紙の本
戦前、日本の学者が海外に出るということには、なんともいえない贅沢さが感じられる。そして、そこには文学者との出会いもあるんだ
2004/06/14 21:03
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投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
《歴史学者である著者が喜寿の年にまとめた東西文明の交流、日本における中国学の水準、新中国の見方などについての様々な文章》
元の本は1970年代末に出たらしいが、全集版から文庫化するに当たって他の本と重なって納められたような文を削除したため、抄となっている。宮崎の本といえば中国の歴史、宦官などについてかかれたものが有名で、世界史の全集で何冊か読んだことはあるものの、こういった形のものは初めて読む。
中では昭和11年、京大の助教授時代に渡欧した際、客船で横光利一と知り合い、パリで再会、「旅愁」のモデルになった話や、ヨーロッパで手に入れた本の中の銅版画についての考察は予想もしていなかったので興味深く読んだ。これなどは独立して一編の小説にでもしたいくらい、戦前の香りがして面白い。当時海外に行くということが、どれほど人生に大きな意味をもたらしたかが良く分る。
また奴隷文化について欧米が行なったことについての厳しいくらいの告発は、戦前の国粋主義的なものではなく、冷静な歴史的な事実に基づくものである。文化大革命の本質について歯に衣着せぬ発言は、いかにも中国の専門家らしいものだ。そして1970年当時としては珍しい中東との付き合い方に対する提言は、現代の混迷の遠因を教えてくれる。
著者が、自分で「あえて辛口の発言をする」と書くように、当時日本を覆っていた中国礼賛を冷静に批判したり、現在の様々な紛争に繋がる中東の貧困への指摘は実に鋭い。あの頃、日本では世界史ブームに沸いていたはずである。その中でオイルショックなど貴重な経験もしたけれど、それが本格的な中東への理解に繋がらなかった。時代の限界と言えばそれまでだろうけれど、思うことは多い。
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古本で購入。
東洋史学の泰斗・宮崎市定が、喜寿の年に出版した随想集『東風西雅』の抄録版。
新聞や雑誌に載せてきたエッセイ・コラムが中心なので、肩肘張らずに読める。
一方で、戦時中に書かれた、見落とされがちな太平洋奴隷貿易の撤廃における日本の果たした役割を掘り起こす文などは、いかにも時勢を感じさせる。こういう、(それを意図したものでないとしても)国威発揚的・戦争協力的な文章をかつて物したことをまるで隠さない学者は気持ちがいい。
たとえば明治大学の木村礎も、自分がかつて軍国教師として振る舞っていたことを一切隠さなかった。人としてのあり方が清々しくていいのだ。
この他、チベット国境問題・中ソの確執・文化大革命・批林批孔などの時事を語る評論も収められているが、その炯眼に驚く。
世界の“今”が歴史という“過去”の蓄積の上にあるということを、改めて知ることができる。
新聞コラムや「読書日録」は、飄々としたユーモアが漂っていておもしろい。
硬軟取り混ぜた宮崎市定が楽しめる1冊。
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非常に多作な宮崎市定氏の随想集。著者の博学ぶりを示すように、話題は非常に多岐にわたる。時代ぶりを反映した文章も中にはあるが、50年近く経過して尚、本質的に現代にも思い当たる指摘が多々あり、興味深い。
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岩波現代文庫
宮崎市定 「東風西雅」
歴史エッセイ。中国史の研究者だけあって、思想は 中国的で 白黒はっきりして 小気味いい。欧米人を真似るより、中国人のように自国文化に執着せよ、日本には固有の文化が育っているというメッセージ。
「古本屋はその町の文化の程度を象徴している」は、なるほどと思う。文化振興のために これからも古本屋で本探ししようと思う
「良い本を読む人たちに金と時間を与えることが何より大事な文化振興策になる」は名言
「日本は戦争に敗けながらも戦争の目的の一部分をはたした〜列強の植民地のなっていた地域が解放されて独立国になり、それらの国と商取引が可能になった」は目から鱗
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著者のエッセイ集である『東風西雅』(岩波書店)から、約三分の二にあたる文章を抄録した本です。
「東と西との交錯」と題されたエッセイでは、著者自身のフランスへの留学経験を振り返りつつ、東洋と西洋ないし日本と西洋との関係について、これまで日本人がどのように考えてきたのかということが論じられています。そのさい、著者が留学の途上で出会った横光利一をはじめ、池辺義象や河上肇といった知識人たちが、ヨーロッパの地でどのように日本人としてのアイデンティティを感じていたのかといったことに触れ、近代日本の西洋観および日本観の特質や変化についての考察が展開されています。
また著者は、ジャーナリズムとは縁が薄いといいつつも、中国史の研究者の観点から、現代の中国が直面しているさまざまな問題について考え、批評をおこなっています。「はしがき」には、「文化大革命に関連したものも二、三あるが、あの当時の日本の言論界の軽薄な追随態度は今思い出しても腹が立つ」と述べており、長いタイム・スパンで中国の歴史を見つめてきた著者の矜持が感じられます。