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内田さんの部分だけ理解できた!石川さんは重要の部分書き抜いてきただけで、解説してないところ多すぎ、そこがわかんないのにーー。
でも内田さんの部分だけでも価値があると思います。
マルクスの情熱とか、マルクスは書いた年代で言ってることが違うとか、マルクスの言ってる「ユダヤ人」は「拝金者」のことでユダヤ人のことではないとか。
マルクスに興味を持ったけど、他書で挫折。ここで何かか糸口があればと思って手にとったが、少しだけほぐれた気がした。今度は全部内田さんが解釈しているマルクス本を読みたい。
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発想はいいと思います。
が、石川さんの方の文章が堅かったし、読みにくかったです。
それでも、マルクスの初期の思想を知るには役立つ本だと思います。
ちなみに、今の僕ぐらいの年齢になると、それなりに人生経験もあるので、それなりには考えて生きてきたんだな、と、この本を読んで確認できました。
そういう意味では、若者だけではなく、30代、40代でも読む価値のある本かもしれません。
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内田氏のユダヤについての書簡その4が面白かった。
・『私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)』内田樹
がさらに詳しそう。
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若者向けのマルクス入門書ではあるが、マルクスだけに頭にすんなり入ってこない箇所も多かったです。共産主義というと誤解も多くなる世の中ですが、マルクスが理想としたあるべき世界感の骨格みたいなものには触れることができました。印象に残っている箇所は、「人間が何であるかということは何を生産し、いかに生産するかによって決定される」という箴言です。さらにそこから、「自分のことを善良で有徳な人間であると思い込んでいる人の方がむりろ卑劣な行為や利己的な行為をすることを躊躇わない」という内田氏の釈義にははっとさせられました。自分を省みるまでもなくそういう傾向があると考えさせられます。
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マルクス入門書・・とはいうものの・・
なかなか難解な一冊。しっかり読み込めなかった箇所も多数。しかし、マルクスの情熱的な社会問題に対する姿勢やその思想の片鱗を味わうことができた。
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読み直したさ:★★☆(図)
最後の内田書簡を読み残し。唯物論の説明は少ない。プロレタリア、類的存在、史的唯物論あたりについてコメントあり。
石川パートでマルクスの文に沿った読みがなされ、それを内田パートで読みほぐすような感じで進む。6時間あれば読める。
〈感想〉
マルクスを読みたくなった。しかし、しばらくはマルクスを知ろうと思ったときはこの本を参照すればよさそう。
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内田樹と石川康宏の両氏が、最近読まれることの少なくなったマルクスを、若者たちの間に布教しようということで編纂した本。本書は、両氏の間の往復書簡を時系列で陳列することで、少し気の長い対談本のような体裁となっている。
正直、自分はちょっとバカなので、今、ちょっとバカな人にありがちな「とても面白かったが、何が書いてあったかは思い出せない」という状態になっている。だから、読んだ内容の記憶がピンボケの写真のように曖昧模糊としていて、抽象的な印象論でしかレビューできない。
内田氏と石川氏は微妙に政治思想が異なるため、両氏が同一のマルクスの著作について批評を書くと、その両方を見る読者は、その著作に対して複眼的な読み方が出来るようになっている。その仕組みが、立体的なマルクス像を浮かび上がらせる仕掛けになっている。
そしてなにより、両氏が引用するマルクスそのものの原文(和訳)の面白さというのがある。内田氏はそれを「聴かせどころ」と表現しているが、ほんとうにマルクスの原文(和訳)は、哲学的なプログレッシブロックのように情熱的で知的な味わいがある。歌詞のように人を扇動する魔力がある。
もっとも、だからこそ20世紀を席巻した思想たりえたのだろう。マルクスは現在は年寄りのもの、死んだ思想と思われやすいが、実際に接してみると、かなり刺激的な思想家だと分かる。
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お盆のお休みに読みました。
マルクスの理論をバリバリ丁寧に説明してくれる(でも少し小難しい)石川先生と、マルクスの面白いところを抜粋して語ってくれる内田樹(でもかなり断片的で体系的じゃない)のバランスが良かった。
ずーっと知りたい、でも中々手が出ないマルクスについて、結構しっかり土台を知れたかなと思うし、満足。まだまだ足りないが、私的マルクス理解を積み上げる際の一つの有効なレンガとなりました。
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この本の最も大きな目的はマルクス主義を伝えることにありません。肝はサブタイトルの “20代の模索と情熱”にあります。若い時代のマルクスの葛藤の軌跡から今を生きる若い人たちに考え葛藤してほしいとのメッセージが本書なのです。
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イデオロギーとか、フレームワークを疑うということについての本。
そしてそれにより、メタなポジションを得て、優位に立つこともできる。
(って、それはマルクスが望んだことだとは思わないけど)
貪欲に知的領域を広げていくマルクスのパワーに打たれるのはよいことだと思う。
20代に読んでいたらッて?
