紙の本
ひとつの事件を追う、いくつもの目
2010/01/14 12:26
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:カフェイン中毒 - この投稿者のレビュー一覧を見る
同じものを目で捉えても、見えているもの、いないものがあります。
記憶もまた、思い込みだけでなく、意図せずに後から生み出される可能性のあるものです。
刑事事件での自白と目撃証言というのは、単純に恐ろしいなと思ってはいました。
けれど人間が、ここまでいろいろなことを塗り替えてしまったり、
それを自覚していなかったりするというのは、もはや証拠能力があるのかと不安になります。
ひとりの若い刑事がいます。
幼い妹を殺された過去を持ち、それによって家庭は崩壊してしまいました。
荒れた彼は、ずっと見守ってくれていた父の親友に救われ、
その人に導かれるようにして今の職につきました。
妹の事件で逮捕された犯人は、すでに刑期を終えています。
しかし、同じような幼女殺害事件を担当するたび、容疑者を必死に追う姿に、
刑事の心がまったく癒されていないことがわかります。
あるアパートの大家が、ひとりの男を店子として迎え入れます。
小柄で暗く、ろくに挨拶もしない彼の、意外な過去を知ってしまい、
そこから大家である老人の生活も変わっていくのでした。
刑事の妹の事件を発端に、警察を離れても幼女殺害事件を追い続けている男がいます。
過去の事件はそれぞれに迷宮入りもし、それでも2件の事件では犯人が逮捕されているのです。
けれど本ボシは別にいると、執念深く追い続ける「元・刑事」。
刑期を終えた男の無罪を信じて、再審請求を始める人権派の弁護士。
大家の家に寄りつかない、ふたりの娘。
そして、それぞれの事件の目撃者たち。
幾人もの視線が絡み、そのどれもが正しく、そして怪しく、自然で、不自然なのです。
彼らを動かす動機さえも、もちろん純粋なものばかりではない。
正義感だけで動く人もいなければ、後ろ暗い過去のない人もいない。
いったい何を信じていいのか、何を排除しなければならないのか、
ページを繰りながら、眩暈に似たものを感じました。
帯にある言葉です。
・・・・・・・・・・・
図と地(背景)の間を知覚はさまよう。
「ふたつの図」を同時に観ることはできない。
ひとたび反転してしまったら、もう「元の図」を見ることはできない。
・・・・・・・・・・・
図地反転図形(見る部分によって違う絵が潜んでいる例のやつです)を見たことがあるなら、
誰もがその不可思議さを感じると思います。
片方を見ないでおこうとするのに、認めてしまったと同時に、もう視界にはそれしか映らない。
白い部分と黒い部分の絵を、同時に見ることはできない。
しかし物語の中でそういう現象があったとしても、俯瞰で見ている自分には、
同時に見ることも可能だろうとたかをくくっていると……。
唐突に終わる印象で(正直びっくりして、最終ページであることを何度か確認してしまいました)、
あのラストは賛否両論あるのだろうなと思います。
余韻を残す、想像させるという意味では、賛成。
けれど、ちょっと感傷的に、そしてまとめにかかったような内容には、否と言いたい。
少し時間をおいて読み直すと、評価が変わるかもしれません。
紙の本
記憶は嘘をつく
2009/12/13 00:25
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:さあちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
静岡県で起きた幼稚園児の連れ去り殺人事件。パチンコ屋の駐車場から連れ去られた彼女を目撃したのは3人だけ。遺留品は持ち去られ物的証拠もほとんどない。膨大な捜査員が投入される中成果はほとんどあがらない。事件から2カ月。警察の無能さに世間の非難は高まり捜査員たちのプレッシャーも頂点に達した時目撃者が犯人を思い出したと言い出した。ついに容疑者が。しかしなぜ今頃になって。いぶかしがる者もいたが調べてみると過去の経歴といいその不敵な言動といい心証は圧倒的にクロ。あの男が犯人に違いない。しかしどんなに調べても物的証拠は何もでない。ならば自白させるしかない。決しの覚悟で任意での取り調べ期間が終わろうとする中ついに自白を引き出す。
