紙の本
2009年の日本SF大賞受賞作品
2009/12/27 19:52
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
体内に埋め込まれた医療分子が個々人の健康状態を常にモニターし、病気をいち早く発見してくれる社会。酒やタバコといった健康被害に結びつく物質も既に排され、人々は健全で長命でいる世界を実現した。そうした社会システムに悪影響を及ぼす恐れがないかどうかを監視するWHOの生命監察機関に勤める霧慧トァンは、少女時代に幼なじみ二人と共に自殺未遂を起こした過去がある。
あれから13年、ともに生き残った友人キアンが目の前で自殺を遂げる。あのとき一人逝ったミァハの影がちらつき始めたトァンは、医療経済の中心都市となったバグダッドへ向かうのだが…。
誰もが健康で天寿を全うできる社会。その夢の世界が実現した21世紀半ばに、その社会に矢を放つ組織の存在が見え隠れするという物語です。
読者の眼前に広がるのは誰もがハーモニーを保って生きるユートピアなのか、それとも自殺する自由と意志が抑圧されたディストピアなのか。頁を繰るにつけ、眼前の世界に対して自分の判断が大きく振幅するのが手に取れるのです。
オルダス・ハックスリーの「すばらしい新世界」でも、知的で“進化”した文明人と、“野蛮人”とが対極に置かれたディストピアの世界が展開していましたが、あの小説を読むと“野蛮人”に心寄せる自分が見えてきたものです。まさにあの、理屈では処理しきれない不思議な感覚がこの「ハーモニー」によって私の中に引き起こされたのでした。
書き下ろしであるというこの作品の最終頁に「私の困難な時にあって支えてくれた両親、叔父母に。」という作者の謝辞が置かれています。
新聞報道で知ったところによれば、作者は今年(2009年)3月に肺がんで亡くなるまで病室のベッドでこの作品を書いていたとのこと。享年34歳という若さの彼が、病気が消滅して天寿を全うできる社会を独特の否定的な視点で描いたということを思って、心震える思いがしました。
紙の本
SFはある種のシミュレーションである
2010/08/07 20:26
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る
SFはある種のシミュレーションである。現在の科学や技術、文化などを外挿し誇張し、何らかの条件を設定し仮想の環境を構築してみる。その仮想世界で人間あるいは知的生物はどのような生き方をするのかを描いてみせる。
この本では、現在の日本の健康志向ブームや、自立心を失い自己管理すべきことまで他律に委ねる傾向の、行くつく先を暗示しているようでもある。健康かつ健全に生きるために個人情報や生活がすべて管理されている無害社会での、ありうべからざる自殺事件と、その謎解きの冒険活劇が展開する。その始まりは、そのような管理社会に対する少女たちの反抗心である。
人間の意志が脳のなかでどのように形作られていくのか、それについての現実世界での研究レベルがどのようなものかは知らないが、謎解きの途中で物語展開の重要な要素としてここで述べられていることには興味深いものがある。
紙の本
健全な生活とは何?
