢れている。コロッケ、カレーライス、ホットケーキ、オムライス、ビーフカツレツ、ハヤシライス。和食も良い、良いけれども今はまず、洋食のページを開いて欲しい。たちまちアナタもあの頃の洋食のとりこになること、請け合いだ。
デミグラスソースを初めて食べたときのこと。オムライスを初めて食べた時のこと。忘れられない記憶が蘇る。よそ行きのワンピース。クルミボタンに厚手のタイツと革の靴。コドモゴコロをつかまえて放さない、イロにカタチにその名前。その姿。銀色に光るフォークとナイフ。オレンジ色のチキンライスを、きいろい卵でフンワリくるむのを考えた人は誰だろう。
誰の中にも住んでいる。そんな子供が、いつの間にやらテーブルを叩いて立ち上がる。池波正太郎少年の姿に、私の姿も重なった。
「そして、われらのチッキンライスが七十銭。」
ブラボー!! やはり池波正太郎は素敵である。それ以上、上手い言葉が見つからないからしようがない。
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