研志は新米刑事として所轄から応援に駆り出されていた。先輩刑事の取り調べを見ていずれは自分もああなりたいと憧れていた。事件がやっと解決し皆が解放感に浸っていた時一人の男が研志に近づいて囁いた。「真犯人は別にいる」そしてあるリストを見せられる。それは過去にこの近くで起こった今回と同様な手口の事件のリストだった。それを見た研志は頭の中が真っ白になる。そんなはずはない。あいつは真犯人に間違いない・・・
人は自分の都合のいいことを自分の都合のいいように覚えている。それは必ずしも故意というわけではなく無意識のうちにそうしている。この本の表紙の様に何処に重点を置いてみるかで同じものが全然違うものになってしまう。この小説はその恐ろしさを描いている。事件を解決したい警察がある先入観で容疑者を犯人とするシナリオを描いたとき目撃者の記憶をそのシナリオに沿って修正していく。そして目撃者は修正されたとは気がつかないままに自分の記憶として信じ込む。それは容疑者とて同じこと。何時間も取り調べているとやっていないことでもひょっとしてやったかもしれないという思ってしまうのだとか。そこには相手の期待に応えたいという誰にでもある微妙な心理状態が影響しているという。犯人だから自白するんだろうと私達は思うが取り調べの名人にかかるとやったことでもやってないことでも思うままに喋らされるという。人の思い込みが冤罪を作り出していく。記憶というものの不思議さと危なっかしさを教えられた作品である。
紙の本
人間の記憶、認識、予断を信じる怖さ
2010/02/03 12:29
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かつき - この投稿者のレビュー一覧を見る
図地反転とは、1915年にデンマークの心理学者ルビンが発表。
形として認識される「図」と
そのときの背景としての「地」が反対になること。
黒い背景に白い壺と認識しているにもかかわらず、
「男女の顔が(図として)見える」と認識すると
そうとしか見られなくなる、あの絵のことです。
江戸川乱歩賞と日本ホラー小説大賞短編部門を同時受賞して
衝撃的なデビューを果たした曽根圭介。
この図地反転を冤罪の謎解きのモチーフとして利用。
アイデアが冴えています。
幼児殺害事件の冤罪のニュースが話題となっていますが、
本書でも幼児殺害の罪で15年の刑を終えて出所した男と、
幼児殺害の容疑で逮捕された男を描きます。
捜査や刑事たちの態度と視線は読ませます。
また若手の刑事や、出所した男の住むアパートの大家、
捜査のためなら手段を選ばず、そのため警察を追われた元刑事など
それぞれのドラマにもグイグイ引き込まれます。
ただし、プロットが杜撰で、もう少し形を整えてほしい。
また、終盤は元刑事が中心となってしまうにもかかわらず、
中途半端に終わるのもマイナス。
著者らしい皮肉を込めた終結なのでしょうけれど、伝わりません。
結局、若い刑事の成長物語にしてしまったのも納得がいきません。
それでも冤罪を生み出す人間の予断と認識、記憶、
性格の弱さなどは読む価値があります。
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時間をかけて丁寧に書かれた作品なんだろうな...
という印象の作品。単なる刑事ものと言う事でなく、
冤罪問題...その原因の一部に成りうるだろう人間の
意識の脆さに触れた、提起作品でもあるような気がします。
タイトルが意味する通り人間個人に於いても、
意識の違う視点から見ると同じ人物でも、
全く異なる人物描写がされていて非常に面白く読み進めます。
個人的にはもっとボリュームが増えてもいいので、
様々な人物達にしっかり決着をつけた読み物が好み。
やや置き去りにされた感が残り、読後のカタルシス、
高揚感が物足りなく、やや残念。
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冤罪の物語。白と黒、どちらに焦点を合わせるかによって事件が180度変わってしまう。事件の結末は書かれていないけれど、そこが味わい深い。
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刑事もの+被害者側も含めた、盛り盛りな作品。
読むスピードが速くなった気がする位サクサクいけました。
冤罪も最近問題になっているし、県警の適当な捜査&犯人でっち上げは菅谷さんの件にリンクしているのであろう。
今のところ、曽根圭介に外れは無い気がします。
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警察モノ数あれど、こうめまぐるしく視点を変えて
白黒逆転させてこう来るか!?
