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まずは、以下のフレーズを世界のリハビリテーションに携わるセラピストたちに聞かせたい。彼ら、彼女らはどのように感じるだろうか?そして、何かを感じたセラピストたちの未来へ向かう行動を感じたい。目指すべきは、患者の回復である。
以下引用>
患者たちは私自身の変容に耐えて人生を歩まなければならないのだろうか。現在のリハビリテーション医学ではそれが絶対的な常識である。しかし、「まだ勝負が決まったわけではない」と言いたい。(中略)
人間には未来がある。まだ、リハビリテーション治療には可能性が残されている。人間の脳には自らの運動麻痺を回復させるプログラムは存在しないが、人間の心には「私自身」という自己言及的な主体性があり、教育や学習による強い回復力を宿している。人間の機械論に支配された現在のリハビリテーション治療から脱却する必要がある。21世紀のリハビリテーションを「見える身体」への治療から「見えない身体」への治療に変えよう。生きる人間の「脳のなかの身体(精神としての身体)」を治療するという新たな冒険の旅を始めよう。
そのためのリハビリテーション身体論は、運動麻痺に苦しむ人々の長い困難な旅の羅針盤でなければならないだろう。同時に、それは私自身という主体の存在を取り戻すリハビリテーション治療でなければならない。
ペルフェッティによれば、「身体は、我々を取り巻く、無限の虚空への、解毒剤である」。解毒剤は、「身体を使って世界に意味を与える」ことで、有限な生きる世界を構築してゆく作用をもっている。我々は、これを抽象的な思想ではなく、回復に向かう具体的な治療を導く理論の核とすべきである。
(第1章;p33-34)