2020/02/26 15:37
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
それは大災禍を経た未来。人々は健康を徹底的に管理されている。疑問を抱かず生きる人々がほとんど。
一体それはしあわせといえるのか? それとも……。
健康な生活とは、人間の意思とは、なんであるか問う。
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トァンとミァハの名前は神様の名前らしい。たしか医療の神様と、神様の声を聞く者とか、そんな感じだった気が・・・。
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普段読まないSF領域だが、日経新聞の書評で興味が湧いたので読破。
舞台は21世紀後半。
数十年前に核爆発が各地で続き、世界が激変した後の話。
成人になると身体に埋め込まれるWatchMeを通じて
人々の生活は、地球規模のシステムに薦められるがままに
衣食住のほぼ全てを統制されるようになった。
全ての人は、個人のものではなく、社会の貴重な資源=リソースとなる。
したがって、相互扶助や思いやりも押し付けがましいまでに、
しかし当然のものとして全構成員が甘受している社会。
それを窮屈に感じ、抜け出そうとした女子高校生3人と
そのうちの一人、トァンが28歳になってからの事件とが
錯綜しながら進んでいくストーリー。
物理的距離を問題とせず、情報を共有できるようになった世界の行く末。
便利さの代償。
肌で感じて、頭で理解して、心に響くこと。
それがなくなること。
種の保存やら、蟻や蜂の集団の生態やらをずっと思いながら読みました。
文章がプログラム記述方式のようになっていて
慣れるのに時間がかかり、中盤までは読みにくかった。
自傷行為も共感できそうで、やはり自分には無理だった。
しかし、私がそう感じる裏には、
「自分で選択して生きていく実感を失いたくないから」
という理由があるのだと思う。
イメージとして、砂漠に翻る青って好きです。
しかし、そんなシステムも、その運営を一握りの人間が行う事自体
ありえない!と思ってしまう私は、やはりSF向きじゃないのかも。
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表紙の黒十字
縦に
ハーモニー
横に
<harmony/>
空要素。
表紙に<harmony>で裏表紙に</harmony>でくくらなかったんだね。
・・・さらに今日はさらに今日は・・・。ショック・・・。
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▼第三章のアノ展開には思わず「ぬはあ!」と叫んだ。半端ねえ! 死ぬかも! 第一章終わりのアレもかなりびっくらこいたんだけど、その比じゃないよ!! こんな小説、普通の人に書けるものですか。紛れもない、これは才能そのものだ。生き方そのもので、死に方そのものじゃないか!!
▼読了。……物語は、人を傷つけるためにあるものだと知った。心臓をぎゅっと握り締められるような、そういう読後感。背筋がつめたい。この『臨界点』を、実際に読んで感じて欲しい。何を言ったって圧倒的に足りない。
▼前作を読んだ時も言ったけど、人は果たして『決断』しなければいけないのだろうか。……覚悟しないとならないんだろうか。前回は「ほんとにそう?」という気持ちで口にしたのだけど、今は、「もしかしたら……」という気持ちで、呟いている。生きている状態で既に、人は、世界を、痛みを、選びとっているのかもしれない。もし大きな選択をする時期がきたら、私は選ぶだろうか。……うーん、きっと選ばないだろうな。というか、現実的に考えれば、選ばない側の人間だろうな。選ばない側の人間は、どんな調和にも唯々諾々と従うしかないんでしょうなあ、なんて。
▼地獄の淵で天国に憧れた女の子と、平穏な世界で絶望を夢見た女の子の、ささやかな復讐の物語。
▼……いやあ、しかし、不健康な話だな(笑)。これ読んで自殺しましたって学生が出てきても私は驚かないよ。ただ、私を殺すにはちょっとばかり足りない。まだ。もうちょっと。
(09/4/10 読了)
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(2009.02.06読了)
ハーモニー(調和)とは、喜怒哀楽のない、健康・健全・安全な争いのない、思いやりにあふれた人間社会のことです。
オルダス・ハックスリーの「素晴らしい新世界」、ジョージ・オーウェルの「1984年」よりもコンピュータ社会が現実化した現代を未来へ延長した形で、理想的新世界の実現を予測しているようなSF小説です。
著者は、Webプログラミングの現場にいる人物のようで、Emotion-in-Text Markup Language (etml) なる言語で書かれています。
ちなみにWebの言語は、HTML (Hyper Text Markup Language) というもののようです。
この小説を読む時代の人たちは、喜怒哀楽のない調和のとれた生活をしているので、喜怒哀楽の感情を想像することはできませんので、小説の中に埋め込まれているタグを頼りに、感情を実感できるように作られているそうです。(349頁)
HTMLなどのプログラミング言語をご存じでないかたは、多少の違和感を覚えながら読むことになるかもしれません。Web社会の申し子たちは、すっかりはまるかもしれません。
たとえば、タグには以下のようなものがあります。
(anger) (ridicule) (shout) (question) (panic) (sentiment) (flashback) etc
未来社会においては、大人になると体に WatchMe なるものを埋め込んで、体の調子を監視するようになる。WatchMe は、サーバと通信する。
各家庭には、個人用医療薬精製システム(メディケア)が設置してあり、医療分子(メディモル)を合成することができる。WatchMe からの情報で、体調の不具合に応じた医療分子を精製して、服用すれば体調は回復する。
登場人物たちは日本人だけど、名前が奇妙だ。御冷(みひえ)ミャハ、零下堂(れいかどう)キアン、霧慧(きりえ)トァン、等、苗字や名前にどのような意味が込められているのかどなたか読み説いてもらえないでしょうか?
