紙の本
切符を失くしたら駅から出られません
2020/08/31 21:34
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投稿者:amicamica - この投稿者のレビュー一覧を見る
切符を失くしてしまい改札を出られなくなると東京駅の駅の子になる。
駅の子は朝夕、電車通学する子どもたちを守る仕事をして駅で暮らす。
駅を出て家に帰れる日はくるの…
電車好きにはワクワクするお話。
紙の本
日本版行きて帰りし物語
2016/05/04 18:00
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者の池澤夏樹さんは、イギリス児童文学を目指した(『ホビットの冒険』『指輪物語』
『ナルニア国ものがたり』など「行きて帰る」物語)との事ですが、池澤夏樹さんらしい
スマートさがあるけれど、イギリスの児童文学はもっとしつこくて、こってりしているかも。
時代は1980年代。
小学生のイタルは趣味の切手コレクションの為に有楽町へ行こうと山の手線に乗るが
降りる時にキップをなくしていることに気がつきます。
その時、年長の少女に声をかけられ、ついていくと東京駅に。
東京駅には「キップをなくして外に出られない子供たち」がステーション・キッズとして
集団生活をしていました。
イタルも仲間になって、東京駅での生活が始まります。
大体の子は、キップをなくした子ですが、ミィちゃんという女の子はホーム転落事故で
死んでしまった女の子。
物語はミィちゃんが天国に行くという決心をして函館にみんなで行く所までひろがります。
東京駅からは日本各国どこへでも行けるのです。
ここら辺は北海道出身の池澤さんが子供の頃大好きだったという鉄道の様子が生き生きと
描かれています。
後半、生と死という児童文学(特に日本)ではタブーとされている事柄について
触れていますので、完全子供向けではないかもしれません。
死んでしまったらどうなるのか?子供たちの素朴な疑問。
それについては、少々、理屈っぽくなっていて、それでも嫌味ではないからさらりと
読めます。
朝の通勤ラッシュの駅のホームで、目に見えない子供たちが走り回っているのかも
しれません。ネバーランドのピーターパンのように。
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主人公・イタルは、駅の改札を出ようとしたところで、切符がポケットにないことに気付く。
キップがないと駅から出られないから、なくしたら駄目よと、いつか母親が言った言葉を思い出して焦るイタルに、知らない女の子が「おいで」と声をかけてくる。
ついていくと、駅の構内には不思議な詰所があった。駅では切符をなくして改札から出られなくなった子ども達が、「駅の子供」として寝泊りしているらしい。
駅の子ども達は、改札を出さえしなければどの電車に乗ってもいいし、駅内の店であればどこでも無料で利用することができる。その代わり、平日の朝と夕方、手分けして駅のホームに立ち、ラッシュに押されて困っている子供たちや、ホームに落ちそうになっている子供たちを助けるという仕事を任されている……。
池澤さんにしてはちょっと珍しい、可愛らしい感じのファンタジー。ちょっと不思議で、でも細部にリアリティーがあって、少し切なくて、子供たちの成長と友情がとても微笑ましい。
駅の子供たちの中には、もうすでに死んでいる女の子も出てきます。死んだらどこかに行かなくてはいけないらしい、けれどまだ決心がつかない。駅長さんはそんな彼女に、決心がつくまでは、しばらく駅にいていいよと言ったらしいのだけれども、彼女は遺していく母親が気になって、なかなか思い切りがつけられずにいます。
人は死んだらどうなるのか。作中で語られる生死感が、何だかすごく池澤さんらしくて、じんわり好きです。
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題名が可愛い。コレクションの切手を買いに行くために電車に乗ったら、切符がなくなってしまった・・。そんな男の子の冒険物語。フタバコさんがもうちょっと話にからんでくるのかな?とか、そういう細かいことはあったけど、面白かった。すてきなファンタジー。
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書かれたのは平成以降だけど舞台となっているのは昭和の話。
よく、ありふれた無難な人生を生きることや、親や先生の言いなりの人生を生きることを、「レールの上を走る」という。人生は鉄道によく喩えられる。同じように、キップは何かの権利に喩えられることが多い。「オリンピックのキップを手にする」とかいう風に。
少し強引だけどこの二つを合わせると、キップをなくすということは、慣れ切った日常を突然失うということに似ていると思う。フクシマケンなんかは自ら進んで、いじめられて学校にいけない毎日をキップと一緒に捨てたわけだ。
