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紙の本
ことば遊び、だじゃれ、っていうのは普通、下品ていうかつまらないものになるのですが、このしょうせつのそれはとても上品で、思わず微笑んでしまいます。中村航の小説を少しだけ思い浮かべました。
2009/04/24 20:07
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
気に入った本の装幀のいくつかをクラフト・エヴィング商會がやっているのに気付いたのは、そんなに昔の話ではありません。ツィードかなにかの古い、それでいて仕立てのいい服をきたお爺さんが煉瓦造りの古い建物の一角の部屋で、陽光を一身に浴びながらマイペースで、それでいて一心不乱にデザインしている。
そして休むことも忘れているお爺さんに、時間がくるとやさしい孫娘の事務員が、そっとお茶を用意する。その気配に気付いた老人が「もう、こんな時間か」といいながら、その孫娘(ここに拘りたい!)に微笑み返す、そういう姿を勝手に想像するんです。妄想っちゃあ妄想なんです、想像妊娠と同じくらいの思い込み。
デザインも、そう思い込ませるくらいに優しくて心地よい装幀をする。それだけではありません。なんともいえない愛らしいオブジェを作ったり、懐かしい小物を写真に撮って本の中で使ったりします。 そんな[クラフト・エヴィング商會]が、吉田篤弘+吉田弘美という二人からなるユニットであり、小説も書くと知ったのは2005年に出た『アナ・トレントの鞄』でした。
でも吉田篤弘が一人で小説を書いていることに気付いたのは、もっとあと『それからスープのことばかり考えて暮らした』を書店で見つけたときです。そして同時期にアンソロジー『極上掌篇小説』で、吉田の「曇ったレンズの磨き方」を読み、いや難解な話も書くんだ、と驚いた次第。ですからこの本は私にとって、四作目の吉田篤弘、ということになります。
目次は見ているだけで脱力してしまいそうなシンプルさです。「小さな男」を語り手にした章が、#1~#10まで。「静かな声」を語り手にした章が、#1~#10まで、あわせて20の章からなりたっています。ま、章、というほど大げさなものではなく、もっとさりげないものではあるんですが・・・
で、お話はじつにゆったりと、暖かみをもって進みます。「小さな男」と「静かな声」の二つの話はなかなか交わることがありません。遠くに姿が、というか赤い糸が薄っすらと見えはしますが、それだけなんです。どうなるんだろうか、この二つの線は、なんてミステリを読むようなつもりで意気込んでいると、れれ?って思います。でも書いているのが吉田篤弘なんだから、ね・・・
で、読者としてはメインの流れ以外のところで喜んでしまうんです。例えば「コンリンザイ」をつかった言葉遊び。68頁
「コンリンザイの炒め物って本当にあったら注文しちゃうかも」「コンリンザイのおひたしとか」「コンリンザイの胡麻和えとか」「〈支度中〉の品書きに載せてみたらどう?」「今が旬のコンリンザイ」「ストレスでお悩みの方に」「もう金輪際こりごりと、ため息をついていらっしゃる方に」「あ、そのコリゴリっていうのも美味しそうじゃない?」「コリゴリの煮こごりとか」「コリゴリの酢味噌和えとか」
そして69頁には
「いや、そんなことないよ。俺はこのとおり気の利いたことが言えないんで歯がゆいんだけど、何というか――とにかくしみじみしたいんだな。みんな、そうじゃない?しみじみって何となく良くないか?」
しみじみの味噌汁とか?
なんて。とくに「しみじみの味噌汁」っていいな、って思うんです。「しみじみ」が口の中でいつまでも遊んでいる。舌の先で転がしていると、少しも飽きることがありません。そういえば井上ひさしの戯曲にあったな『しみじみ大将、乃木大将』みたいなのが、なんて自分の頭の中まで勝手に動き始める。
お話ですが、先ほども書いたように二つの流れがあります。「小さな男」のほうの流れの真中に居るのは勿論、小さな男です。名前はありませんが、デパートの6階の寝具売り場に勤務していて、ロンリー・ハーツ読書倶楽部に半年前から参加しています。遅刻をしないことから、周囲から「七分前の男」と呼ばれてもいい、と思っています。
男には二歳年下の、4年前に思いつきで旅したポルトガルに魅了され、かの地の商品を扱う店を始めてしまった行動力のある妹がいて、その妹と一緒に暮らしています。妹は家の二階、男は一階に住んでいて、彼は妹の部屋を観測してはB6のノートに記録を書きとめることを習慣としています。ただし、そこだけ読むと変態さんみたいですが、全然そんなことはありません。
男と同じ会社には、自転車に魅入られた男、小島さんがいます。自転車以外のことをほとんど知らないという剛の者ですが、この人も変人、というよりは面白い人、といったほうが正しいでしょう。小さな男に自転車に乗ることの楽しさを教えることになります。
「静かな声」の流れの中心人物は、嫌いな言葉は「四捨五入」というラジオ局勤務の35歳目前の女性・静香です。こんど、二時間枠の深夜番組を持つことになったばかりのパーソナリティで、弟がいるほかに、頭の中で話しかけてくる〈姉〉がいます。仕事柄、話の種になりそうなことを赤い手帳に記入しています。よく行く店〈只今、支度中〉での身分は、イラストレーター。
静香と二つ違いの弟がシンです。「あかり屋」を職業としていて、彼の作るシンプルな「あかり」は静かに、着実に売れています。静香を新番組に抜擢したディレクターは、西野といいますが、出番はあまりありません。案外思いつきで動く、そんな感じの人です。虹子さんは、〈只今、支度中〉の常連で、酒豪でヘヴィー・スモーカー。彼女の話は、静香の放送のねたになります。
で、「小さな男」と「静かな声」を繋ぐのがジァンジァンのもぎり嬢です。彼女は男が属するロンリー・ハーツ読書倶楽部の古参の会員で、一年中風邪を引いているような様子の痩せた、若くはない女性です。宮なんとか、と小さな男は名前を中途半端に覚えています。
彼女のことを「ミヤトウさん」と静かな声は記憶します。彼女は自分のゴワゴワの髪を隠すため、静香の前では帽子をかぶっていました。そしてミヤトウさんは静香が利用している赤い手帳に見せられ、自分も特別の手帳を使って、いろいろなことをメモしようとします。
これはそういうお話です。装幀は勿論、吉田篤弘+吉田弘美[クラフト・エヴィング商會]。初出 『ウフ.』2006年11月号~2007年11月号、2008年2月号~9月号。単行本化にあたって加筆訂正されています。
紙の本
語りに酔う
2015/03/26 06:44
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投稿者:september - この投稿者のレビュー一覧を見る
ストーリーじゃなくて語りを味わうのが吉田さんの本の一つの読み方なのかもしれない。どこかにあるかもしれない小さな男と静かな声の女のいつも。