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芥川賞の受賞会見での受け答えがユニークだったので、相当期待して、この本を手に取った。あっという間に、読み終わる。ぐいぐいページをめくらせる。
なぜか?
独特の言葉のリズム、言い回しもさることながら、主人公・北町貫太のキャラの立ちっぷり。「私小説」と帯に書かれてはいるが、まさか、これが実話なわけないだろうと思いながら、読み進めた。読み終わって、ネットで作者の来歴を調べる。どうやら実話らしい。素直に驚きだ。
そして多分、作者・西村さんは、いろんな人からの賛辞を基本的に拒否するんじゃねえかなあと感じる。特に、私なんかダメだろうなあと。会ってみたいという想いと、拒否られるだろうなあというところで、多少揺れた。近いうちに会える気もするけど、そのときに備えて、ほかの作品も読んでみたい。
貫太の語りに、飽きるかもしれない。それでも飽きるまで、とことん付き合ってみたいと思わせる作家。同時収録「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」も秀逸じゃないか。まるで安吾みたいだ。だけど西村さんには、安吾にある甘えが感じられない。
久しぶりに、芥川賞作品で読むに値するものを読んだ。
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芥川賞受賞作。
北町貫多という本人の名前をイジッただけの、本人そのものと思われる人物の内面を全てさらけ出したような私小説でした。
自分についての内省を物語として面白く書きあげていると思います。これだけ明らかに本人という主人公の繊細な部分も全て恥ずかしげもなく晒すあたり、さすが、風俗へ行こうとしていたところで芥川賞の受賞連絡を受けたとマスゴミにさらっと言ってのける人物だと思いました。
苦役列車はこの方の小説が初めてだったことと、芥川賞という期待感が強かったのもあって、そこそこの印象です。
一方、同時収録の短編は非常に面白かったです。基本どちらも本人の思い出に少々盛って面白く書いてるだけっぽいのですが、自分でもわかってるんだけど、変えられない歪みという部分がわりと共感出来る人も多いのではないでしょうか?
これだけありのままを書くならば、芥川賞受賞後についても赤裸々に書いてくれると思うので、次の作品が非常に楽しみです。でも金入ったら小説書かなそうだから、あんまり売れない方が本人のためっぽい(笑
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芥川賞受賞時のコメントきいた時は、このオヤジは突然ナニ言いだすのか!!
と思ったけど作品読んだら単なる風俗オヤジでないことがわかった。
ダメ人間の刻印をギリギリ??のとこで回避できてる主人公の素行がおもろい。
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人の不幸ってのはやっぱ自分にとって面白い話なんですよ。
治太宰の流れをくむ正統派『俺性格悪いし人生やってられないぜ』作品、読みやすくてダメさ具合がリアル。
愛すべきダメな人。
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芥川賞を受賞した時のコメントが今までに受賞した人の中では
聞いたことがないし、それもかなり変わった発言だったので印象深かったので手に取ってみました。
『苦役列車』の他に『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』があります。
まずこれは今までに読んだことの無いタイプの小説の
私小説というのも私にとって新境地でしたが、
あまりにもいわゆる普通の生活という物が綴られているわけではないので
それだけでも驚きでした。
同じ人間なのにまるで異次元にいるような感覚でした。
貫多の父親が性犯罪者だったことから、
その引け目をいつも背負ってしまい
それまで希望に満ち溢れていたものからも切り離さらざるおえなくなってしまい何を努力しても人並みのコースは歩んではいけないと思っていました。
そしてしまいには自分にも犯罪者の血が流れているかと思い込んだりして、
犯罪者の家族というのは本当に残酷な人生を歩んでしまうのだと思いました。
貫多は何もしていないのに・・・
そんな貫多半分諦めかけ、孤独と貧困の中で生活をしていたある日に
彼にも生活の変化が訪れました。
青春時代からずっと孤独に生きていた彼にとっては、
同じ世代の友達と言えるような人がいなかったので、
友達と会う事で徐々に今までの孤独から解き放たれたように感じられました。
でも貫多は常に自分は人とは違う人間だと思い込んでいるふしがあるのでそこがちょっと物悲しい気持ちがしました。
私小説なので貫多は作者でもある西村さんの事だと思うので、
きっとこんな風に思いながらずっとこんな生活をしていたんだろうと思います。
中卒なので仕事もまともな物に就けず、大変な苦労をされて、
そしてただ美味しいお酒が飲める為に辛い仕事にも耐えて
想像を絶する生活と苦労をしたことが伝わります。
でも1つ言えることは本当に本が心の底から好きなんだという事が分かります。
所々に文学について私には到底分からない事が細かく書かれていて、
相当読み込んでいるなと思います。
そしてそれは文章中にも、現代文なのにどこか古めかしい言葉を使ったり、
難しい言葉や漢字も沢山出てくるので作家になれたことは
西村さんにとって本当は心の底から喜びたいのだと思います。
でも受賞した時のコメントがあんな風に言ったのは、
彼の引け目があったのだからだと今では思えました。
『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』の後半ではかなり破滅的な
書き方になっているので、この人はこのままで大丈夫なのか?とも思いました。
中卒なんて関係ないし、彼の生い立ちも何も関係ないです。
こんなに素晴らしい作品が書けるのだから、
これからはもっと自由に羽を広げて、
新しい作品をどんどんと生み出して欲しいと思いました。
これからの作品が楽しみな作家さんだと思います。
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今年の芥川賞受賞作。中卒の主人公・貫多は物流倉庫で働く日雇い。父は性犯罪者という過去を持つ。母は離婚し、貫太は中卒のまま日雇い労務者となる。こらえ性のない性格と暴力癖。性犯罪者の子供というレッテルを憎悪しながら怠惰で投げやりな人生がダラダラと続く。九割が著者自身のことだと言う今時珍しい私小説。客観的に自分を見る目、独特の文体もおもしろい!切なくて、泣けて、癒される小説が好きな人にはお薦めできません
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主人公の北町貫太をあまり好きになれない。
が、何か自分の心の底にある嫌な部分をくすぐられるような感じがした。これが私小説だというのだからすごい。
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こんなに汚い内容の文章を書けることが中卒であることの財産。こういう風に暮らしてる人もいる。今の生活は幸せなんだと感じた。
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最近では珍しい私小説の作家ということで。
おそらく読むこともないとは思うのですが、とりあえず。
かつての私小説は作家のすざましいまでのダメダメぶりに一種の本質や美を見出し鑑賞するという感じだったと思うのですが、
現代の私小説に対してはどことなく、身につまされるというか、シンパシイを抱きつつ読むのではなかろうかと思えます。
ぼくも含めて、日本じゅうみんなけっこうダメ人間?