物語の筋を読み違えてしまったらしくて、読み終わった時に「あれっ」どうしてこういう結末になるの?という感じが残って、しばし呆然としてしまいました。
調和社会が気に入らない御冷ミャハ。友人の零下堂キアン、霧慧トァンと3人で自殺を図るのだけれど、ミャハは死亡し、キアンとトァンは助かる。
トァンは、まだあちこちに残る紛争地帯の停戦監視団(螺旋監察官)のような仕事に就き、WatchMe を埋め込んではいるが、さらに、DummyMe をインストールして、偽の体内情報を送信して、WatchMe の監視を逃れている。体に良くないといわれるたばこを吸い、酒を飲んで暮らしている。(こんなだから、調和社会に反対する人間だと思ったことが読み違えのもとだったようだ。)
ある日、大量の世界同時自殺事件が発生する。調べてゆくと事件の背後に、死んだはずのミャハの影が見える。
事件は解決に至り、調和社会が実現する。トァンは、これで満足だったのだろうか?
著者 伊藤 計劃(Project Itoh)
1974年、東京都生まれ
武蔵野美術大学卒業
2007年、『虐殺器官』にて作家デビュー
(2009年2月8日・記)
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先日亡くなった伊藤計劃さんの遺作(という言葉は使いたくないが)。
ラストが衝撃だった。
下手に少しでも面識があるだけに亡くなった事がショックでならない。
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名前のひとつひとつが覚えにくくて、かつ途中のプログラム文で思考が分断されてしまうのだけど、それも著者はどうせわかってやっていることで文句をいう筋合いのものではない。基本、おもしろく読めます。確かにこういう結末ありうるよなあ、と。
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実に難解だった。
っていうかあんまりSF読まないからだろうとは思うが。この本を評価する軸が無いっていうか、あんまりSF読まない人には面白みがないと思う。
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設定やストーリーは面白いんだけど、頻繁に挿入されるHTMLもどきのタグと「?」代わりに使用される「…」に対する違和感が最後までぬぐえませんでした。僕が気付いた限りでは「?」が一ヶ所だけ使われているんですけど、何か意味があるんでしょうか?。ま、HTMLもどきタグについてはラストでオチがつくんですけど、「腑に落ちた」までには至らず。
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虐殺機関の続編ともいえる死生観を題材にした作品。
どことなくリアルを想像させる世界観、文章力。
まさかの展開、まさかのラストには驚愕。
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はじめて読む作家さん。「虐殺器官」の方はキツそうだなと思って、マイルドそうなこちらを手にとってみたがあんまりマイルドではなかったw 物語の構想や仕掛けはとてもすばらしくてうならされた。ただ人物が薄いというか…それを狙って書いているのかな?とも思うけれど、登場人物の記号っぽさがちょっと残念に思えた。
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なんにしても、度を超すのはやっぱりよくないんじゃないか。
感想を一言で言うと、こうかな。
健康も平和も友愛も、それが欠けてるからほしいのかな。手に入れたら
こわしたくなるのかな。
虐殺器官に似て、終盤の意識喪失云々のくだりがどうも具体的にイメージ
できないところが消化不良。意識のない人間ってロボットとか人造人間とか
と並ぶ存在になるってことか?
最近の臓器移植法案のニュースを見ていて、この作品中の「リソース」と言葉が
浮かぶ。「君の臓器で人が助かるというのに提供を拒否するなんて…」と
顰蹙を買うような世界は案外すぐちかくにあるような気がする。