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紙の本
女を生きる――限られた自由の中で。
2010/01/15 20:33
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:惠。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本作には、5篇の短編が収録されている。そしてそのどれにも自律した女性が登場する(【自律】――(1)他からの支配や助力を受けず、自分の行動を自分の立てた規律に従って正しく規制すること。――大辞林より――)。
商人の妾となって数年――水茶屋商売から足を洗っていたかつ江は「一生面倒を見る」という約束を反故にされ、再び商いを始める決意をする。しかし男に「捨てられた」というのにかつ江に悲壮感はない。これからのことを考えて生き生きしてさえいる。男でも金でも、かつ江は目の前に何か追いかけるものがないと生きてゆけない。(『芥火』)それがかつ江の性だから。
本書には、かつ江のように信念を持った女が何人も登場する。ところがそういう女がいつも主人公となるかといえば、そうとは限らない。
例えば『柴の家』――この作品では主人公は、実家より位の高い旗本・戸田家に17歳で養子入りした新次郎である。養子先で新次郎を待っていたのは、病人の義父とその妻、そして後々新次郎の妻となる14歳の娘だった。娘は新次郎に関心を示すことのないまま新次郎と夫婦になり、妻の「義務」として男児を産んだ。そしてその家庭には新次郎の居場所はない。
新次郎は次男が故、実家の家督を継ぐことは許されない。実家にとっては戸田の家は「なにかあったとき」の保険であり、妻と姑にとっての新次郎は「世間体のための」夫である。そこに新次郎の意志が介入する隙はなく、すべては家と家が決めたこと。新次郎は家にがんじがらめにされている。
「戸田」の家においての新次郎の役割は、世間体のための「主」としてただ「いる」だけでよく、新次郎は暇を持て余していて。そんな折に偶然見つけた陶房で、彼は陶芸に魅せられている。陶房の老主人には14歳になる孫娘がひとりいて、名は「ふき」といった。
やがて時は往きは年老いた主も逝き、陶房はふきが継いだ。22歳になったふきはただただ自分の信念のもとに焼き物を焼き続ける。注文が途絶えたふきの陶房を見かねた新次郎の援助の申し出も、彼女はきっぱりと断った「おじいちゃんが遺してくれたもので、わたしひとりの暮らしはどうにでもなりますから」。そんな彼女を見て新次郎は、自分がいなくとも成り立つ「戸田」の家に思いを巡らせる…。
江戸時代とは、女だけでなく男までもが自由とは程遠い時代であったようだ。自由だったのは天下人ただひとり也か…と思いを馳せてみたところで、覇権争いがためその生を翻弄された将軍がいたことに思い至る。もしかしたら、最も自由に江戸時代を生きたのは「町人」と呼ばれた人々だったのかもしれない。
そんな時代だからこそ、本書に登場する女たちの自律っぷりが映えている。縛る「家」がない彼女たちは、自分の信念のもとにのみ生きている。これを「自由」と言うのだろうか。
昔、ソ連がロシアとなった年。日本に滞在していたロシア人留学生が「私たちは自由だ。勉強するのもしないのも自由だ。だからわたしは勉強をしない。」といったようなことを言ったと聞く。「自由」ってなんなのだろうなぁ。そんなおぼろげなことにまで思いを巡らせてしまった作品だった。
『夜の小紋』収録作品
・芥火
・夜の小紋
・虚舟
・柴の家
・妖花
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