投稿元:
レビューを見る
自分は小説が苦手で、ほとんど読みません。ましてやこの著者であるレイモンド・カーヴァーさんのことも彼の他の作品の事もまったく知りません。
ですが、この本のタイトルになっている、「大聖堂」という物語は本当に大好きで、何度も読み返してしまいます。原書も持っています。もちろん(がんばって)読みましたw。
ストーリーは、少し昔の、ダイヤル電話の時代ぐらいのアメリカに住むある夫婦。奥さんの文通相手の盲目の男性が家に遊びにくるけどそれが気に食わない旦那。
余談かもしれませんが、三角関係の恋愛ものではなく、盲目の男性と旦那の物語です。
ネタバレになるので詳細は言えませんが、ラストシーンは何度読み返しても胸が熱くなります。
投稿元:
レビューを見る
2011.11.5読了。
「みんな、こういうことって他人の身にしか起こらないと思っているんだ」
表題作を含めて、ほんとうにおもしろかった。
投稿元:
レビューを見る
短編集。「ささやかだけど、役にたつこと」に惹かれて読んだ。一番好きなのはこの一編だけれど、表題作もラストが胸に迫った。
希望の余韻を感じさせる話、どうしよもうなく堕ちていく空気を感じる話、後戻りできない寂しさを感じる話、それぞれの短編が、読む人の経験に語りかけてくるように思う。
投稿元:
レビューを見る
米国の小説家レイモンド・カーヴァー(1938~1988)の短編集です。この作品を手に取るまでは小説から長く離れていたので、カーヴァーには失礼ですが、リハビリのつもりで読みました。
普段は短編集というものをあまり読まないのですが、本作程のクオリティをもつ作品であればまた読みたいと思わされてしまう。全12作品収録。「羽根」「保存されたもの」「大聖堂」など読後の余白を楽しめる作品もあれば、「ささやかだけれど、役にたつこと」など、あるがままに読み、あるがままに感動する作品もある。
全体的には悲壮感漂う作品群となっていますが、村上春樹氏の丁寧な日本語訳による効果もあるのか、読み心地の良い仕上がりではないかと思います。
投稿元:
レビューを見る
数十億の人々の生の営みは、宇宙の歴史からは無いに等しいのに、こんなに
美しいのだと思わせてくれる作品群。
つかの間の幸せ、苦い過去、どうしようも無い現実、ささやかな希望…。
そんな要素が私達人間を形作り、尊い
この世界の揺りかごで、刹那の夢の為に命を削り続け、やがて還る。
覚えていよう、忘れてもいいささやかな出来事。思う事を科せられた人の意識の流れの為に。
投稿元:
レビューを見る
アメリカという舞台や村上春樹の洒落た文体とはうらはらに,
なんというか,日本の古い名作映画を見ているような気分になります.
映像は白黒で,音楽はなく淡々としていて,
それでいてひとつずつのカットが練られていて,
会話の間の妙でこちらにそれぞれの気持ちを推察させるような,
そういう力を感じます.
リアリティある突き放した人間の描き方や,
身近なもの,些細な出来事の象徴的な使い方がそういう気にさせるのかもしれません.
洞察力があって誠実な,いい作家だと思います.
投稿元:
レビューを見る
一つ一つの完成度が凄まじい。カーヴァー最後の短編集にして到達点。最後の作品集が最も良い、というのはなんだか嬉しい。作家の積み上げていったものが、円熟を迎えて終わること。人の人生一つ一つもそうありたいなあ、と思う。
表題の大聖堂、という話が一番好きですね。
救いのあるカーヴァーが読めるのはこの短編だけ。
やっぱり、『大聖堂』を読んだ後にくる感動は、どの他の作品でも味わうことのできない種類のものであり続けている。邂逅、という言葉なんだと思う。僕らが普通に重ねる表面的な出会いは、ただの付き合いで、実際の魂の邂逅とはこういうことを言うのかもしれない。その新鮮で無垢で、誰も開いたことのないところを主人公と一緒に追体験できる。そんな本は他にない。
投稿元:
レビューを見る
大学生時代に図書館でかじりつくように読んだレイモンドカーヴァーの中で一番好きになった一冊。
別にどうってことない日常を淡々と書いてるのに、読み手に考えさせる一冊。
投稿元:
レビューを見る
大きな車が一台病院の正面に停まって、そこにロング・コートを着たどこかの女が乗り込むのが見えた。私もあの人のようになれたらなあと彼女は思った。そして誰かが(誰でもいい)車でここから何処かへと連れさってくれるのだ。
