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倉敷の偉人大原孫三郎と、その子、總一郎について。
実家にあったので、何の期待もなく読んだが、面白かった。
大原美術館や、クラレのことは知っていたけど、孤児院運営へのかかわりや、社会問題研究、労働問題研究、農業研究機関までつくって取り組みをした人とは知らなかった。
明治・大正時代の大金持ちの資本家でありながら、従業員と友となり
人間としてともに高め合っていける事業のあり方を、熱意と実行力とスピード感をもって、追求していっているのに凄みを感じた。
ビジョナリーカンパニーを読んで、私が理解し、今もその内容として解釈している「矛盾すると思われる課題は同時に解決する事ができるし、それが出来る会社がビジョナリーカンパニーになりうる」ということの、まさにそれではないかな?
孫三郎やっていることは一言でいえば、ノーブレスオブリージュなんだけど、それより、もうちょっとピュアに、書生っぽく理想を求めている感じ。資金援助する相手を対等に友とみているところ。自分が刺激を求めるところ。
倉敷にとても行きたくなった。
倉敷駅前にある、倉敷チボリ公園がなんだか残念。
仕事で出張したときに駅前しか見なかったから、孫三郎の残した倉敷を見て感じたい。
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クラレの前身である倉敷紡績の初代社長である大原孫三郎とその息子である總一郎の物語。
10人中5人がいいということはもう遅い、7人がいいと言ったらやらん方がいい、3人くらいがちょうどいい、だれもいいと言わんことはやるな、というのは名言である。
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倉敷の大原美術館を訪れて、、その創設者の大原孫三郎氏の思想に触れたくなり、美術館で衝動買いをしてしまいました。
倉敷のガイドさんから聞いたとおり・・ものすごい決断力ですね。
ただ、、彼への賛同者ばかりではなかったのもうなずける決断もチラホラあることが、この本を読んでいて分かりました。
児島虎二郎ファンの私としては・・
「社会から得た財はすべて社会に返す」という思想のもとに、
彼を自費で留学させたり、
現在大原美術館にある絵を自由に購入させたり、、には感動したのですが、、
彼の友人、石井十次氏には個人的には賛同しかねる。。(^_^;)
確かに孤児院を設立することは善だと思うけど、
だからといって理想を追い求めてなんでもやっていいというわけではない気がする。。
そして、そこにお金を出し続ける孫三郎氏の考えもよく分からない。。
・・とはいえ、やはり尊敬すべき点の多い人ですね。
息子の總一郎氏もとても素晴らしい人なんだ、と、勉強になりました。
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こんなセリフ言ってみたい…なんて思って読み始めると、全然そんな雰囲気すら漂わない少年時代。
人との出会いと、生きている環境がいかにその人を作っているのか。
戦前の日本にいた「真の経営者」。その生き様を描く話。倉敷に行ってみたくなってしまいました。
「経験にとらわれることなく、常に絶えず進歩する人でありたい」という言葉は仕事に慣れ始めたときにこそ、胸に留めておきたい言葉です。
昨年夏行った倉敷は、想像したように素敵な街でした。
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企業の「メセナ」をいっているのは、儲けがあったとき。
バブルがはじけて、儲けがなくなったら、
そのことは、知らぬ顔。
企業というのは、あくまでも経営者の姿勢にかかっているのですね。
戦争前から、戦争中にかけて、
それを実施した人がいたことは、驚嘆に値する。
そんな大原孫三郎を描いた。
子どもの教育に対して
「すべてが建設でなくてはならぬ、創作でなくてはならぬ。」
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放蕩を続けた2代目ボンボンの孫三郎と石井十次の衝撃的な出会い、心酔、すきま風が生まれながらも十次の最期まで支援する。クリスチャン社会事業家が有名なクリスチャン経営者の若い頃に与えた影響の大きさを改めて感じます。十次の夢、ビジョンの圧倒的なスケールの大きさに驚きますが。また、孫三郎の社会責任に関する意識、何とアカ呼ばわりされながらも貫いていく信念は、十次の影響が大きいとはいえ、10年どころか少なくとも50年先を見ていた経営者だと痛感します。
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クラレ創業者、大原孫三郎についての話。仕事で倉敷に関わるようになったので、歴史を学ぶ意味で手に取った本。地方企業でありながら経営者として従業員の生活改善等に取組だ姿勢に非常に共感。サラリーマンとしての生活の向上は、このような人たちのおかげであると感謝する次第。
