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p.43 鏡に映った、そのアホ面は、だれなのか。
あっ、わたしか。
と、まぁ何度ニシシと笑わせていただいたことだろう!
独特の小気味よいリズムが刻まれる文章と、ユーモア。それでいて、届いたものに、どしんと胸を突かれた。重い。深い。
こんなに深い物事が、平易、かつ、少し軽薄にも捉えられる文章で、胸に響き、こころを捕まれるなんて!!
この本の中では、二度不快な想いをした。二度、読むのをやめた。そうして、打ちのめされた。著者が「ほら、ごらん」と過去ほくそ笑んだに違いない。
不快な想いは、一時的に怒りを伴ったし、紹介された文章を、社会的道徳を振りかざして弾劾し始めた。そこでハタと気がついた。読むのをやめたのは事実。私は目を背けた。人生の関わりも全く持とうとしていない。つかまえていない!
目の前がすっと広がっていくのがわかる。この本は、文章の書き方や技巧は全く教えていないが、こころを教えてくれた。
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楽しく読みました。
本当に何かを知るいちばんいいやり方はいつだって
「その何かを、わからないまま、やってみる」
やってみればいいんです。
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著者は「教壇」という高所から小説書きの未経験者という下の者(読者)に教えるのでなく、読者を著者と同じく文学と小説を愛する者という、同等の目線におき語りかける。とりたてて腰が低いからというわけでなく、文学の無限の可能性、文学への愛が彼を謙虚にしている。
「少し長いまえがき」を読むのに時間がかかった。会話調のとっつきやすさとは裏腹に、そこに書かれていることは髄の髄といいたくなるほど本質をついていて、なおかつ他の小説家や文学評論家が指摘したことのない「新しい」ものだと思わされた。舗装されていない、誰も歩いたことのない道を歩くように、私はゆっくりと注意しながら読み進んだし、そうするべきだと感じた。例えば「一ついえることは、わたしぐらい小説が好きな小説家は滅多にいないのではないかということです(えへん)。もちろん小説が嫌いな小説家はないはずです(たぶん)」この(たぶん)が重い。「小説のようなもの」を書いている小説家へ向けられた反語的疑問では?小説を書かずに「小説のようなもの」を書いているのは本当に小説を好きじゃないからでは?という。
著者はまた、「読者は保守的」だといい、「読者の楽しみのほとんどは『再演』のたのしみである」こと、「作者はそんな王様のいうことを聞く家来である」が、それはいまの小説の「悲しい実態」だともいっている。そして「傑作」や「芸術」と呼ばれるものがどのように生まれるのかもキチンと説明している。
この「少し長いまえがき」だけでも十分700円の価値がある。
レッスン6の「小説家になるためのブックガイド」も貴重で、ありがたく活用させてもらおうと思う。甚大な読書量の著者が「小説家になるための」リストとして作ったのだから時間がかかったにちがいないし、親切丁寧なコメントは短いが、ビシビシの迫力がある。プロの小説家もこっそり買って自らを叱咤激励するのに読むのではと思う。
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[ 内容 ]
小説は教わって書けるようになるのか?
小説はどう発展してきたのか?
小説にとって重要なのは、ストーリーか、キャラクターか、それとも、描写なのか?