『ささやかだけれど、役にたつこと』
投稿元:
レビューを見る
「ささやかだけれど、役にたつこと」「ぼくが電話をかけている場所」「大聖堂」の三編がとにかく素晴らしすぎた。
「ささやかだけれど~」、子供の誕生日に子供が交通事故に遭い、病院に運ばれ昏睡状態に陥ってしまう。医者は大丈夫、ただ眠っているだけだからいったん家に帰って休みなさい、などというものの家に帰る勇気が出ない主人公。なんとか家に帰るとそこへ一本の不審すぎる電話。子供を失った夫婦にはいったい何がささやかながらにも役に立つのだろう、ということを描いた作品。
「僕が電話をかけている場所」素敵な過去の、そして現在も続く恋のお話(アル中の)。
「大聖堂」妻とつきあいのある盲人の男が部屋に泊まりに来ることになる。夫である主人公はそれを快く思っておらず、差別的な発言を弄して妻の反感を買う。
盲目の男が部屋に来てもその態度は続く。優しく盲目の男に寄り添う妻、不快感をあらわにする夫。しかしそれが最後には実に鮮やかに逆転してしまう。
投稿元:
レビューを見る
前短篇集『愛について語るときわれわれの語ること』では、満たされぬ女、落伍しつつある男の絶望的な瞬間をばっさり切りぬいた胸苦しい作品が多かった。しかし描かれないラストや行間にわずかな光や望みを感じた。その続きとして『大聖堂』という短篇集があり確かな何かを描いたのかなと思った。破綻した主人公たちを支える前世代的な良き夫婦が現れ道を示す話が多くなった。『僕が電話をかけている場所』がとても好き。ジャック・ロンドンや井戸の中やロキシーのエピソードそしてラストもとても良かった。『熱』『大聖堂』では再生がみられ『羽根』にもどこへ行きたいか道が示されている。『ささやか〜』は『愛について〜』の中の『風呂』とあわせて読むと作者の大きな転換がみられて面白い。『コンパーメント』はずるずるアリ地獄に落ちていくように結果ダメ男になるけれど、あれは息子達を大事に思うゆえのずるずる感なのではないかと、私は思う。冷淡なダメ男ならばあんな絶望にはならないのではないかと。素晴らしい短篇集だった。
た。
投稿元:
レビューを見る
全体的にほろ苦かったり、もっと苦かったりするけど、思わず笑ってしまう箇所もあって、優しさも感じられて、読んだ後、気分がいいです。
投稿元:
レビューを見る
ささやかだけれど役にたつこと、大聖堂、熱、コンパートメントが好き。
特にささやかだけれど〜と大聖堂の美しい結末。
投稿元:
レビューを見る
レイモンド・カーヴァーのマスターピースが収められた短編集であるが、個々の作品である「大聖堂」、「ささやかだけれど、役に立つこと」、「ぼくが電話をかけている場所」は既に読んでいたので、この短編集自体は未読であった。しかし、他にも優れた作品があるといわれているし、短編集として改めて読んだ一冊。
前述の3作品がどれも完璧な作品であることは最早言うまでもなく、何度読み返しても素晴らしさを実感できる。「大聖堂」の静かに胸に湧き上がってくる感動や、「ささやかだけれど、役に立つこと」の全く別種の悲しみを背負った2組の奇跡的な邂逅など。
一方、未読の作品では「熱」が素晴らしいと感じた。妻に逃げられた美術教師が子供の世話をしてくれるベビーシッターを探し苦労する中、ようやく見つけた一人の老女性との出会いにより、別れた妻を吹っ切り次のステップを進む端緒を見出す。ベビーシッターの老女性は全てを見通している超越者のようにそこに存在し、進むべき道を教えてくれる宣教師のようでもあり、静謐な美しさが印象に残る。
投稿元:
レビューを見る
とても、おもしろかったです。
読むと、心がざわざわする短篇ばかり。
人の何気ない行動とか、その人の目に映る風景などの描写が続くのですが、それらがこんなにも人間の感情を映し出しているなんて、と驚かされます。
すぐれた小説は映画と同じなのかも。直接的な言葉であれこれ説明しないところが。
村上春樹氏の解説も良かった。
同じものを読んで、こんなにも理解力が違うとは! 驚きます、自分に。(笑)
でも、村上さんが選んだ「ベスト4」より、「それに続くAダッシュクラス」の作品が私は軒並み好きでした。「轡」とか「熱」とか、すごく好きだなぁ~。
うーん、でもやっぱり「ささやかだけれど~」もいいし、「羽根」や「コンパートメント」もいいな。
どれも甲乙つけがたい作品集です。