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紙の本
笙野頼子の変則名調子
2006/01/24 19:21
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る
「水晶内制度」でがっとやられた身にとっては一転、非常に楽しい(というと語弊があるか)短篇集で、笙野頼子独特の言語感覚が遺憾なく発揮されているのを見ることができる快作。数年に渡り雑誌などに発表された短篇、掌篇に、書き下ろしを加えて一冊としたもの。久々の連作ではない短篇集。
多くの作品では私小説的な記述の中に突如妄想とも幻想ともつかぬ奇妙な現象が、それまでの部分と地続きで現れ、結果妄想と現実とが不思議に溶けあった独特の印象を残す。それを駆動するのが、著者ならではの壊れつつも音楽的なノリを失わない、変則名調子とでもいうような特徴的な文体で、これがとても面白くてぐんぐん読ませる。
特に面白かった、というかその言語感覚と発想の面白さに終始笑ってしまったのが「素数長歌と空」。泉鏡花賞を受けて金沢に行った時のことを素材にしているのだけど、ハイライトは後半の素数長歌と称する短歌みたいなものをでっち上げるところ。めまぐるしい文章と哄笑の響く展開の合間合間に、素数(1.3.5.7.11.13.17…)で構成された台詞が連発されたり、合いの手のように繰り返される“詩っぽい詩っぽい”、というフレーズがリズミカルで、ユーモラス。
また「箱のような道」では強迫的な夢のような不安感に包まれた不思議な世界が印象的で、冒頭の「胸の上の前世」では「水晶内制度」などにも通じる性愛についてがモチーフになっている。
他に、長篇を書き上げるためには鼻血がでないといけない、とのたまう書き手が鼻血が出るのをを待つという奇怪なエピソードを含む「猫々妄者と怪」とか、変な作品がいっぱいで愉快。
表題作「片付けない作家と西の天狗」では、新居に引っ越してからの経過報告とともに、「純文学論争」の舞台裏が語られる。そこでは雑誌に書く際に過大な言論統制があり、自分の原稿がゲラ段階で相手に読まれていたことが明かされたり、デビュー以来ついていた編集者がおよそ笙野頼子に合わない人物で、デビュー以来十年の沈黙はつい最近まで編集長であったらしいその某氏に依るところが多いだろうことがわかる。幾つかの論争文において笙野頼子の書き方はどこか言いがかりに近いように思える時もあり、違和感を覚える事もあったが、その裏には様々な事情があった事が窺われ、いろいろ見直さなければならない。
笙野頼子がよく書いている男による抑圧やらには具体的な体験の裏付けがあってのことというのがよくわかる。というか、笙野頼子が自身見舞われた嫌がらせなどを読むと、非常にそういう嫌がらせをするタイプの人間にからまれやすいんだろうなとは思う。
そ最後にあとがき代わりに付された、モイラの死を報告する文章には、それなりに笙野頼子を読んできた自分にとってもショッキングである。一端は千葉に引っ込んだものの、いつかまた四匹の猫をつれて東京に攻め入るのだ、と書いていたことは叶わなくなってしまった。
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