こうした疑問に答える、刺激的で実践的な教室。
さまざまな文体を比較して、練習問題も豊富。
「先生」と「生徒」の対話を追ううちに、小説とは何か、が見えてくるだろう。
[ 目次 ]
まえがき ― 一億三千万人のみなさんへ
基礎篇
レッスン1 小学生のための小説教室
レッスン2 小説の一行目に向かって
レッスン3 小説はまだまだはじまらない
レッスン4 小説をつかまえるために、暗闇の中で目を開き、沈黙の中で耳をすます
実践篇
レッスン5 小説は世界でいちばん楽しいおもちゃ箱
レッスン6 赤ちゃんみたいに真似ることからはじめる、生まれた時、みんな、そうしたように
レッスン6・付録 小説家になるためのブックガイド
レッスン7 小説の世界にもっと深く入ること、そうすれば、いつか
レッスン8 自分の小説を書いてみよう
あとがき
引用文献一覧
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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小説の書き方のハウトゥではないです。何を書くのか、初めて小説を書こうとしている人向けの一冊。実際二次創作なので何編か書いてる人にはあまり役立つ事は少ないかもしれないです。例文やら会話調の文体やら、読みやすいので、普通の読み物としても面白かったです。
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小説への、そして言葉への愛にあふれた高橋さんの新書。
最初は「え これ新書?」って思ったけど、読み終わったら「なるほど新書なのかも」と考え直しました。
それは、もちろん高橋さんの本なので文字通りの技術的な「小説教室」ではないのだけれど、それでもなるほどたしかに「小説教室」であった。ということです。
これをすべて理解するのは正直難しいけれど、他の高橋さんの作品と同じく、理解できなくても感じるだけでいいのだと思います。
全編を通して、高橋さんの言葉に対する真摯な姿勢が感じ取れます。そして、あの難しい高橋作品のヒントもたくさん書かれているように思いました。
次は「詩教室」というタイトルで中島みゆきSBについて語ってもらいたいなぁ~。
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立ち読みしていたら続きが気になりすぎて買ってしまいました。
引用がおもしろい。ちょっとぶっ飛んでる。
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源ちゃんはずるい。そう思ったのでした。ここに書かれていることは基本的に正しいです。正しいからむかつきます。でも二周してやっぱり正しいな、と思わされたぐらい正しいです。書くじゃなくてつかまえる、とか、つらい。小説じゃなくて「小説」書こうよ、とか、つらい。ばかっぽい感想で申し訳ないけれど、絶対的には反論できない内容を、真正面から語られると、やっぱり敗北感ありますよ……。
しかしまねぶ、というのは本当に、どうしようもなく正しいなあ……。赤ん坊のように言葉を真似ること、そこからすべてが始まる。思考の枠組みすらも、それによって規定される。規定されることを楽しもう。それは決して悪いことじゃない。自分じゃない誰かになりきって、自分じゃない誰かの思考をすること。そこにしか答えはない。正しすぎる。
まあ、他人の文章を読むということが、自分とはまったく別様の精神のあり方に感情移入していくということでもありますから、ね……。
どうでもいいけど思ったこと。
僕はやっぱり、ある特定の作家数人の文章を真似ることで、文章を書くことが可能になってる感はあるのだけど、それら全部、根っこのところで共有できている感じがしない。源ちゃんによれば、そういう文章と、自分の血肉になる文章は違う、ということで、前者はいずれ、使い物にならなくなるそう。なんというか、覚悟は決めておかなければならないのだなあ、と勝手に思ってしまった。文章ですら新陳代謝していくのは、多分間違いないから、それはそれとして、受け入れ、変化を楽しむしかないのだろうけれど。ちょっと寂しいなあ、と思った。
本当にどうでもいい。
尻切れトンボで筆を置きます。
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小説家高橋源一郎の書いた小説を書くための本。小説家は、小説の書き方を、ひとりでみつけるしかない。その手助けをしてくれる本。単純に読み物としておもしろかった。まずは真似る。あかちゃんのように。
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小説の書き方はひとりで見つけるしかない。というまえがきから始まります。
チャンドラーと村上春樹の対比が面白かった。
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小説も芸術。絵画と同じように、まずは模倣から始まるということか。その後に自分のスタイルを見つければよい。といった事が書いてあるような気がする。
