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紙の本
今のところ、順不同で恩田陸の傑作をあげろといわれたら、『ドミノ』『蛇行する川のほとり』そして、この一冊かな、内容は最も重いかも
2005/05/24 21:39
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「未来社会に蔓延する疫病を防ぐため、岐路となった歴史的事象の前に再度たたされた皇軍の兵士たち。捻じ曲げられた歴史の先にあるものは」SF。
単なる未来ものではない。むしろ第二次世界大戦を忘れてしまいそうな日本人に、あの戦争とは何であったのかを再び問いかける歴史SFとでも言った方がいいのかもしれない。
舞台は1936年2月26日と聞いただけで日本人なら条件反射的に思い浮かべる、二−二六事件の当日である。主要な登場人物は、この時代の日本から三人。一人は、鈴木貫太郎侍従長官邸を襲撃し、侍従長を殺害することになる安藤輝三大尉。もう一人が、首相官邸を襲い、首相の影武者を殺す栗原安秀中尉。最後が、いまだに日本人の間に不思議な人気を持つ石原莞爾大佐である。彼らは、懐中連絡機という機械を持つが、そのことを互いに知らない。
彼らに未来から指示を出すのが、国連の職員であるジョン、アリス、マツモト、ニック、アルベルトたちである。彼らがいる世界は、時間航行で過去から帰還した人間によってもたらされた歴史性免疫不全症候群、略してHIDSが猛威を振るっている。羅病すれば一夜のうちに老人の相貌を示しながら死んでいくしかない病気、それは20世紀末に登場した後天性免疫不全症候群、AIDSに匹敵する病気である。
未来社会でのHIDSの発生を防ぐために、国連が歴史の軌道修正に乗り出した対象が、1936年の二−二六事件だった。歴史を再度繰り返し、望ましい時の流れを確定していくという気の遠くなるような作業。機械『シンデレラの靴』が不一致と判断すれば、クリアするまで何度でも死を、殺害を経験しなければならない三人の男たち。
曖昧さの中で事象の一致だけが求められる、歴史の再現は可能なのか。モニター中に一瞬の不具合を報せる信号。画面に笑顔を現した謎のハッカー。本来なら不一致として排除されるべき歴史の改変が、なぜ起きるのか。安藤への襲撃の意味は、薬物を摂取しながらの歴史確定作業が続く。あるべき歴史の意味とは。
黒いカバーに身を包んだ大作が、実は2002年のほぼ同時期に出ている。そのどれもが傑作というのは、不思議な符合だが、洋服同様、この色ばかりは着こなしを間違うと、本当に恥ずかしいものになってしまう。その点、松田行正の手になる装丁のこの本は、見事にその期待に応えたもので、山口雅也『奇偶』、笠井潔『オイディプス症候群』と並び称される資格を持つ。
この三冊が書店に並んだ時、書店に何かが起きそうな予感すら覚えたが、その後、こういう黒い傑作が新刊棚で揃い踏みをしたところを見たことがない。もしかすると、あと10年くらい経ったら、2002年が伝説の年だったなんていわれたりなんかして。
そう、恩田陸の作品群の中で、この『ねじの回転』は『ドミノ』と同じくらい異色で、しかもある意味、そのジャンルの頂点を占めるものなのである。
紙の本
より良い歴史を求めて
2004/05/06 19:05
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:紫月 - この投稿者のレビュー一覧を見る
恩田陸さんの作品を手に取ったのは、実は本書が初めてなのです。作者に対して何の先入観も予備知識もなく読み始めた本書。感想を一言で言うなら『面白かった』。付け足すとしたら、『恩田陸作品をもっと読みたい』と、小学生のような感想ですが、これが正直なところ。
舞台は過去の歴史に介入しすぎたために奇病が蔓延してしまった近未来。『シンデレラの靴』と呼ばれるコンピューターの監視の下、正しい歴史の修復が行われます。
ニ・ニ六事件を扱ったSF小説と聞いて思い出したのが、宮部みゆきさんの蒲生邸事件でした。当然のことながら同じ背景・同じSF仕立てであっても、物語はまる別物。本書の方がSF色が強いようです。
タイム・トラベルを扱った小説の場合、どんなに過去に介入しても歴史は正史を辿る、といった筋立てにするのか、過去に人的な介入が行われた場合、未来もそれに伴って変化するという設定を取るか、二つに分かれるところだと思います。
後者の方が圧倒的に多く、本書もまたその通りなのですが、こちらの場合は話がとても複雑になってしまうのです。
さらに本書の場合、それを二重に複雑にする設定がなされていて、読み応えたっぷりの仕上がりになっています。
——過去を是正することができたら?
人間にとって、たまらなく魅力的なこのテーマ。幾度となく繰り返されてきた問いですが、本当に『正しくより良い歴史』とは何なのか?
どれほど大きな歴史上の事件であっても、それは一人一人の人間が作り出したもの。各個人の思惑、行動の一つ一つで、歴史は大きく変化するのです。他の誰のためでもなく、自分自身に悔いのない人生を生きるため、歴史の中であがく登場人物たち。たとえそれがやり直しのためのプロジェクトの中の出来事であっても、より良い歴史を求めてあがくその様は、やはり生きるということ。マツモトが選択した人生を、彼は絶対に悔やんではいないのだと、私には思えるのです。