紙の本
国家を描いて裂帛の気合い
2010/12/12 09:21
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投稿者:analog純 - この投稿者のレビュー一覧を見る
これは、私にとってはひさびさの無条件のいい小説でした。
とってもおもしろくって、すごく感心しました。それはたぶん、作品に向き合う作者の姿勢のゆえでしょうか、東京の暗部を描いて「裂帛の気迫」が感じられました。
2004年の三島賞受賞作品であります。
そもそもこの作家については、ハードボイルド小説を書いている方と言う程度の理解しか、私にはなかったんですね。
それがいつ頃でしたか、漫画家の大友克洋(あの『アキラ』を書いた天才漫画家)と組んで書かれた『気分はもう戦争』と言う作品を読みました。
でもその時は、矢作俊彦の原作というよりは、圧倒的な大友克洋の画力に魅力を感じていただけでした。ストーリーについては、失礼ながら少し中途半端な感じがしておりました。
その後誰かの文章で、この筆者のある小説が「奇書的絶賛」を受けていたのを読み、ただその小説はまだ文庫本じゃなかったこともあって(今は文庫になっているんでしょうかね)、図書館で借りて読みました。この本です。
『あ・じゃ・ぱん』(上下)矢作俊彦(新潮社)
上下2冊で1000ページを超える長編小説です。いかにも、ちょっとしんどそうですね。しかし読んでみました。
はっきりいって、やはり少ししんどかったです。
どーも、この手の本は、私はあまり合わないのだろうかとも考えてしまいました。
とにかく文章はハード・ボイルドです。心情・心理描写がほとんどありません。
ストーリーは、太平洋戦争終了間際、日本の国が北からはソ連、南からはアメリカと攻め込まれ、そのまままっぷたつに東西が占領されて、フォッサ・マグナあたりに壁が立てられ、かつての東西ドイツのように、また朝鮮半島のように、二つの国体の違う国になってしまうという話です。
これは優れた「スパイ小説」(主人公は黒人のジャーナリストですが)だと思います。
この手の小説は、例えば沼正三の『家畜人ヤプー』のように、いかに国家を、社会を、文化を完璧に作り上げるかという、一種の全体小説であります。想像力の極北として、どこまでリアリティを保ちながら現実からテイク・オフできるかというのが眼目だと思いました。
そんな風に読んでいくと、とてもいいできの小説だと思うんですがねー。
しかしなぜか私には、上述の如くどうも文体の段階で十分に入り込むことができないで終わってしまいました。
あるいは、再読すれば、ずっと面白く読めるのかも知れませんが、うーむ、1000ページの再読は、ちとつらい。
と、いう気持ちが私の中で、なんとなく表れては消えしていたんですね。
で、この度そんな心の引っ掛かりもあって、今回の小説を読んでみました。
で、とっても面白かったです。
読み終えて、どこが面白かったのか、振り返ってみました。
以下に、この小説のいいところを列挙してみますね。
(1)70年安保前夜、殺人未遂罪で指名手配されかかった主人公が、中国に密出国し、30年を過ぎて帰ってくるという設定が巧妙。70年の時代の雰囲気と、20世紀末の行方知れずに肥大化しながら不気味に病んでいる東京という都市の雰囲気が対照的にとても見事に描かれています。
(2)作者が真っ向から、「国家」という物に対して取り組もうとしている姿勢が圧倒的です。これは明らかに前作『あ・じゃ・ぱん』の延長線上にあると思われますが、近年、ミニマム、トリビアルなものへの嗜好が目立つ文学界では、まことに快作といっていいと思います。
といったところですかね。ただ、気になる点もまるでないわけではありません。今度は少し気になるところを考えてみますね。
(1)後半へのストーリー上のテコとして、「顧客つき携帯電話」というものがポイントとなっているのですが、その取り扱いについて、ややリアリティに欠けるかと思われました。
(2)前作『あ・じゃ・ぱん』と違って、主人公は見事なまでにアンチ・ヒーローとなっており、そこに一種の目新しさがあると思える一方、そのような主人公に行動を起こさせる動機に「アイデンティティー探し」を設定していますが、これだけで乗り切ってしまうにはやや長丁場過ぎるかな、と。だから終盤なかばあたりの描写・説明が、やや繰り返しの上滑りになっている様な気もしました。
と考えてみましたが、でも総体としては、この小説はとっても上々だと思いました。
いやー、ひさしぶりに気持ちよかったですね。