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大原孫三郎の生涯がすごい。人やお金を惹きつけちゃう人っているよね。惹きつけちゃう人は、なぜか出会いも別れも惹きつけちゃうよね。本書にも出てくるけど、どんなけ使うねん!ってゆう慈善団体への寄付や美術を志す若者への投資は目をみはるものばかり。頼る方も頼る方だけど、出しちゃうんだもの、大原孫三郎。そして、その美術を志す若者、まさかの児島虎次郎!!!そうか、児島虎次郎と繋がってる人か。児島虎次郎関連の書籍を読んでたころ、大原孫三郎って聞いたことあったわ。そーいやそーだわ。倉敷だしね。モネに睡蓮を描いてもらって買い取ってきた話とか感激。おすすめ。
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同県人(とはいえ、倉敷と岡山は大きく違うのだが)と言うことと、昔から大原美術館には何度も通ってること、そして、城山三郎と来たら読まないではいられない。
児玉虎次郎との関係は知っていたが、石井十次や清水安三との交流についてはこの本をもって初めて知った。
自分はここまでの大人物にはなれないが、自分の持ち場において何をすべきなのかについて、常に探る態度は是非とも見習いたいものだ。
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倉敷を訪ねて知った、ある経営者の生涯を描いた小説。
高い見識と決断力をもって、会社をそして地域を豊かに発展させた力量は計り知れない。
現在の日本社会は生まれながらに力を持つ者が小さな志しか持たないのか、それとも日本社会の体質がそれを邪魔する小さな社会なのか、富がうまく生かされていいないような気がする。
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「もっと早く読めばよかった」が、最初の感想です。
岡山県出身の自分にとって、大原孫三郎は、昔から知っている名前ではありましたが、何をやったかを知らないまま、ここまで来てしまいました。
が、この本を通して、大原孫三郎の人生を知り、「もっと早く知っておくべきだった」「もっと早く、この本を読んでおくべきだった」と思ったわけです。
経営者には、情熱と知性が必要だとよく言われますが、大原孫三郎は、情熱も知性も、高いレベルで備えていた人物だったようです。
しかし、そのバランスについては、非常に危うい印象を受けました。
概ね、情熱に傾くことが多かったように思います。
が、人生トータルで見ると、バランスのとれた形に納まったように思いました。
だからこそ、様々な偉業を成し遂げることができたのだと思います。
話は変わりますが、実は私、大原美術館に行ったことがありません。
次の帰省の際には、是非、行ってみたいと思います。
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城山三郎 による 大原孫三郎 伝記。社員重視の経営、大原美術館、孤児と貧困の支援に裏打ちされた 善の生き方が描かれている
決断力の強さ
*人の心は水と同じ〜急流でなければ 何事も転回できない
*事業は何より度胸であり、決心である
人に目を向けた経営
*工場内に 職工教育部をつくり 学校教育に見合う勉強
*金は使うためにあるのであって、人は金に使われるためにあるのではない
*会社は 労働者と資本家が共に働き 利益を上げる場所
息子 總一郎氏の創立記念日の挨拶(社員への最期の言葉)が素晴らしい
*会社は〜存在理由があるか〜働く人が生きがい働きがいを感じているか
*職場が人生の全てではないこと〜会社は配慮しなければならない
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現在の倉敷の基礎を作った大原孫三郎の生涯.
変な感想かもしれないが
裕福な家に育つことの大事さがわかる.
お金の使い方に感心する.
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城山三郎という作家を語れるほど知っているわけでもないが、この人の書くテーマは「志」なのだと思っている。「孤高の」と付け加えても良いのかもしれない。
冒頭、素封家の一人息子大原孫三郎、気が強くわがままいっぱい、東京の学生時代に周囲からいいように金を毟り取られて高利貸しに一万五千円と、時の総理大臣の年収一年半分の借金を積み上げ、その整理に当たった義兄が高利貸しとの交渉中に急逝して悄然と倉敷に帰る場面がさらりと書かれている。
単なるイントロではなく、この時期あっての、後の大原孫三郎と、読み進むうちに理解ができる。
大金をポンポン出すのはカネが有り余っているからだろうと思っていたら、晩年所有の美術品を大量に売り払い多額の借金を返済する下りが出てきた。
ぼくら凡人には到底思いも及びもつかぬスケールの人であった。
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城山三郎『わしの眼は十年先が見える』新潮文庫 読了。大原孫三郎の生涯を描いた小説。倉敷財界の重鎮にして社会的良心を極め、孤児院支援から労働環境の改善、各種研究所、美術館、総合病院に至るまで、その財力を惜しまず社会に還元した稀代な経営者である。その信念に達する人間形成の軌跡を辿る。
2017/09/06