それは分からないけど。
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ずっと読みたかった本
マルクスもだけど、2人の噛み砕いた言葉にヒントがたくさんあったような
ちゃんと集中できてなかったけど
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1800年代のマルクスの著作から,現代に生きるわたしたちが学ぶべきものはないのか。具体的にマルクスの著作の文章を挙げ,その内容から現代的な意味を見いだしていこうという,とても意欲的・創造的なお仕事の本である。内田樹さんと石川康宏さんという2人の学者の書簡を通して語り合う形で編集されている。文章から受ける雰囲気からは,おふたりの立場はやや異なっているようだが,それもまた刺激があっていいのではないか。わたしは内田樹さんのファンなので,こっちの文体の方が慣れているし読みやすく感じた。
本書には『共産党宣言』をはじめとして,初期のマルクスの著作が取り上げられている。で,せっかくなので,本書と並行してマルクスの著作を再読してみようと思っている。学生時代以来だが,わたしもまた,マルクスの著作や彼の生き方の現代的な意味を考えてみたい。どのくらいできるか,わかんないけど。
退職して無職になった今だからこそわたしにとって興味深かったのは,内田さんが『ドイツ・イデオロギー』を取り上げて述べている次の部分である。
分業によって人間が「ある特定の範囲にだけとどまること」を強いられ,特定の職業に縛り付けられるとき,その労働は「かれにとって疎遠な,対抗的な力」となる。マルクスはそのような言葉づかいで分業を批判しました。同時に猟師であり,漁夫であり,牧夫であり,批判家(これはイデオロギー批判をする人,ぼくの先ほどの言い方で言えば「額縁をつける人」,すなわち知識人のことです)であるような人間を理想として掲げたこの言葉はたぶん『ドイツ・イデオロギー』の中でぼくがもっとも感動したものです。(p.229)
その日によって,畑をしたり,草刈りをしたり,魚をさばいたり,保全活動に出かけたり,こうして本を読んだり,サークル用にレポートを書いたり…こういう生活は,まさにマルクスのいう共産主義社会の人間の姿だ。ただ給料はあたらない。賃労働じゃない点が違うけど。
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本著はマルクスの入門書として活用できる。マルクスの著作に対する両著者の読者としての視点が大変興味深いし、マルクスの著書への愛着やノスタルジーが伝わってくる。
入門書と言ったが、むしろ入口書と言ったほうがいいかもしれない。自然にマルクスが読みたくなる一冊だ。
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少年マルクスの幸福感(p. 75)
「地位の選択にさいしてわれわれを導いてくれなければならぬ主要な導き手は、人類の幸福であり、われわれ自身の完成である。・・・」
類的存在(p. 91)
人間の成熟(p. 159)
社会的な人間こそが人間である、というような解釈が印象的だった。
これは内田の解釈だと認識しているが、実際そうなのか、またマルクスは何を言っているのかの確認は原書をあたる必要がある。
私欲の追求に生きるのは動物的な生き方。
私欲を超え、公人として社会の幸福や社会的(公人的)私人の完成を追求するのが、まさしく人間的な生き方である。
「共産主義は、われわれにとって、つくりだされるべき状態、現実がしたがわなければならない『であろう』理想ではない。われわれが共産主義とよぶのは、現在の状態を廃棄する現実的運動である。この運動の諸条件は、いま現存する前提から生じる」(p. 185、『ドイツ・イデオロギー』からの引用)
「かれらがなんであるかは、彼らの生産と、すなわちかれらがなにを生産し、またいかに生産するかということに一致する」
(p. 220、 『ドイツ・イデオロギー』)