紙の本
井上ひさし全著作レヴュー42
2011/02/08 18:37
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:稲葉 芳明 - この投稿者のレビュー一覧を見る
初出は『海』1979年12月号。初演は1979年11月、五月舎・紀伊國屋書店提携公演、演出:木村光一、上演劇場:紀伊國屋ホール。
歴史上の有名人を戯曲化した所謂<評伝劇>も、一たび井上ひさしの手にかかると、平賀源内の分身(表源内と裏源内)が登場したり(『表裏源内蛙合戦』)、曹洞宗開祖道元と現代の精神病患者の話が同時進行したり(『道元の冒険』)、軍神乃木希典を三頭の馬が語ったり(『しみじみ日本・乃木大将』)と、並の作家には一生かけても思いもよらぬ奇抜な趣向が施され、ただの芝居好きには想像もつかぬ展開が待っている。では、芭蕉と並び日本人なら知らぬ者はいない俳人小林一茶を作者はどう趣向を凝らし、どう展開させたか?これが何と、劇中推理劇なのである。例によって、戯曲執筆に当たっては史料渉猟徹底をきわめたそうだが、膨大な資料を精読した上で、「この戯曲に登場する人物はすべて実在し、この戯曲の扱う事件はなにによらず史実」であり、つまり、実在の「人物」と実際の「事件」に基づき想像力を駆使して物語を拵えたわけである。
文化七年(1810年)十一月八日の夜。札差井筒屋で起きた四百八十両盗難事件直後を「基本となる時」として設定し、ここから劇中推理劇がまずは始まる。劇中劇が展開するに伴って一茶の半生が語られ、とそのうち、俳句論を通して芸術論・日本人論が開陳され、推理劇は意表をついたツイストを見せ、最後は中心と周縁ならぬ地方(農村)から撃つ痛烈な都市(江戸)批判へと繋がっていく。劇中推理劇の大詰め、盗難事件の真犯人は誰だったのか、そしてそもそも何故このように手の込んだ御吟味芝居が仕組まれたのかが明らかになった時、一茶の評伝劇とその外枠に仕掛けた筆者の企み(=主張)が同心円状に見事に重なり合う。
「小林一茶」という、凡庸な作家がごく真っ当にストレートに描いてもそれなりの芝居になるであろう素材を、このように二層三層の多重ドラマ構造に仕立て、しかも、芝居数本分の素材を惜しげもなく投入する井上ひさしに対しては、唖然感嘆して凄いと呟くしかない。
投稿元:
レビューを見る
痩せ蛙負けるな一茶ここにあり
やれ打つな蝿が手を擦る足を擦る
雀の子そこ退けそこ退けお馬が通る
容易に思い出す一茶の句からは、好好爺のイメージだったけど…
いやいや、なかなか世俗にまみれた…というか、
金銭に執着し、自己顕示欲の強い、おまけに好色な
キャラクターであったらしく、これは、そうした様が、
実にリアルに感じられる戯曲…
そもそも、もともと俳諧などといったものは、
高尚な芸術ではなく、この戯曲でも、
冒頭、俳句を賭け事のようにした懸賞句会?
の様子が活写されていて興味深い…
17文字に同じ音をたくさんよみこんだ者が
掛金を手にできる…というもの。
六つが勝負の山だろう…というので、
ボクもちょっと遊んでみた…
ののさまののうのうとするはるののの
へへっ! 9つ入れちゃった!
…と喜んでみたものの…戯曲は、驚きの展開!
弥太郎(一茶)が出したのは、次の句…
よいがうえいよいよよいよよよのはる
それを負かしたのが竹里の…
ながくただなづなななつなたたくかな
なんと! 回文になってるのです!
弥太郎、竹里に女およねが絡むこの芝居…いいです!
投稿元:
レビューを見る
「小林一茶」井上ひさし著、中公文庫、1990.09.10
209p ¥400 C1193 (2024.01.21読了)(2024.01.19入手)
小林一茶を主人公とした戯曲です。
1979年11月1日に東京新宿・紀伊國屋ホールで初演されています。
単行本は、1980年2月に刊行されてます。
小林一茶が、江戸に出てきてから柏原村に帰るまでを虚実織り交ぜて芝居にしております。芝居を観たら大笑いしながら楽しめそうです。
小林一茶について、これで5冊目になりました。あとは、句集を読めれば、終わりにしたいと思います。
カバーの絵を見ると、丘の下に家が一軒あるように見えたのですが、よく見たら、「一茶」と書いてあったのですね。「茶」の字が家に見えるように書いてあります。山藤章二さんでした。
【目次】
壱 賭け初め泣き初め江戸の春
弐 芝居仕立て
参 最上川の歌仙
四 あれこれと集めて春は朧なり
五 さらば笠
六 芸の生る木の植えどころ
七 一座
八 咥え紙
九 灸
拾 明神一座の請負仕事
拾壱 影絵芝居
解説 扇田昭彦
☆関連図書(既読)
「一茶」藤沢周平著、文春文庫、1981.12.25
「ひねくれ一茶」田辺聖子著、講談社文庫、1995.09.15
「小林一茶」青木美智男著、岩波新書、2013.09.20
「一茶の相続争い」高橋敏著、岩波新書、2017.08.22
「青葉繁れる」井上ひさし著、文春文庫、1974.07.25
「吉里吉里人」井上ひさし著、新潮社、1981.08.25
「私家版 日本語文法」井上ひさし著、新潮文庫、1984.09.25
「井上ひさしのコメ講座」井上ひさし著、岩波ブックレット、1989.05.22
「続・井上ひさしのコメ講座」井上ひさし著、岩波ブックレット、1991.11.20
「泣き虫なまいき石川啄木」井上ひさし著、新潮文庫、1992.08.25
「マンザナ、わが町」井上ひさし著、集英社、1993.09.25
「父と暮らせば」井上ひさし著、新潮文庫、2001.02.01
「ボローニャ紀行」井上ひさし著、文春文庫、2010.03.10
「この人から受け継ぐもの」井上ひさし著、岩波書店、2010.12.17
(「BOOK」データベースより)amazon
俳諧師夏目成美の手文庫から忽然と消失した大金四百八十両。推理劇仕立てで進行するうちに、思いがけない趣向のどんでん返しが待ち受ける…何重にも施された仕かけによって、おかしく哀しく敬虔に俳人一茶の半生を描き出す傑作戯曲。第十四回紀伊国屋演劇賞個人賞受賞。第三十一回読売文学賞(戯曲部門)受賞。