紙の本
メディア・リテラシーの上質の教科書
2005/04/24 17:58
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
「テレビなんてどうせヤラセばっかりなんだよ」「いや、ほとんどの人はちゃんとやってるはずだよ」──この本はそういう視聴者の予断と期待に対する、テレビを作っている側からの声である。声ではあるが「業界の一致した見解」などではない。私もテレビ局に勤めているが、残念ながら「やらせ」に対する厳然とした基準はないと言わざるを得ない。ただ、それは職場で日々議論されているし、どこへ向かうべきかを真摯に探り続けているテレビマンがいることも確かである──この今野勉氏のように。
ここにあるのは今野氏による「業界の歴史と現状」の提示に過ぎない。これを読んだ視聴者は(著者自身が指摘しているように)多分すっきりしない気分だろう。しかし、制作者と視聴者がともに多種多様である限り明確に1本の線で境界を表すことは不可能なのであってグレーゾーンは存在する。そのグレーゾーンを学び、埋めて行く作業がメディア・リテラシーなのである。この本はそういう意味でメディア・リテラシーの上質の教科書である。
今野氏の活躍のフィールドがドキュメンタリーとドラマであるために、ここではバラエティにおける「やらせ」をどう考えるかについてはあまり記述がない。読者はこの本を閉じた後、バラエティについてはどうなんだろうという疑問を持つだろう。次はそのことについて想像してみてほしい。それがメディア・リテラシーなのである。
「これはヤラセではないか?」という指摘が外部から寄せられることがある。局側は「ヤラセではない」と答える。ただ、この場合不幸なのは「やらせ」の定義がずれているということだ。私たちは「やらせ」はやっていないけど、ただ、「仕込み」はありますよ、と答える。今野氏は「仕込み」という言葉は使っていないが、「再現」「しかけ」「しつらえ」などの言葉を使って説明している。まずその説明を聞いてみてほしい。
我々テレビの側の人間と視聴する側の人間がある種の合意に達しなければ、「やらせ」でなかったつもりのものが「やらせ」になってしまう。無意識にでも合意に達していればそれは気にならないシーンになる。
例えばお店の紹介やお宅拝見などの番組でリポーターが「えーっと、確かこの辺りのはずなんですが、あ、ありました、このお店です」などと言う場合、間違いなくリポーターは初めからこの場所であることを知っている。だけど、今ではこれを「やらせ」だと言って抗議してくる人はほとんどいない。しかし、例えば私の伯母はそんなこととは夢にも思わずその手の番組を見ていたし、『クイズダービー』の問題は全て大橋巨泉が作っていて『徹子の部屋』のゲストは全て黒柳徹子が人選して呼ぶための段取りもしていると信じて疑わなかった(「だって、『私の番組』って言ってるじゃない?」)。そういう人たちに対してどれほど「テレビ的な手法」を駆使してよいのかは、とても難しい問題である。
今野氏は「やらせがなぜいけないかは、倫理の問題としてではなく、被害の問題として考えるべきだと思う」(194ページ)と書いている。この本を読んで、テレビを見ることによってあなたがどんな害を被ったのか、あるいは感動したり知識を得たりしたのか、その損得勘定を点検してみてほしい。そして、もしできるのであれば、その損得勘定を何らかの形でテレビの側の人間にフィードバックしてほしいと思う。
by yama-a 賢い言葉のWeb
投稿元:
レビューを見る
テレビにおけるドキュメンタリーというジャンルについて、「やらせ」とは何か、「再現」はどこまで許されるか、といった問題を、製作者の立場からの経験を踏まえ、読者に一つ一つ問いかけながらともに探っていこうとする試み。なかなかの好著。ただし、タイトルはよくない。本書の内容を適切にあらわしているとはいい難い。
投稿元:
レビューを見る
マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画『華氏911』が、片寄った内容であって真実ではないという論争を巻き起こして以来、自分がこれまで当然のように受け入れてきた「情報」が信じていいものなのかどうかが分からなくなった。本書に掲載されている「作り上げられた事実」の数々には驚かされるばかり。こんなに常識を逸脱したことが映像の世界でまかり通っているなんて! でも、読み進めていけばいくほど、何がどこまで許されるのかが分からなくなってくる。容易に語り尽くすことができない深いテーマだ。
投稿元:
レビューを見る
ドキュメンタリーも、こんだけヤラセ、入ってます。ていうトリビア〜ンな、お話。でも作る側の言い訳で終始している気が。完結感ないな、新書って。
投稿元:
レビューを見る
