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紙の本
歴史に名を残すもの、残さぬもの。誰の散華も等しく尊い。
2010/02/18 01:05
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:はりゅうみぃ - この投稿者のレビュー一覧を見る
清しいほど1人の女性に惚れぬく男を描いた前作、「命なりけり」
武士の誇りと合理性という、一見相反するような魅力を兼ね備えた主人公、雨宮蔵人とその想い人・咲弥が不器用ながら心を寄り添わせていくという、男女の情を中心に据えた(はずの)物語だった。
ところが、作者の視点は相変わらず「男」と「時代」のみに注がれ、女性はまたも神聖な崇拝対象。男の生き様と歴史背景を語る饒舌さに比べて、女性の心理描写は借りてきた猫のごとくである。
男ならば分かるはず、と言わんばかりに細やかに書きあげる侍(男たち)の心情、時代、恋心。そしてこんな男たちに愛されているから素晴らしい女性なんだと、ぼかされた根拠で断言される咲弥の魅力。
もしやこの方のクセなのだろうかと思えるあからさまな男性讃歌と女性崇拝に、読者は男性だけではないんだけれど…と少々食傷めいたものを感じたのは事実である。だからその続編の本作も未読なまま積読してしまっていた。
ところが本作は第142回直木賞候補になったという。かなり不思議だった。前作と同じ方向性なら候補にもならない、と思っていたからだ。
早速確かめ、驚いた。
生まれ変わったかのような作風の違いだ。
作者が楽しませたい対象として、「読者」がきちんと視野に入っている。もちろん性別、年代関係なくである。(中学生がこれを読んで「感動した」と言っているのだから間違いない、笑)
前作の「男」の良さはそのままに(いや、それ以上か)、「女」の誇りも夫婦愛も友情も、何より家族の情をしっかりと時代と絡めて描いてある。
「男性讃歌と女性崇拝」が「人間讃歌」へと見事に変貌している。
その上、エンターテイメント性まで別人の如くである。よもや前作の2人があの有名な忠臣蔵に係わってくるとは想像もしていなかった。
今までの作品で顕著だった、やや重きを置き過ぎた細かな時代背景描写はなりを潜め、時代を浮き彫る気品と情緒はそのままに、さらに読みやすさにも配慮した丁寧な文章に魅了される。
こんなおもしろい話、読んで胸躍らない方がウソである。
父・蔵人の大きさにシビれ、母・咲弥の強さに憧れ、娘・香也の健気さに頬ずりしたくなる。
彼らを取り巻く人々は、蔵人だけを助けるのでもなければ、咲弥だけを守ろうとするのでもない。彼ら3人が共に在る事を守ろうと、持てる力を尽くしてくれる。
そうしたいと思う「花」がこの3人にはある。
いつかは散る定めの花、少しでも長く綺麗に咲いていてほしいと思うのは人情だ。主君のために仇花と散る武士の誇りもあるのなら、愛しい人を守ろうと命を賭けるのもまた武士の花。
作者は時代小説でしか表現しえない「人間讃歌」をしっかりと描いた。
まだ「人間讃歌」に不慣れな故か、多少ぎこちない流れや、練り込み不足の女性エピソードに若干のおぼつかなさを覚えるものの、それも発展途上の魅力と思えば不満にならない。
今後の作品を全力で待ってしまう。
討ち入りは語り継がれ、紅白梅図は国宝となり、彼ら3人のその後は今に伝わらない。
名を残す者も残さぬ者も、皆其々の人生を精一杯生きている。その縁(えにし)の一部がたまたま後世に残るような出来事になるだけなのだ。歴史とは人が作るのだと素直に心に沁みる。
今すれ違った名も知らぬ他人。私。家族。
誰もが「歴史」の一端を担うと考えれば、この世の生の何と愛しい事か。
紙の本
惜しまれる乖離
2010/06/03 22:05
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:星落秋風五丈原 - この投稿者のレビュー一覧を見る
『いのちなりけり』で紆余曲折の末結ばれた雨宮蔵人と咲弥が、『乾山晩愁』収録の表題作及び『一蝶幻景』で取り上げられた元禄時代の大事件に関わってゆく。各々の短編と本作の内容に、当然齟齬は起こらないが、取り上げたのが忠臣蔵であったことが惜しまれる。悪役であるけれど優しさを見せる吉良や、茫洋としているようでもただ者ではない大石内蔵助、というキャラクターは、他の作品でもいくつか登場しており、新鮮味が感じられない。赤穂浪士の動きに大奥の動きを絡めたところが新味と言えば新味。しかし誰もが書いていて知っている部分が多い忠臣蔵であるため、このボリュームで著者ならではの忠臣蔵を作り出し、しかも『いのちなりけり』のキャラクター達を活かすエピソードを詰め込んで一つにまとめるということが、結果としては成功していないと思われた。