と思わせるのって、かつて無かった気がする。
とは言え、すんでのところで本ボシ分かってホッとしたのも束の間、
ここで終わるか!?
納得できたからいいんじゃない。
今野さんや佐々木さんの本に出てくる警察官とあまりにも違うので、
視野が広がりました。
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人間の思い込みというものがいかに怖いか、を思い知らされるミステリ。正直、予想したような大どんでん返しがあって意外な犯人が! というような物語ではありませんでした。だけどこれは、リアルなのかもしれません。
もちろん誰だって、冤罪を作ろうとしているわけじゃない。意図的に嘘をついたわけでもない。それでもなぜかしらはまってしまう「思い込み」。記憶のほうが改ざんされ、それこそ真相が見えなくなってしまう恐ろしさ。これ、誰に対しても起こり得る問題ですものね。いかに「客観」というものが難しいことなのか、と思わされました。
少し曖昧に思えるラストも、意味深。もしかしてこの結末すら、反転した真実なのかもしれないなあ。
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地方都市で起きた幼女殺害事件。膨大な情報のなかから浮かび上がった1人の男。目撃証言、前歴、異様な言動。すべての要素が男をクロだと示している。捜査員たちは「最後の決め手」を欲していた-。社会心理ミステリー。
正統派の刑事物語で引き込む力は十分なのに、中途半端なラストに唖然とした。
(C)
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社会派の刑事ドラマだろうと思い読み進めていたら、脇役キャラの背景にまでストーリーが飛び火して行くのでちょっと面食らった。いろんな人間の立場から事件を見ることによって、作品自体のイメージが少しずつ様変わりしていくのだ。私の場合、途中から本格の雰囲気を感じ、犯人当てに意識が向くことで読書スピードが一気に上がった。作品そのものが図と地であるのだろう。視点の置き所によって、社会派にも本格にも見えてくるようだ。
しかしその視点の拡がりは、物足りなさという弱点も併せ持つ。均等に展開させた分、どのシーンもいまいちパンチに欠けるのだ。仕方がないと思いつつも、よくできた話だけに余計に残念に思う。ラストにも不満あり。納得できるほどの器は持ち合わせていないので…。
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幼い頃妹を殺された研志は警察官となって
現在女児殺害事件を捜査していた。
すると捜査中に元刑事だと名乗る男が接触してきて
この事件と研志の妹の事件は同じ犯人だと告げる。
しかしどちらの事件ももう犯人は捕まっているはずであった。
一方アパートの管理人をする幸八郎は
最近入居した望月という男が女児殺害事件の前科者だと知り
一度はアパートから追い払った。
しかし望月に発作で倒れたところを助けられてから
彼の無罪を訴える会に参加するようになる。
装丁:多田和博 カバー写真:田中和枝+アスフォート
人間の記憶はあやふやであり思い込みや外からの情報で
簡単に書き換えられてしまうものである。
だとしたら目撃証言はどこまで信用してよいのだろうか。
目撃者だけでなく研志自身も記憶の変容に気付くところがよかった。
ただ真犯人の処理が適当なので残念です。
タイトル通りの大どんでん返しを期待していたので肩透かし。
「「捜査を進めていくうちに、仮説に合った疑わしい人間が浮上してくる。そしてその人物を、犯人だと強く信じるようになる。信じれば信じるほど、どんどん視野狭窄に陥っていく。一度そうなったら、仮説が間違っている可能性は、考えようとしない。仮設固執性と言って、あとはただ、有罪にできそうな証拠を集めたり、自白を取ることだけが目的となる。無実である証拠や、供述の矛盾点がいくらでもあるのに、見えなくなるんですね。」」
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全然曽根圭介じゃなかった。
って、言われても本人もね・・・困るだろうな。
曽根圭介的世界がなかったってことです。
期待して読むわけですから、曽根ワールド見せてほしいんだよなあ。
ってたまには違うタイプも書く?