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この主人公や作者のノスタルジーは、年代の違う自分には共感できる部分が少なかった。文章が淡々とし過ぎているし、会話も誰が言ってる事なのか分かりずらい箇所があった。ラストはとても良かった。
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購入者:矢北 返却:(2007.8.15)
中国の山奥にいた主人公が30年ぶりに日本に帰ってきたというお話です。主人公が30年ぶりに目にした日本は・・・。親の世代の主人公が若いまま止まってしまった価値観で見る今の日本。一概にどちらが正しいというものではないとは思うのですが、どうなんでしょ・・・。私の30年後・・・・・・。
貸出:中山(2008.8.18)
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文化大革命について、私は何も知らなかった。これを機に、勉強してみたい。
いろんな意味で、興味深い作品。
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私も玉手箱の煙に咳き込んでいる「浦島」だから多くの接点あり一気に読めた。
援助交際志願?の女学生、なんだかわからんが権力ばりばりの黒幕である昔の同志、過去と現在がときどきうまく描き分けられていない、そして1960年代後半を知らぬ「”非”ららら科学の子」には無縁といういくつかの難点あり。
が、最近流行の1960年代〜70年代の懐古感を扱った作品の中では過去も現在も同じように冷たく観察している秀作。陳腐な「昔はよかった」「なんたるこっちゃ今の日本」はなし。
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阿童木、って言うんだ、中国語で。
中国の田舎の村の土にしがみついて生きる暮らし。片目で見ながら何度か通ってきたし、一方で駒場東大前〜渋谷のあたりも良くわかる。
物語の舞台が知っている風景で、しかも、その風景の中にいる時はあえて考えないようにしていた両者の格差みたいなものが、ひとつずつ語られるのがしんどくて、何度か読むのを辞めた。
それ以上に青臭いことを学生時代に考えた人にとっては読み辛い小説だと思う。別に学生闘争をやってた世代じゃなくても。
青臭い考えってのは、メグマレタセイカツとか、ケンリョクとかに対する反抗心とかで、70年前後から文革の終わりまでは、中国の共産主義がひとつの解だと思ってる人がかなりいたらしい。私の習った中国関係の研究者には、若い頃に中国に夢を抱いていたと言う人が多い。
でも、本当に70年代の中国に渡って下放されて、土の上に生きたなら、とまで考える勇気なんてなかっただろう。
今の中国の田舎にだって、私は暮らせない。
だから真面目に青臭かった人ほど、最後まで姿を現さない、「主人公の昔の友人」と一緒になって悶絶する。
そしてきっと、悶絶する人しか、最後まで読む気にはならないと思う。
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その昔、「気分はもう戦争」が出版された時、なぜか共産党から、「エリア88」等と一緒に”キナクサ漫画”と批判されていた。
赤旗に載って、それを朝日新聞が紹介したのだと思う。
その後「気分はもう戦争」は共産党的にどのような評価になったのかは知らない。
本作中の「博士の異常な愛情」に対する評論家のもののわからなさのくだりは、それを思い出させたよ。
ただし、肝心の矢作俊彦がそれを知っていたかどうかは知らない。
でも、最近のSFやミステリーでさえ、この程度の”悩める主人公”や”過去を引きずる男”はお手のものだから、日本文壇は褒めすぎのような気がするね。
でもさ、「気分はもう戦争」には、”あの世代は戦争ひとつ満足に楽しめなかった”というセリフがでてくるけど、この本を読むと、団塊の世代もどうしたもんかね?と思うよ。
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見覚えのある風景と変ってしまった風景が混在する東京に、30年振りに中国から戻ってきた主人公の取り留めのない足取り。
何をどのように辿ったらいいのか、そもそも何をしたらいいのか掴みきれないままさ迷い歩く主人公。
最後に何か見つけたようですが。
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殺人未遂に問われた「彼」の、30年ぶりの帰国。50歳の少年は、未来世紀の東京に何を見たのか?
