紙の本
死の回収
2004/09/17 13:16
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投稿者:sanatorium - この投稿者のレビュー一覧を見る
「沈黙博物館」とは面白い発想だ。ある豪邸に住む老女が死者の形見を収集し、それを展示する博物館を作ろうというのである。そのために「技師」が村へ招かれる。形見に物語を添え、死者が生きた証とし、それを博物館に収蔵するというのが「技師」の仕事だ。登場人物には他には、少女、少年、庭師、刑事、家政婦などがいるが、皆名前をもっていない。この小説においては、生者には名前がないのだ。死んで形見を回収され物語を付与された時に初めて名前が与えられる。
「博物館」と別の世界がこの小説には二つある。「沈黙の伝道師」と「技師の兄」の世界だ。「技師」は事あるごとに兄に手紙を書くが、その際話題にされるのが甥の誕生であり、つまり「博物館」を死を待つ世界だとすると「兄」の世界は「生み出す」世界である。しかし、結局「兄」の世界と博物館のある村とは交通がないことが判明する。意図的に遮断されているのかもしれないが。「沈黙の伝道師」とは徐々に言葉を話すことをやめ、最後には何も話さず生きていく修道士のような人達のことだ。口では何も語らぬが故に、市井の人とは違い彼らが死んだ時に彼らについて彼らが何者であったかということを語るのは困難を極める。彼が「沈黙の伝道師」であると書けばよいというのではなく、独自の物語を付与しなければならないからだ。
付与、とここで書いたが、「物語」は実はフィクションなのだ。形見収集者が感じたことが物語られるのである。形見についても同様だ。死んだ者にとってそれが重要であると判断するのは形見収集者であって、死者の意見は無視される。人の知らぬところで、その死者が別の物に非常な愛着を寄せていたとしても、誰が気づくことが出来ようか。また、その人が死んだという確証が必要になる。例えば冬山で遭難してその人が<死んだ>としても、その人は他人に認知されない限り<死んで>はいない、ということを付け加えておこう。
死者に意味を与えるのは中世ヨーロッパでは神の役目であり、近代になり国民国家が誕生するようになるとナショナリズムが宗教に代わり、人に死に理由を与える。お前はネイションのために死んだのだと。「博物館」では、「老女」個人が聖書とも言える「暦」をつくり、他人の死を回収している。人の死には意味があり、犬死させまいとする意思のようにも見えるが、<死者>を生産するために「庭師」が殺人を犯しているということが暗示される。死者のための「博物館」が本末転倒して、「博物館」のための死者の生産となる。人はいつか死ぬのだが、死者の上にしか成り立たないシステムというものがあることを示しているようにも見える。
「老女」が死に、「技師」がその役を引き継ぐところでこの小説は終わる。
小川洋子の軽妙な語り口の裏にこんな構造を読んでしまうのは野暮かもしれないな。
紙の本
沈黙博物館
2004/09/12 16:09
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投稿者:神田めろん - この投稿者のレビュー一覧を見る
形見を展示する博物館の「技師」の物語。
博物館の仕事に誇りをもっている主人公に好感がもて、個性爆発の老婆も、ちょっと可愛い。小さな村では穏やかに時間が過ぎているように見えたのだが、殺人事件や爆発事件が起き、「技師」は「死」と向き合わざるを得なくなる。形見を収集するために、葬式や住んでいたアパートを訪れる「技師」は「生」を感じながら、「死」を知っていく。
やがて「技師」が住んでいるのが「生」の世界なのか、「死」の世界なのかわからなくなるほど、「この世」と「あの世」の境界がぼんやりしてくる。
柔らかな「小川ワールド」に、いつのまにか引っ張り込まれていた。とても重いテーマだが、読んでいて苦しくならないのは、著者のふんわりした文章と、個性的な登場人物のせいかもしれない。優しく、作品の世界に導かれている感じが心地良かった。
本を読み終わった後には、自分が生きた「証」を「技師」が収集しに来てくれることを願っていた。
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あるひっそりと閉ざされた村で、その人間が生きた証をもっとも雄弁に語る「形見」を収集する博物館を作る人々の物語。
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老婆に雇われ村を訪れた若い博物館技師が死者たちの形見を盗み集める。形見たちが語る物語とは?村で頻発する殺人事件の犯人は?------------------(ここからネタバレあり)小川洋子氏にしては珍しいタイプの小説かと。ただ、引き込まれて一気に読んでしまったのはいつもと同じ。内容が、形見の収集なだけに、死に親しい感じがする。最初から、亡くなった母の形見として「アンネの日記」が出てくるのだがこれがすべてを象徴していたのではないかと思う。あと、男性の主人公っていうのが珍しいし、男性の主人公だからか、全体の内容も文章も硬かった気がする。(2005/11/13読了)
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「博士の愛した数式」の次に読んだ小川洋子作品。
なぜ今までこの本を見つけることができなかったのか不思議なくらい好みの本。
必然性に駆り立てられて生きるって、幸せなことなのかもしれない。
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博物館技師である主人公が、あるお婆さんに雇われ、他の人間と協力しあって、形見を集めた博物館を造るという話。そーかあ、小川洋子はこんな小説書く人なのかあ、と思った。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の世界の終わりサイドが世界観のイメージソースじゃないかと思いつつ、でも村上節がないからより幻想的な世界が作れていると思う。柴田元幸が小川洋子は冥界に通じる道を作品の中に持ってるとか、そんなようなことを言っていたが、まだ2作品しか読んでないけどよく分かる気がする。大江&村上についで、アメリカの文芸誌「NEW YORKER」に載った日本人三人目として、対アメリカでは日本を代表する作家になっているわけだけど、三人は結構似ているなあと思った。「飼育」と「世界の終わり〜」を混ぜたら、こんくらいの世界になりそうだ。あと、ミルハウザーにも似ているかもしれないけど、まー幻想系の小説はあんまり読んだことないから、もっと似ている作家がいるのかも。とりとめないことむちゃくちゃ書きまくったけど、とにかく小川洋子はいい。あとどうでもいいけど、なんでパリだけ出ちゃうんだろう?固有名詞は最後まで出さない、でよかったんじゃないの?
