紙の本
書物と美の帝国
2010/12/09 23:04
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
1937年から52年までと、長い期間に書かれた文学論集なので、一冊でどうということは難しそうなはずなのだが、一貫した匂いは感じられる。作品の美しさを先ず絶対的に肯定すること。詩人であるボルヘスの、それが絶対的な原点であることが全編から漂う。
そこからの分析を、時には言語や表現の特性に求め、作者の生きた環境や社会的背景に求め、しかしボルヘスに特に際立つのは、作者の抱いた幻想が時間を越えて繰り返し現れることの発見だろう。荘子の胡蝶の夢の逸話はしばしば引き合いに出されるものの一つで、夢見た世界と眠りから醒めた世界のどちらが本当の現実であったかのためらいは、コールリッジが夢に見た宮殿が蒙古帝国に実在したといいったエピソードなどで、その不可解さを深めていく。
カフカの先駆者として、ホーソンやダンセイニを発見するくだりは、特にホーソンに対する現代的は批判を退けて、その夢見た物語の中で現実のしがらみや倫理が溶けていくのを示す過程に戦慄を感じる。
さらにウェルズ、チェスタトンと、幻想の賛美。ホイットマンと『バガヴァッドギーター』、『ルバイヤート』を英訳したフィッツジェラルド、もちろんベックフォードの東洋幻想を重ねて、これらは空間を越えると同時に、時間も越えたリンクなのだ。その中で「世界」を語れば「神」にも言及され、論理を語ればアリストテレスや、ゼノンのアキレスと亀の命題など、古代ギリシャ哲学が引き合いに出される。
そうしてさまざまな文学と哲学を語った下敷きを作っておいて、「新時間否認論」という一文が出てくる。しかしまあ、時間が存在するとか、しないとかは、多分どうでもいい話なんだろうし、答えが出る話でもない。では何なのか、ボルヘス自身が校正中に書いたというエピローグにあった。「宗教的ないし哲学的観念をその美的価値によって、時には奇異で驚嘆的であるという理由から評価しようとする」ああ、たしかにそうだ。無限と瞬間の対立、連続と断絶、唯名論と唯物論、プラトンとアリストテレス、それら組んず解れつして揺さぶられる世界に酔うように楽しんでいるのだ。世界というのはむしろ書物の世界のことだ。書物の世界はすなわちボルヘスにとって、汲めども尽きぬ美の泉なのだ。
だがボルヘスは架空の世界だけに生きているわけでもない。美しい書物を生んだ人々を讃え、もう少しでそうなりそうだった人々を評価し、彼らを呪縛するファシズムや共産主義、その他の迷妄や暴力がしばしば明らかにされる。書物は世界と人間の美をあらわにする器であるがゆえに、尊重され守られるべきなのだ。
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この本に出てくる文学者を半数も知らない体たらくだが、それでも面白かった。
…ボルヘスびいきだからか…?
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ボルヘスの頭の中のごく一部をほんの少し覗けたような気がする。
作家、作品、思想、哲学、次々とキーワードが並び、膨大な知識と理解があってこその説得力。耳慣れない言葉が分解されて頭にするすると入ってくる不思議。そして名前の上がる本はことごとく読みたくなる、さすが人間図書館。
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エッセイというよりは論文に近い印象を受けるし、小説かもと思う瞬間もある。特に、一番最初の『城壁と書物』は読み進めてしばらくは「エッセイなんだよなぁ?」と疑ってしまった。
まぁ、それは『伝奇集』読了後すぐに読んだせいかもしれないけれど。
中身は世界中(と言っても差し支えないと思う)の文学、思想がぎっしり。南米や作家に関するものならある程度の知識があれば理解できる。しかしその他になると全くのお手上げ。分析言語だとか、新時間否認論だとか、「なにこれ……?」と思う単語を挙げていくときりがない。
それにしてもヨーロッパ・アジアの文学や思想まで網羅しているとは思っていなかった。「図書館か!」とTwitterで呟く位、ボルヘスの知識の広さに驚いた。
とにかく馴染みの無い言葉ばかりで、正直全てを読み込むまでには至らなかった。そういう意味での評価なので、あまり正当とは言えない……。
あー、本当難しかった。どのくらいの本を読めば理解し尽くせるだろうか……笑
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ボルヘスが30代後半から50代前半にかけて執筆されたエッセイ集。ここでは小説や詩作で用いられる意匠=衣装は剥ぎ取られ、工匠者としてのルーツを考証可能とする裸の知性そのものに触れることが出来る。言及し研究された書物は西洋史を縦断しつつもスペイン語圏の作家まで無数に上り、そのテーマも文学論から神学論、哲学的命題と横断的である。バベルの図書館の元ネタとなる作品が存在していたのは驚きであった。しかしボルヘス的なものは言及すればするほど遠ざかる、まるで彼の作品の主題となる無限後退性そのものの様な気がしてしまうのだ。
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“私(ボルヘス)はこれまで生活をするというよりは本を読んできた”というボルヘス自身の言葉(うろ覚え)が、本書のどこかにあったと思う。どこだったか? 本書は一冊まるごと全てが迷宮なので、いま一度初めから読まないと、ふたたび出会うことはないかもしれない。
もしかしたら私の思い込みで、違う著書だったかもしれない。
まぁいい。“生活をするというよりは本を読んできた”人の著書をすべて“理解”するには、“生活をしながら本を読んでいる”自分では到底無理なのだ。諦めよう、ウン(笑)
さておき、良いエッセイというのは読者を動かすものだと思っている。食べ物に関するエッセイなら食べてみたいと思わせる、実際にお店へ向かわせるといったような。
本書はその意味で間違いなく良エッセイ。『城壁と書物』から『初期のウェルズ』あたりまではムチャクチャ楽しく、少なくとも私は“動かされた”。
いくつかの項は上述した通り「解んねぇよ」で終了してしまうが(笑)、その解らなさを楽しみつつ、部分的に非常に面白いと感じるくだりを拾い上げたりできるのが素晴らしい。
(神=球体ってことは、TVドラマ『プリズナーNo.6』に登場する球体は神ですかとか、J.W.ダンの駄目出しされた時間概念を、某アニメ劇場版にあてはめて考えると大変興味深いのですがとか、時代を超えて他メディア・他ジャンルに照らし合わせが可能という汎用性の高さ)
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どのエッセイも、これは世界だとしか言いようがない。複数の世界でなく、一つの世界。
いわゆる世界文学、古典と言われるものの知識があった方が味わえる。
・城壁と書物:統治とは
・アルゼンチン国民の不幸な個人主義:国家には不都合な、しかし、国民には理想な性向
・有人から無人へ:聖書にある神の人間臭さ。無であるがゆえの愉快さ
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読みたかったとこだけつまみ読み
面白かったけども、短編集的なものを全部読む、というのがなかなかできない、、、