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友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が訪れたが……。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか――。昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を渾身の筆で描き尽くす表題作と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を収録。
第144回芥川賞受賞作
記者会見を見て「面白い人だなあ」と思い、読んでみました。書かれている内容は決して軽くはないのですが、文体が淡々としていてすらすら読めました。
主人公の北町貫多は何だか可愛い。これがダメな人に惹かれるって感覚なのだろうか(笑)生い立ちなんかは全く違うのに、ひとに対する僻みとか、何かしら行動したあとの後悔とか、共感しました。
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何か古さを感じる文章だし、人間くさいし、妙に親近感をもってしまう。好きだなぁこういうダメな人。この人の作品はこれからずっと読んでいきたい。
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舞台は昭和末。日雇労働の生活を抜け出せないまま黙々と続ける貫多は、バイト先で知り合った専門学校生と知り合ったのをきっかけに生活を少しずつ変化させてゆくが、結局は仲違い等から下の生活に逆戻りしてしまう。一言で表すなら、不条理な小説。
1ページ目から饐えた臭いと曇天のじめじめした世界が頭に浮かんでくる。決して悪い意味ではないが、読み心地の良いものではない。2011年2月6日朝日新聞の朝刊12面に鴻巣友季子氏の書評が載っており、「理不尽さにただ打ちひしがれるなら、それは単なる悲劇だが、虫歯を嚙むことに笑いが生まれ、痛みとの距離ができる。虫歯をいかにスタイリッシュに噛むかということに、西村文学の本領はある」とのこと。
クソが付くほど重苦しい舞台なのに軽快に読み進められたのはそんな理由だったのか、と合点。ただ、或る程度成熟した人間ならばともかく、自分のような未熟かつ不安定な立場の人間にとっては虫歯は早急に抜くなり治すなりする対象であって、「痛みが笑いに」とか「スタイリッシュな笑い」とか言っている場合ではないな、とも思う。主人公が置かれているのは、言ってしまえばクソみたいな状況であり(人のことを言えた義理ではないが)、たぶんそれを笑いとして受容できる余裕は残されていないように思える。生き急いでいるだろうか。
筆者は、自らの体験をもとに小説を書き(勿論フィクションではあるが)名のある賞を受賞するに到ったが、この小説を共感する誰もにそうした道が有るわけでもない上に、そこに行きつくまでに筆者が重ねてきた努力は想像も付かない程だ。小説の中の貫多も同様に、物語が終わった後どこかで自分の世界に変化を及ぼしていると想像できる。
この小説を理不尽だ不条理だと嘆くのは簡単だ。だが、そんな話を慰めにしてはいけない年齢なり境遇に自分はある。いつまで続くとも知れない苦役への従事の中で、いかにして貫多は変わる(?)ための何かを見つけていったのか。彼の尻ポケットの中には藤澤清造の小説のコピーがあった。ポケットに手を入れても何もつかめなかった自分に、強い焦燥感を覚えた。
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読めば読むほど、虚しく悲しい気分になった。ここまでダイレクトに心持ちに影響を与えてくる所に、表現者としての凄まじい才能を感じる。とはいえ、文体やテーマ故に読者を選ぶ作品だろうし、私はやはり苦手だった。「エンターテイメントはハッピーエンドであるべき」と思っている私のような人には、到底オススメできない。
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主人公貫太の卑屈な心の在り様は、一言でいえば下劣である。
しかしながら、彼の劣情は私自身の内に思い当たる節も多く、彼に親しみのような、あるいは身につまされるような感覚を味わう。
己の卑劣さに真正面に向き合いつつ、どこか俯瞰で眺めているかのように思わせる著者の冷静な筆致が、どことなくおかしみを感じさせる。
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まさに芥川な感じの文学小説でした。
センない男のセンない人生をセンなく物語っています。
ダメ男の人生を。淡々と。
人生楽ありゃ苦もあるさ
じゃなくて
人生苦もありゃ苦しかねぇ。
的な人生楽しいことなんかありゃしねぇ。
的なその主人公の行動にいてもたってもいられず、
人足で生計立ててる19歳に将来の不安を拭いきれない
でも、人は生きる。生きるしかなく。
金もない、女もいない、友達もいない。
でも生きる。生きる意味を見いだして。
初めての友人に心躍らせ、嫉妬していく様がなんともミジメで‥‥‥
「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」では、
その約20年後の主人公が語られている。
性格はかわるはずなく、暮らしぶりはそのまんま。
ただ、生きる目標はできてた。
小説書いてた。
でもやっぱり、センない人生だった。
ぎっくり腰。
コワイ。