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作品に流れる空気の質感がとても好きなのです。しっとりとした空気の中で進み行く物語は…終りが近づくにつれ終わって欲しく無いと切実に願うほど。
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この本読んでる間「静謐の幻想」っていう言葉がずっとぐるぐるしてたんですが何の言葉だっけか…。すごく、こわいというか、薄ら寒い、お話でした。根底に優しさがひたりとあって、でもそれは、硬質で冷たい、優しさなの。痛かった。たった1年365日、時計が動いただけ、それでこんなにも変わってしまう。博物館は変わらないために変えていく、場所、かな?変わるために変えてはいけないのは、思考の根源、信じるもの。暦であったり、杖であったり、ね。
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「“ガラスの髪の毛”と呼ばれる珍しい岩石でね、それが、特別展示のための入れ替え作業をしている最中、消えた。誰がミスしたわけでもない、泥棒が侵入したわけでもないのに、気がついたらもうなかったんだ」
「見つからなかったの?」
「どこを探しても無駄だった。コレクションが紛失する時はたいていそうだ。大勢の人間がそばにいても、ぱっくり開いた時間の割れ目に落ちてゆくのを、誰も止められない」
博物館におけるコレクションの紛失について、技師と少女が会話を交わす。本作における何気ないワンシーンであるが、非常に気になった。
老婆に依頼され、博物館技師の主人公はある村を訪れる。老婆の養女である少女と、庭師、家政婦とともに、技師は老婆のコレクションを展示する博物館を立ち上げることになる。「その肉体が間違いなく存在していた証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する」形見を展示するための。
現実世界に見受けられる舞台として読みすすめていたはずなのに、気付くとそこは非現実的異世界であり、ごく自然に現実と非現実の隙間に引き込まれてしまった。
主人公の博物館技師もまた、「ぱっくり開いた隙間」に無意識のうちに吸い込まれ、現実世界から消えてしまったのではないか、と感じた。
耳を押し込める細長いS字形の穴、耳縮小手術専用のメス、沈黙の道化師、シロイワバイソンの毛皮、返事の来ない手紙…登場するモノ達はどれも、密やかで危うさを孕む。
モノの使い方、世界観の形成、実に巧妙で面白い。
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ちょっとグロテスク。
ブラフマンの埋葬とか、博士の愛した数式みたいな雰囲気かと思って買ったので読んで驚きました。
閉塞感があって息が詰まってしまうような雰囲気が物語の内容と溶け合っていてよかったです。
物語の長さもこのくらいがちょうどよいし。
もっと長かったら窒息死しちゃいそう 笑
出てくる人も、道具もとても独創的で世界観を作るのがうまいと思いました。
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男性が主人公って珍しい気がする。作品全体に漂う空気はやっぱり好きだなぁ。今回は形見や沈黙といった物語全体の静かさの中に、殺人事件とその疑惑という少し感じの違うものが入っていたからドキドキ。でもそれは決して嫌なものではない。他の作品とはまた違った読後感だった。
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どこだかわからない異国の地で、特殊な博物館を作るように頼まれた青年。
とてつもなく不思議なストーリーながら、何かをなくすという、小川洋子のテーマにブレはない。
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なんだかぞっとしながらも、読み進めずにはいられない。
小川さんの著書はそういうものが多い。
「博士の愛した数式」が有名だが、こういうちょっと不気味な作風の方が好みではあるな。
有名でもなんでもない、全く普通の人物の形見を集め、博物館を作ろうとする話。
その博物館の沈黙を想像するだけで・・・
横隔膜、縮む。
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…こういう物語が読めるのも彼女がいてこそなんだろうけれど。
これまた静かで、寂しくて、淡々としていた。
形見の博物館を作るために、老婆の命令に従って盗みすらはたらく技工士。
誰の感情もほとんど示さず、淡々としたお話。
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朝食の後のコーヒー飲む時間に、1章ずつゆっくりゆっくり、味わって読みました。
乳首の描写がめちゃくちゃ怖いです…痛いです…。
というか、小川洋子さんのこの想像力のすごさはどこからわいてくるんだろう?オチはハッピーともバッド(?)とも取れるけれど、読後感に不快感は全然ありませんでした。
そろそろ真面目にアンネの日記を読もうか…。