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高い評価の役に立ったレビュー
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2001/12/07 11:09
アフガンの本当の素顔
投稿者:夏野涼 - この投稿者のレビュー一覧を見る
アフガニスタンはテロリストの巣窟である、そう思っている人が多いのではないだろうか。マスメディアから流れてくる情報を聞いているとそうとしか思いようがない。現地から伝える特派員は乏しい知識とききかじった情報がさも正しいかのように貧弱な言葉で伝えている。テレビニュースが伝えることにはリアリティーが感じられない。どこか嘘くさいのだ。こんな状況の中で頼りになるのは現地で暮らし、活動してきた人の生きた「言葉」だと強く実感する。
本書はUNHCRカブール事務所長としてアフガンの難民救済のために奔走してきた著者だからこそ言えることが、そしてアフガン人やタリバンの生の姿がリアルに描かれている。彼らをニュースの素材としてしかとらえていないマスコミと生きた人間としてとらえている著者との認識の差は歴然としている。生きたアフガンの人たちを知りたい人はぜひ読んでもらいたい。
低い評価の役に立ったレビュー
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2002/01/18 18:16
報道では知らされないアフガニスタン、そしてアフガン国民の実状
投稿者:藤崎康 - この投稿者のレビュー一覧を見る
米軍の圧倒的な軍事力によって崩壊させられたイスラム原理主義の神学生集団・タリバンは、アフガニスタンから自由と平和を奪った、もっぱら狂信的で野蛮な悪の一派とみなされている。しかし、こうしたタリバン像は、欧米サイドのメディアによる政治宣伝的報道がつくりあげた虚像という側面を否定できない。国連難民高等弁務官カブール事務所所長の山本芳幸氏が現地での活動を通してアフガンの実状を記録した本書を読むと、そのことはいっそう強く感じられる。
著者によれば、1979年のソ連のアフガン侵攻時、当時のイスラム聖戦士(ムジャヒディン)は、ソ連軍・アフガン傀儡(かいらい)政府軍に対してゲリラ戦を開始したが、この聖戦は冷戦下の西側の援助により、つまりイスラムの大義とは別の論理により、組織化されていったという。そしてまた、93年以降、母国に帰るアフガン難民が激減したのは、彼らを待っていたのが、ソ連との戦いよりさらに複雑化し激しさを増したアフガン人どうしの戦闘だったからであり、皮肉なことだが、カブールが瓦礫の山になったのはソ連が撤退した後だと、山本氏は述べつつ、92年、かつての聖戦士のヒーローの一人、ヘクマティヤールが権力闘争の過程でカブールを徹底攻撃したのが、その廃墟化の発端であったという。さらに元聖戦士たちは、登校途中の少女を強姦し、ボロクズのように捨てる行為や民家の略奪、住民の殺害をくりかえしたという。まったく、イスラムの教えもクソもあったものではない。
だが、そうした極度の無秩序状態を、94年に平定したのが30人の有志からなるタリバンだったことを、氏は強調する。すなわち、タリバンという現象を総体的に理解するためには、
1・アフガニスタンの置かれた歴史的文脈 2・アフガニスタンの部族文化 3・この地域の政治力学 4・イスラム教という、少なくとも4つのパースペクティブが必要なのである。また、氏は実際に接したタリバンの印象を、非常に礼儀正しく、生活が質素で態度が謙虚だと述べている。さらに氏は、戦争というのは土木工事でもあるということを、アフガンに来て知ったと述べ、ソ連相手の聖戦が最盛期の頃、トンネル造りの名人と呼ばれる男がいたが、それが誰あろう、オサマ・ビンラディン氏であったと述べる。なお、氏はカブールの廃墟を見て、日本の「焼跡」の写真を想起したそうだが、私の中でかの地の廃墟や砂漠の映像は、瓦礫と化したマンハッタンの「廃墟」の映像(それはスピルバーグの呪われた(?)傑作『A.I.』にも登場した!)とオーヴァーラップしてしまうのだ。 (bk1ブックナビゲーター:藤崎康/現代文化論・映画批評 2002.01.19)
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紙の本
アフガンの本当の素顔
2001/12/07 11:09
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投稿者:夏野涼 - この投稿者のレビュー一覧を見る
アフガニスタンはテロリストの巣窟である、そう思っている人が多いのではないだろうか。マスメディアから流れてくる情報を聞いているとそうとしか思いようがない。現地から伝える特派員は乏しい知識とききかじった情報がさも正しいかのように貧弱な言葉で伝えている。テレビニュースが伝えることにはリアリティーが感じられない。どこか嘘くさいのだ。こんな状況の中で頼りになるのは現地で暮らし、活動してきた人の生きた「言葉」だと強く実感する。