設定からなんとなく起伏に富んだ波乱万丈の物語かと思っていたので、本の半分ぐらいまではずっと「いつ事件が起こるんだろう?」と思いながら読んでいた。
しかし、これはそういう話ではなかった。
ただただ、30年ぶりに日本に帰ってきた男の話――本当にそれだけの話だった。
けれどその「それだけ」の話が濃い。
まずは中国と日本という国の違い、そして1960年代と2000年代という時代の違い。このふたつが変に現実離れしたおかしなものに感じられるのはなぜだろう?
思い描いていた未来は想像よりも生々しく、それでいてあっけない。主人公の「彼」が今の東京を歩いて感じる様々なことが、二重写しのフィルムを見ているようなブレを感じさせた。
まっすぐに歩けるんだけど、なんだか違う、というような。
情感豊かな文章なのだけど、あえて主観を拒んでいるようなところがあるので、その感情の空白にときどき戸惑ってしまった。
物語として密度が高い文章なのだが、切り詰めた書かれ方をしているので、読み手がところどころその「間」を補いながら読まなくてはならないのだと思う。
この小説では、30年という時間の隔たりを扱っていながら、テーマは「郷愁」ではない。
この30年という時間はノスタルジーに浸るにはあまりに近く、あまりに長い。
過去は未来と同居していて、しかもあまり仲良くないらしい。
これらの雑多な矛盾が、しかし「現実」というものにくるまれれば、不思議と全てが丸くそこに収まっている。変な話だけど、その変な話を客観的に描くと、こういう小説になるのかもしれない。
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「傷だらけの天使」も浦島太郎状態の主人公でしたが、こちらも30年ぶりの中国からの帰国です。帰国後になにかドラマチックな事が起きるのかと思って読み進みましたがそうではなくて、なんとなく流れに身を任せていきます。主人公の心のひからびた感じがすごくよく描かれているなと思いました。前向きなラストも好きです。
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傑作。共産中国から30年ぶりに日本に密入国した
男の目を通してみた東京の街の姿が面白い。
個人的には広尾の図書館や麻布十番の公園、
白金のマンションなどが舞台になっているのがうれしい。
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前後を無視し、小説空間の中だけの「いま」を切り取ろうとした感じ。主人公は学園闘争時代に「殺人」を犯し、文革真っただ中の中国に逃げるのだが、貧しい地方の農村に下放され、時代の流れに取り残されたように生きていたが、妻が家出したのを契機に日本に帰る決意をする・・・。物語は、トピックスにあまり深入りせずに、出来事が積み重なって淡々と推移する。読後感があまり残らず、印象に薄い。少し残念です。
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表紙にアトムが!でも全然関係ないです。
学生運動で殺人未遂。中国に逃げ貧しい農村で30年間暮らしたおっさんが日本に帰ってきて、色々起こるけど実は特に何も起こらない話。純文学ってやつです。たぶん。しかも長編。
中国での生活の話は面白い。その時代の中国はホントにこんな感じだったんだろうか?でも日本での出来事は現実離れしてる気がしてイマイチのれませんでした。
このおっさんと同じ位の年の人が読むとがっつりはまるんじゃないかと思います。
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中国から30年ぶりに帰国した男の覚醒の物語ということですが、正直背景からしてよく分かりませんでした。
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タイトルを見て、20世紀の科学技術の発明をまとめたものかと思っていたら、まったく違った。この本に限らず、タイトルってあてにならない・・・
全共闘が盛んだった頃に、学生運動をしている最中に殺人未遂を犯した主人公が中国に逃れ、文化大革命の騒乱に巻き込まれて、中国の田舎で、農業をやりながら30年暮らしてきたけれど、中国人の妻が彼を置き去りにして都会へ行ってしまったため、中国にいる意味がなくなり、蛇頭による非合法入国で日本に帰国してきてからの話。とはいえ、話が全く進まない。何事にもやる気がない主人公は、拉致されたり、殴られたり、刺されたりする以外、援助交際している女の子とご飯を食べているだけ。30年前に別れた妹には、電話を1本掛けただけ。後は、やくざみたいな昔の友達の多大な援助で暮らしている。最後、アトムが法を犯して海の向こうの少女を助けたように、主人公は中国に置き去りにした奥さんに会うために中国に向かうところで話は終わるが、ハッピーエンドは全く期待できないね、これ。お前はアトムには絶対なれない!主人公が嫌いだったため、はやく終わらないかなあといらいらしながら読んだ。