でもなあ・・・ただの警察小説だった
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幼い少女が無惨な姿で発見される殺人事件が相次いでいた。犯人がいまだ捕まらない不安な日々を送る中で、ハイツの管理人をしている坂田幸八郎は、幼い少女を子供に持つ主婦から「隣の部屋に住んでいる男がやたらと子供に話しかけてくる」という相談を受ける。見た目はおとなしそうなただの青年なのだが・・・。しかしネットで彼の名前を検索するとなんと、過去に少女を殺して懲役15年の刑に服役したという事実が浮かび上がってきてしまう。
タイトルはよくつけたなー!と感心してしまう程、内容とぴったりだった。質問者の訊き方一つで答えが変わってしまい、そして一度その見方をすると、元の見方にはなかなか戻ることができない図地反転画像。これは警察の取り調べでも同じことが言え、それによってうまれてしまう間違った犯人像=冤罪。ありもしない虐待の記憶がよみがえり、実の親を恨んでいるとか・・・そんなのもあるんだ(@@)本当に恐ろしいことだと思う。目撃証言に頼った捜査の危うさを訴える弁護士、被害者の遺族、そして刑事たち。みんながみんな、一度固定されてしまった間違った見方からなかなか抜け出せず、真実にたどりつくことができないが、最後は・・・。これ、結末はおまかせしますみたいな感じになってしまってその後がはっきり描かれていないが、私は最後まできっちり書いて欲しかったなぁ。「え?ここで終わり?」っていう。宇津木(元刑事)が最後、姿を消した理由は一体何?てっきり真犯人にやられたんだと思ったが、それも違うみたいだし・・。弁護士や真犯人、被害者家族の行動も全部最後まで描かないまま、中途半端な状態で終わってしまっている。グイグイ読ませられる展開だっただけに、最後がスッキリしないのがものすごくもったいないなぁと思ってしまった。
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これで終わりなんでしょうか。続きはなし?最後だけ何とかしてくれたらなあ。結論を放り出した意味を知りたい。
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過ちと後悔の物語。表紙にもなっているルビンの壺。中央部に注目すれば壺に見える。しかし背景の黒い部分に注目すれば左右から寄せ合う2つの横顔に見える。騙し絵・隠し絵と呼ばれるもので最も有名なもののひとつが「お婆さん・後ろを振り向いている若い女性」の絵でしょう。「http://aquariusjapan.jugem.jp/?eid=2362」自分が初めてこの絵を見たとき“お婆さん”にしか見えませんでした。でも“後ろを向いた若い女性”にも見えると聞かされた後は、それしか見えなくなりました。このように人の視覚的な迷いや錯覚を利用するのが「トロンプ・ルイユ」。エッシャーに代表されるトリック・アートです。これが音の場合だと空耳アワーになってしまい、その後いつ聞いてもそうとしか聞こえないという悲劇が生まれてしまいます。これらが遊びで利用されるうちは楽しくて良いのですが、この錯覚は視覚的なものだけでなく先入観によっても引き起こされ、そしてそれが蔑視、見込み捜査、そして冤罪にまで繋がってしまいます。「図地反転」は、先入観によって産み出された“偏った判断”が冤罪・蔑視という悲劇を繰り返し産み出していく怖さを描いています。目や耳の錯誤、そして思考の偏りは、人の認知能力に限界がある以上避けて通れないものです。それによって産み出される様々な過ちを最小限に抑えるためにはどうしたらよいのか…。「図地反転」は大きな問題を定義しています。“中途半端に終わっている”という感想や評が多いと聞きます。著者は結末を示さないことにより読者に考えることを促したのだと思います。なので、この作品はエンターテイメント小説ではなく、考える切っ掛けを与える小説風ガイドブックなのかもしれません。結論や結果の提示は“分かった気”にさせるという錯誤を産み出し、読者に“思考停止”を起こさせます。そのためか、著者は巻末に参考資料を示してくれています。著者が描きたかったこと、主張したかったことがここにあるように思います。●抑圧された記憶の神話/エリザベス・ロフタス他/誠信書房 ●目撃証言/エリザベス・ロフタス他/岩波書店 ●目撃証言の研究/一瀬敬一郎他/北大路書房 ●自白の心理学/浜田寿美男/岩波書店 ●取調室の心理学/浜田寿美男/平凡社 ●自白の理由/里見繁/インパクト出版会 ●冤罪を追え/朝日新聞鹿児島総局/朝日新聞出版 ●幼稚園バス運転手は幼女を殺したか/小林篤/草思社