紙の本
断片のまま放置された記憶
2007/02/12 22:09
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投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み終えたばかりのミシェル・ビュトール『時間割』の感想文でも書くかと思ったけれど、この五部構成の作品は記憶語り(過去の月日の浚渫作業、時間割の綿密な再構成)の五つの方法によるカノン(輪唱)の形式をとっていて、それらが錯綜していくにつれてそこで書いているのはルヴェルなのかブレストンなのか、書かれているのはルヴェルのブレストン滞在一年間の個人的な記憶なのかブレストンという中世都市の血塗られた歴史なのかが濁った牛乳まじりの陽光のようにしだいに曖昧になっていく──と思いついたところでそんなことはとっくに作者自身が自作解説のなかで明かしている(と訳者の解説に書いてあった)し、第一、小説の「時間構造」や作品世界の礎石のところにしつらえられた二つの神話(旧約聖書のカインとギリシャ神話のテセウスの物語)や作中にしつらえられた推理小説(『ブレストンの暗殺』)とのつながりの構造などを暴いてみせたところでそれはそれだけのことで、五つの記憶語りがオーバーラップする最終章はかなり難渋したものの総じて読み進めていくことの愉悦を与えてくれた(ゴダールの『勝手にしやがれ』のようなタッチで全編ルヴェルのモノローグつきの映画にしたら面白いだろうと思った)この作品の「時間構造」や構築された(あるいは断片のまま放置された)物語世界のなかでどういう体験をしたかを我と我が身を抉るようにして書いてみないと何も書いたことにはならない。
紙の本
知的であるということ。
2008/09/30 11:50
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投稿者:わたなべ - この投稿者のレビュー一覧を見る
原題はL’Emploi du tempsといって、これは「時の用法」とも訳せ、まるで文法書のようにも読めるのだが、「小説についての小説」としてのこの作品の成立をうまくあらわしたタイトルだといえる。作家の伝記的事実からおそらくマンチェスターがモデルだと思われるイギリスの架空の都市ブレストンを舞台に、一年の契約で働きにきたフランス人ジャック・ルヴェルが、未知の都市で孤独な生活に押しひしがれたようになり、日記を付けることで町の圧力に抗し自己を取り戻そうとする話。『ブレストンの殺人』という推理小説が重要な小道具として登場し、彼を都市に近づけ、しかもその小説の物語が実際の事件をとりこんだものだったために彼の生活自身が推理小説的容貌を示し、人間関係の闇に取り込まれ、さらにそこに恋愛がからんで、と複雑な展開をするのだが、日記の記述がそもそも十月二日から九月三十日までの一年の滞在期間のなかば、五月一日に、十月二日のことを想起して書かれる、というはじまり方をするため、次第に思い出されている遠い過去の日付と思い出している当日の日付の記憶(記述)が前後、混淆し、さらには日記を読み返して思い出したことやその時に推理したこと、あるいは未来(の予測)などがどんどん書き加えられていくので、時間軸がどんどん折り重なって、事件の推理小説的迷宮性と、恋愛の心理的迷宮、さらに見知らぬ都市を彷徨い歩く迷宮性が時間の迷宮性と交錯してきわめて複雑な構造をつくりあげていく(文体的には、フランス語で書かれているというのを考慮に入れれば、かなり複雑で面白い時制の魔術的使用があったろうと想像され、改行さえもコンマで繋いでゆく長文のところなど、翻訳で読んでもそういう技の冴えは推察できる)。非常に丁寧に作り上げられていて、まあ正直先行する形式意識を充実させるための綿密な細部記述といった印象は拭い難く冗長であるのだが、まあいまとなってはほとんどエンターテイメント的によくできていて面白い(たとえば法月綸太郎などはとても強く影響を受け参考にしているんじゃないだろうか)。おそらくはジョイス(というかユリシーズを評したエリオット)を意識したのであろう物語の枠組みとしての神話(カインとテセウス)や、もっと後の、小説という形式を放棄した後の活動と直接関係するような美術、建築などに関する詳細で含蓄のある記述なども読みどころで、特に後者は観光と都市論の視点からも読むことが可能なものじゃないかとも思った。というか、この知の楽観主義はやはり良質な職業的知識人のもので、実は小説という形式にはそぐわないのじゃないかとさえ思う。
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久しぶりに物凄い小説に出会った。フォークナーやジョイス、ブルーストを上回る作品かもしれない。
一度読んだだけでは語れないが、幾重にも時間と記憶が重なる構造手法であったり聖書の普遍的物語を下地に用いる手法、決して苦にならない引きずり込まれる文章など全ての要素においてレベルがあまりにも高い。
改めて小説の奥深さに触れることができた物凄い作品です。
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時間割を昨日から読み始めました。ビュトール。
マンチェスターをモデルにしたブレストンという都市を舞台にした小説。分裂、鏡像、カノンを執拗なまでに追及した、現代の日記文学。
いまんとこ、この小説の言いたいことは、「日記はその日のうちに書け。溜めて書こうとすると、大変なことになるぞ」ということらしい(笑)
(2007 06/07)
「時間割」と「ユリシーズ」
今日、ビュトールの「時間割」読み終えました…んーっと、すぐ最近読んだ本とむりやりにでも比較してしまう癖がある自分は、「ユリシーズ」と比べてしまうのでした。この2作品は関係大あり。何せ「時間割」の迷宮はダイダロスが作った。ダイダロスとは他でもない、スティーブン・「ディーダラス」のことだから…
まず、異なる点から。まあ、なんてか読後感が違うのね。緻密でほの暗いビュトールと、放言的で明るいジョイス。あとは語りの人称かしら。日記だから当然1人称のビュトールと、3人称ってか誰が語っているか全くわからんジョイス。
続いて共通点。
まずは、両者とも神話がベースになっている。20世紀文学らしい。続いては時間。ジョイスは1日、ビュトールは1年。この区切りが大切。
言ってみれば、方法は似てるが、気分が違うといったところ。ただ一番の共通点は「麻痺」というテーマかも。その点では町を通りがかる多数の人々こそ、主人公なのかも。
おまけです。
このルヴェルの日記には触れられていない、避け通している「何」かがある。探偵は犯人。だとすれば彼こそ放火犯?