題名にひかれて読んでみた。ドキュメンタリーで、再現・やらせの境界について論議する本であった。テレビを普段見ない私からするとどうでもいいじゃん、という問題であったが、実はその問題には、視聴者と作成者側の相互の理解のなさが秘められているという、まぁ当たり前だけど、冷静な意見を聞くことができた。
投稿元:
レビューを見る
ドキュメンタリー番組がどこまで本当で、どこからが作り物なのかとても難しいということが分かる。「再現<誇張<歪曲<虚偽<捏造」との線引きを、視聴者にどのように理解してもらうのか?第一これを作り手自身もどの程度分かっているのか?曖昧なだけにこれからもこの議論は続く。
投稿元:
レビューを見る
地上波デジタルテレビを買った記念に、この新書を買いました。いろんな人が介入して番組になるのだから・・・、嘘もあるかも。なんて思った。
投稿元:
レビューを見る
難しい問題である、ドキュメンタリーにおける“テレビの嘘”(表現手法)をどう考えるか筆者が読者と一緒に考えていく形式が、すごく良かった。語り口調で書かれていて、読みやすいです。自分なりの答えも出せました。
投稿元:
レビューを見る
メディアを勉強したくて買った本。
知りたかったことが結構詳しく書かれてました。
ので、自分的には満足です。
やっぱりテレビの情報を丸呑みにしちゃいかんのかなぁー。
ま、見方しだいですね。
投稿元:
レビューを見る
・子の像が池に落ちたのを親の象が助ける保険会社の感動するCM
-実際に現場で遭遇したのは子が池に落ちるとこだけ
-10時間にもわたる録画編集
-像は親子じゃない。しかも全部で5頭してその一匹が引き揚げるまで粘る
・地方遠征の料理の取材。
- 一週間後訪れるとあるが、実際にはその日に全取材を済ませる
ほとんど読み飛ばしてしまいました。読んでいて面白くない。
しかし、唯一得たこととしては、TVの全てを鵜呑みにしてはいけないということ。
この一言に尽きるかと思います。
投稿元:
レビューを見る
タイトルと帯に惹かれて読んだ。テレビの制作者、演出家目線でドキュメンタリーをどんな目的をもって、どう取り組むかが書かれている。テレビの嘘というよりは、制作者たちはどんな苦労、工夫をして視聴者へ発信していくかという内容。今野さんの制作、演習への想いが詰まっている。
個人的には、制作者の気持ちには実感がなくあまり共感はできるものではなかった。疑いもせずに見ていた映像に少し疑問視しながらみれたらいいのでは。テレビは確かに視聴者に喜怒哀楽を与えるが、時には見ているだけなのに何かをやった気になってしまうことも多々ある。
視聴者がテレビ、ドキュメンタリーに何を求めているのか。この本には答えは書かれていない。
テレビだけではないが、与えられるものすべてを鵜呑みにせず、少し疑いの視点でみてみると視聴者には新たな発見があるだろう。
投稿元:
レビューを見る
広く人々に事実を真実を伝えるのがマスコミの存在意義。
一方で事実を広めるために誇張、ねつ造という手段をとる。
どこまでがセーフ?どこからアウト?
本書は再現は必要だがねつ造はアウトって立場で
様々な事例を検証しております。
新潮社の新書はタイトル付けがうまいね。
中身は?
(・∀・;)
投稿元:
レビューを見る
[ 内容 ]
初日に釣れたのに、最終日に釣れたとして盛り上げる釣り番組。
新郎新婦はニセ物、村人が総出で演技する山あいの村の婚礼シーン。
養蚕農家の生活苦を、擬似家族が訴えたドキュメンタリー作品―。
視聴者を引きつけようと作り手が繰り出す、見せるための演出、やむを得ない工夫。
いったいどこまでが事実で、どこからが虚構なのか?
さまざまな嘘の実例を繙くことで明らかになる、テレビ的「事実」のつくられ方。
[ 目次 ]
第1章 テレビ的「事実」はこうして作られる(作り手の工夫はどこまで許せる? なぜ幻の魚は旅の最終日に釣れるのか ほか)
第2章 ドキュメンタリーとフィクションの境界線(「事実」と「再現された事実」 再現映像はゴールデンタイムの主役 ほか)
第3章 NHKムスタン事件は「やらせ」だったのか(犯罪と指弾された「内輪の常識」「やらせ」とは何か ほか)
第4章 テレビの文法(いち早く「再現」を認めた欧米 「あるがままの事実」と「もうひとつの事実」 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
投稿元:
レビューを見る
テレビや映画のドキュメンタリーはどこまでが真実なのか。再現、演出、演技は許さない虚構か、やむをえない工夫か。視聴者側とあまりにもかけ離れた制作者側の意識。ドキュメンタリー制作に携わってきた著者が明らかにするドキュメンタリー制作の事実。
投稿元:
レビューを見る
テレビのやらせはどこまでが許されるのか? について書かれた本。
生中継の映像以外は、リアルではなく、誰かの考えが入ってしまうのは仕方がないと思う。
のんきな視聴者とすれば、わかり易くしてもらうことが一番ですが。