前半はわけの分からない小説の例が登場していて、著者の言いたい事がさっぱり分からなかった。後半に真似るべき作家と作品が掲載されていて、これは非常に参考になったが、結局自分が面白いと思った作家の小説を読むのが一番いいのではなかろうか。
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小説を書くつもりもなく読んでみてもじゅうぶんおもしろい。ことばや言語を使った表現について考えさせられる。
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「小説家は、小説の書き方を、ひとりで見つけるしかない」
著者はこう断言した後に「小説を書くために必要な20の鍵」について語り始めます。
小説に限らず音楽などの芸術やスポーツの分野でも、優れたお手本を真似るうちに極意を自分なりに消化、吸収、あるいは克服して、新たな想像力&創造力が生まれてくるもの。ひとりで見つけるしかないのです。そういう意味で本書は、著者が丸々一冊かけて「自分がいかに小説が大好き」であるかを示して、好きだからこそ真似したい、真似を繰り返すことで小説を味わう感覚と技巧が鍛えられる、それが小説を書く唯一のコツだと体現しています。そして、20の鍵はそういった感覚を養う為の有効なヒントが凝縮されていますし、それが巷に溢れる安易なハウツー本との決定的な違いでしょう。本書で引用されている、あるいはブックガイドで紹介されている作品を読みたくなったら、それだけで著者の術中に嵌っていると思うのですが。
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今日買って一気呵成で読み終わりました 一度に読めるタイプの新書ですね
教室 という一般のイメージとはちょっと違った、小説というものに対する
考え方とか捉え方とか、そういう事をメンタルな部分からソフトに掘り下げてる本 ですかね
ソフトと言っても言ってることは結構ハードかも知れない
小説というボールを受け止めて、そして遊ぶ、という事を推奨してるのだけれども、繰り返し言ってるのが「どんなボールでも」受け止める必要性なのです
老人の呟きだろうがゲロだとかゲイだとかAV女優だとか、はたまたカフカの「変身」だろうが、とにかく受け止めてみて、どう感じるか、どこを面白いと思えるか?
実はここの部分は個人的には結構深く感じるところがありました
というのもいつも小説なり、映画なりを読んだり見たりするとき、
「どこが面白いか」「どこか琴線に触れるか」という事をわざわざ自問自答したりはしていないけれども、実はそこが一番重要で、実は今までそこの部分が自分には欠落してたのではないか?と思ったからなんです
高橋さんが出す例文に、高橋さん自信が「私はここが面白いと思った」という箇所を見て初めてハッとする自分がいる それは実は感覚であって、高橋さん自身深くは考えてないかもしれない
だとすれば、それこそが「感受性」と呼ばれるものかも知れない
小説の主人公がいて、読み手としてその行動を観察する その思考を予測する もしくは共感する
しかしその裏側にはそれを書いた書き手がいる その書き手の思いはどこあるか?
いつもそこまでは考えない けど実は存在する 存在しないとその文章はあり得ないはず
文章に対する接し方を改めて素直に考えさせられたいい本でした
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いわゆる小説の書き方というハウツー本ではない。そもそもハウツーの存在自体を否定している。著者は小説を文学とほぼ同義として使っている。そしてちまたに溢れる「小説のようなもの」に対するアンチテーゼのつもりで小説論を主張している。
ただ、悲しむべきは著者に大した代表作がないことである。売れる小説が優れているわけではないが、著者の作品が「優れている」とは世間的には認知されていないように思う。小説家を自認しておきながら、肝腎の小説があまりぱっとしないのは悲しい。
もちろん穿った見方をすれば、売れない、評価されないけど自分は小説をわかっていて、世間がそれをわ分かっていないだけ(評価してないだけ)という遠回しな予防線にも取れなくはない。
また著者はマネすることを推奨している。影響ではなく、パクリである。確かに著者の著書はパロディがメインであり、そこに創造性というものはなく、一種の同人誌的な小説である。「おまえの著書はパクリだけじゃないか」という批評に対しても「そんな固いこと言わず、楽しみましょうよ」という苦しい弁解が述べてある。
著者の来歴を一覧すれば、そこはハッキリと左翼的傾向が見られる。自分の小説が売れない→売れる小説への嫉妬→売れている小説を貶めることとパクルことによる汚し が書き手としての動機の根底にある気がしてならない。
著者は小説を楽しもうよと言う。しかし、その言葉は小説や文学を極めて狭義に捉えながら、一方で創造性を反故にするパクリの推奨を主張する著者自身に向けられる言葉なのかも知れない。