語られなかった2月29日に何かある。
これを読むあなたも放火犯?(2007 06/13)
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カフカ的不条理めいてるけど、そうではない。とても難解な小説。そんで、究極にアンチクライマックス。忍耐心とかを養いたい人に最適。
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架空の街に対する憎悪はどこから来たのか?それは日記を書く根拠というより、日記を書くという行為がそれを生み出したよう。
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ある事件。事件といってもフィクションの世界ではたいした事件ではないのだが、ともかく、その事件をきっかけに時間の潮流が二層三層と多層化していくあたりがこの作品の醍醐味か。
ただ、自分はまださわりですらない第1部が最高にいいと思った。読者はフランス人であるジャック・ルヴェルとともに濃霧と煤煙に包まれた都市ブレストンへ、深夜のハミルトン駅へと降り立つことになる。赤い17番バス、泥炭の泡立つ黒い川、大聖堂、飾り窓やブリキでできたビールの看板。頻繁に風景ショットが挿し込まれ、あたかも自分もこの街を彷徨っているかのような陰鬱な気分にさせられる。
是非、お試しあれ。
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読みながら興奮してにやにやしてしまうような、そういう小説を読むことの喜びをひさしぶりに味わった。
タイトルの時間割という言葉がいったいなにを指すのかもわからないまま読みはじめると、日記(現在の時間の流れに属しながら過去を記録する)の形式でこの物語が進められることを知り、過去の一日が現在の数日にわたって語られること、あるいは逆に過去の数日が現在の一日のうちに語られること、そうした時間の自在な伸縮から、この小説は時間そのものをまなざすような物語なのではないかという予感がわいてくる。
その予感は第二部になると現在の出来事をあわせて記述するという方法でより明瞭になり、このあたりは解説でもわかりやすく触れられていたが、第四部に至るとこの日記自体を振りかえり、そこに新たな意味づけを行なっていくといった作業が展開される。
ひとつの出来事はまた別の出来事を呼び起こし、それらが時間を行きつ戻りつして連関し合う。それはまた海から記憶を引き摺り出すことでもあり、幾度にもわたって時間と結びつけられる水の比喩は、この都市にながれる黒い川、絶えず窓を打つ雨へと繋がる。
とりわけ第一部の、この陰鬱な都市の有り様を探索してゆくパートはとにかく引きこまれる。ブレストンの町は数々の生物的な比喩に覆われ、その息遣いがこちらにまで迫ってくる。すべてはこの町の器官なのだ。そうして冒頭の滴に灯りの映る描写から反復される水と炎のイメージが都市を、あるいはルヴェルを飲みこんでゆく。
これだけでもうかなり嬉しいのだけれど、さらにこの小説の根底に横たわる存在としてふたつの神話があり、それは大聖堂、姉妹、探偵小説(これらはいずれも対をなす存在として鏡に象徴される、ということは解説で語られてしまった)といった幾つもの要素を支え、結びつける。この探偵小説『ブレストンの暗殺』は作中作的な役割を果たしながら、『時間割』という小説自体に探偵小説的な枠組みをもたらし、しかも順行=逆行の構造として呼応する。
……と、深い考察があるわけでもなく書かれていたことをほとんどそのまま記録しただけなのにずいぶんな文字数になり疲れてしまった。ほかにもよかった場面とか好きな要素とかたくさんあるんだけど、ほんとうになにより疲れてしまったので、そのうちまた読んでじっくり考えられたらと思います、きっとまた読みますので、、、、