でもキップを失くしたからといって、誰もが駅の子になれるわけじゃない。駅員さんが選んだ子だけ。その条件が詳しく描かれているわけではないけど、少なくとも、「キップを失くしたら駅から出られない」と信じてしまう純粋さは必要とされているのだと思う。(ただしフクシマケンを除く)駅の子になって、電車に乗ってあちこちに行き、仲間たちと協力しながら他の子供に役立つ仕事をして、硬い言葉でいうと社会貢献する喜びを知って、また改札の外に出て行く。心が、納得したら出て行くのだ。そういうレールになら、乗ってみたいものだ。
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昭和の終わりという時代設定が効果的。南の島のティオでも感じたが、明らかにファンタジーなのに現実にありそうな小説が本当に上手い作家さん。夢のあるストーリーにわくわくサクサク読み進む。
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キップをなくして駅の住人になったこどもたちのおはなし。
優しいファンタジー。
ミンちゃんがとてもりりしかった。
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電車の中で読むとより夢中になる、やさしい子どもと大人のお話。
毎日「うれしい」「すてき」を自分に感じさせてあげてるかな。
好きな人に寄り添ってあげられてるかな。
そんなことを子どもたちがたくさん教えてくれる。
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ステーションキッズとして東京駅に住んでるのが すごいなと。
仲間が天国に行くまで 一緒に集団生活して 成長していく。
駅長さんの存在や 時間を止める能力とか。
不思議だね。
”コロッコ”って なるほどと思った。
魂のようなもので 人生というゲームのために
集まって個体になって生まれ
死んだら またバラバラになる。
3日で死んでもよかったと思えるのか 悔いが残るのか。
心の中で会議して コロッコの多数派の意見によって
心の葛藤につながるって考え方が おもしろいなと。
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ちょっと前の時代を形に描かれるファンタジー?
なかなかおもしろい。
ただ、この人っぽくはないかな……
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キップをなくしたら駅から出られないんだ。駅で暮らすことになった主人公。見えない所で子供たちを守っている、こういうシステムが本当にあったら素敵だなと思います。現実的には無理ですけど、電車を見る度に守られているのだと想像すると楽しいかも。私も旅する準備を始めよう。
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線路の長さは同じなのに、
子どもの頃よりも、遠くの街が近くなった。
知らない場所は怖かったけど、
「いつか行こう」の約束が楽しみになった。
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幼い頃の私にとって
電車というのは特殊な空間だった。
家みたいに大きなものにたくさんの人が乗りあわせて
ドアが開けば遠い町にいる。
小さい頃私はできるだけ車窓を流れる風景を見ないようにして
電車に乗っていた。
そうすれば、電車の旅はもっとファンタジーなものになると
幼い私は知っていたからだ。
キップはそのファンタジーな旅に必要不可欠なものだった。
小学生の頃の私は文字通りキップを握りしめて電車に乗った。
強く握っていなければキップは思いも寄らない場所に行ってしまう。
どこかに行ってしまったら、とんでもなく恐ろしいことになると。
今やICOCAやらPASMOやらでキップを無くす心配は減ったし
駅員が1人しか居ない改札に行列ができることもなく
自動改札をすんなりと通れる様になった。
キップを買わなくなったからなのか歳を取ったからなのか
電車に乗ることにファンタジーはなくなった。
ただ、この小説を読んで無性にキップを買って電車に乗ってみたくなった。
そうして、その切符を握りしめてどこか知らない場所に運ばれてみたいと思った。
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子どもの本棚で見つけた一冊。
東京駅の中にもう一つの東京駅があるなんて
心のスペクタクルと、死に近い子供の感性を描き上げている。
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池澤夏樹の中でもやや子供向けになるのだろうけれど,そんなカテゴリー分けなんて意味がないと思わせる。むしろ子供には難しい?そんなことない!分からない…。
中学生の息子は面白かったと言っていた。しめしめ。