本書はUNHCRカブール事務所長としてアフガンの難民救済のために奔走してきた著者だからこそ言えることが、そしてアフガン人やタリバンの生の姿がリアルに描かれている。彼らをニュースの素材としてしかとらえていないマスコミと生きた人間としてとらえている著者との認識の差は歴然としている。生きたアフガンの人たちを知りたい人はぜひ読んでもらいたい。
紙の本
リアリティの探求
2001/11/12 21:46
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投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
現場に居合わせないと語れない事実がある。現場にいては見えない論理がある。事実を蹂躙する論理は妄想の翼を消耗させ、論理から遊離した事実は根絶やしにされ忘却の闇に沈む。
日本にいて著者は「現実遊離感」を悪化させつづけてきたという。それは非自由・非平等・非博愛の日本社会の因習のためであると同時に、現場に居合わせない者が紡ぎ出す出来合の物語と、現場を垣間見た者が性急に語る粗雑な論理、つまりメディアと政治における想像力と言語の貧困がもたらしたものだった。
《おそらく僕は、膨大な言語情報(正確には言語というより、音の羅列でしかない情報なのだが)を「知っている」と思っている。しかし、それらを触ったことも食べたこともない。より根本的には考えたこともない。僕はこれまでほとんどすべての情報をその実際と関連づけることができなかったのではないだろうか》(フラッシュバック「分断された音の記憶」)。
私は『カブール・ノート』を書くことによって、日本で壊れた精神の瓦解を拾いつづけていたのかもしれない。──著者はあとがきでそのように書いている。人は結局、自分のことしか書けない。だから、人の魂を撃つ。現場で遭遇する事実と、現場を離れてこそ培える論理を融合する希有な精神の質をもった山本芳幸によるリアリティの探求の記録。
紙の本
報道では知らされないアフガニスタン、そしてアフガン国民の実状
2002/01/18 18:16
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投稿者:藤崎康 - この投稿者のレビュー一覧を見る
米軍の圧倒的な軍事力によって崩壊させられたイスラム原理主義の神学生集団・タリバンは、アフガニスタンから自由と平和を奪った、もっぱら狂信的で野蛮な悪の一派とみなされている。しかし、こうしたタリバン像は、欧米サイドのメディアによる政治宣伝的報道がつくりあげた虚像という側面を否定できない。国連難民高等弁務官カブール事務所所長の山本芳幸氏が現地での活動を通してアフガンの実状を記録した本書を読むと、そのことはいっそう強く感じられる。
著者によれば、1979年のソ連のアフガン侵攻時、当時のイスラム聖戦士(ムジャヒディン)は、ソ連軍・アフガン傀儡(かいらい)政府軍に対してゲリラ戦を開始したが、この聖戦は冷戦下の西側の援助により、つまりイスラムの大義とは別の論理により、組織化されていったという。そしてまた、93年以降、母国に帰るアフガン難民が激減したのは、彼らを待っていたのが、ソ連との戦いよりさらに複雑化し激しさを増したアフガン人どうしの戦闘だったからであり、皮肉なことだが、カブールが瓦礫の山になったのはソ連が撤退した後だと、山本氏は述べつつ、92年、かつての聖戦士のヒーローの一人、ヘクマティヤールが権力闘争の過程でカブールを徹底攻撃したのが、その廃墟化の発端であったという。さらに元聖戦士たちは、登校途中の少女を強姦し、ボロクズのように捨てる行為や民家の略奪、住民の殺害をくりかえしたという。まったく、イスラムの教えもクソもあったものではない。
だが、そうした極度の無秩序状態を、94年に平定したのが30人の有志からなるタリバンだったことを、氏は強調する。すなわち、タリバンという現象を総体的に理解するためには、
1・アフガニスタンの置かれた歴史的文脈 2・アフガニスタンの部族文化 3・この地域の政治力学 4・イスラム教という、少なくとも4つのパースペクティブが必要なのである。また、氏は実際に接したタリバンの印象を、非常に礼儀正しく、生活が質素で態度が謙虚だと述べている。さらに氏は、戦争というのは土木工事でもあるということを、アフガンに来て知ったと述べ、ソ連相手の聖戦が最盛期の頃、トンネル造りの名人と呼ばれる男がいたが、それが誰あろう、オサマ・ビンラディン氏であったと述べる。なお、氏はカブールの廃墟を見て、日本の「焼跡」の写真を想起したそうだが、私の中でかの地の廃墟や砂漠の映像は、瓦礫と化したマンハッタンの「廃墟」の映像(それはスピルバーグの呪われた(?)傑作『A.I.』にも登場した!)とオーヴァーラップしてしまうのだ。 (bk1ブックナビゲーター:藤崎康/現代文化論・映画批評 2002.01.19)
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